試行錯誤を経て獲得するさまざまな化学の方程式。
釉薬は、焼き物の生地の表面にかけるガラスのコーティングのこと。焼き物を丈夫にしたり、ツヤを出したり、色をつけたりするためのもの。釉薬を施すことで、上絵付けをしたり転写シールを貼ったりと、釉薬や下絵付けだけでは表現できない柄や色を表出させることが可能になる。
ここは、その釉薬をつくる工場。機械の中ではまさに釉薬がつくられています。それを真剣な眼差しでチェックしているのが一ノ瀬茂樹さん。40年もここで釉薬をつくり続けている職人です。「釉薬はさまざまな鉱物や顔料を混ぜ合わせてつくります。出したい色や質感によってその配合が変わるのはもちろんですが、難しいのは焼き物を焼くときの温度や焼き方、それに生地の性質によっても仕上がりに変化がでるところ。もう化学の世界ですね」。
この一ノ瀬さんの言葉に続いて、馬場さんはこんなことも話してくれました。「あとは窯によっても質感の出方が変わるし、焼き物を窯の中のどこに置くかによっても変わってくる。それによって失敗することもあれば、想像を超えたユニークな焼き上がりになることもあるんです」。
工場には釉薬をつくるためのたくさんの原料、そしてそれを混ぜ合わせるための機械が所狭しと肩を寄せ合っていました。「釉薬の骨格となる長石類、それを溶かす溶解原料、釉薬が生地にくっつきやすくするための粘土質など、さまざまな原料があって、それを配合してつくってます。定番で置いている釉薬もありますが、最近はオーダーメイドも増えてきましたね」と一ノ瀬さん。「鉄のように硬い表情に仕上がる釉薬があれば、一方では雫が垂れたような質感の柔らかい釉薬もあって、焼き上がりのイメージを共有しながらどんな釉薬を使うか決めるんです」と馬場さんが続けて話してくれました。
配合した原料は一度焼いて成分を溶かし、そのあとにたくさんの機械を通じて粒子を細かくしていくのだとか。一ノ瀬さん曰く「ひとつの釉薬をつくるのに半月くらいかかる」とのこと。「微粒子レベルになるまですり潰すのにすごく時間がかかるんです。粒子が粗いままで生地に傷をつけてしまったら大変ですからね」。最後は人の手で何度も何度も臼を回しながらすり潰し、最終的にペースト状の釉薬ができあがります。
焼き上がりのイメージを想像しつつ、それに合わせて釉薬の配合をおこなう。でも、そこにあるのは化学の世界なので、思わぬ反応が起こったりもする。釉薬づくりはクオリティコントロールがいちばん難しい工程なのかも知れません。それにも関わらず安定した供給をおこなう一ノ瀬さんに脱帽です。
ということで、釉薬づくりはここで終わり。つぎは最後の仕上げの工程である窯元へと向かいます。