CLOSE
FEATURE
ルメールの二人が迫る、服づくりの核心。
Interview with Christophe Lemaire & Sarah-Linh Tran

ルメールの二人が迫る、服づくりの核心。

〈ラコステ〉に続いて〈エルメス〉のアーティスティックディレクターを見事務め上げたクリストフ・ルメール。その評価はうなぎ上りで日本でも広く知られることになった。自らの名を冠した〈ルメール(LEMAIRE)〉とは一体、どんなブランドなのか。『フイナム』のラブコールに応えて11月、クリストフは慌ただしいスケジュールの合間を縫ってパートナーのサラ リン・トランとともに取材に応じてくれた。日本の媒体への登場は数年ぶりとなる。

  • Photo_Takuroh Toyama
  • Text_Kei Takegawa
  • Edit_Ryo Muramatsu

PROFILE

クリストフ・ルメール

1965年フランス・ブザンソン生まれ。アトリエ・セーブル卒業。〈ミュグレー〉〈イヴ・サンローラン〉〈ジャン パトゥ〉〈クリスチャン ラクロワ〉でキャリアを積み、1991年に〈クリストフ ルメール〉をローンチ。2002年に〈ラコステ〉、11年に〈エルメス〉のアーティスティックディレクターに抜擢される。16年、ブランド名を〈ルメール〉に変更。

PROFILE

サラ リン・トラン

フランス・パリ生まれ。幼いころに家族とともにニューヨークへ渡る。大学卒業後、生まれ故郷のパリの出版社に採用されるも3ヵ月で退職、〈ルメール〉に入社する。現在は〈ルメール〉の右腕としてウィメンズとアクセサリーを担当。

クリスチャン・ラクロワに救われた。

ー 今回のインタビューでは〈ルメール〉というブランドの実像に迫りたいと思っています。そもそもクリストフさんがデザイナーを目指した理由を教えてもらえませんか?

クリストフ・ルメール:子どもの頃の私は家具やオブジェの仕事がしたいと夢見ていました。美大に進むためにアルバイトで働きはじめたのが、〈ミュグレー〉。やってみたら、これが面白い。面白いことをやってお金がもらえるなんて、なんて素晴らしいんだって思ったものです(笑)。そうしてファッションの世界でやっていこうと決めました。若かったし、まさに飛び込んだ感じで、無我夢中の毎日でしたね。

ところが次第に焦りにも似た焦燥がもたげてきました。私はメジャーなファッション・ビジネスのあり方に興味を持つことができなかった。悶々とする私を救ってくれたのがクリスチャン・ラクロワです。彼は芸術家といっていい人だと思う。従来のアプローチにとらわれない自由な発想で、まったく異なるスタイルを築いていました。彼はファッション村の常識に自分を合わせる必要はないということを教えてくれた。プレスの仕事もさせてもらったし(笑)、いろいろと勉強になりましたね。結局、4年勤めました。

ー クリストフ少年はなぜ、家具やオブジェに興味を持ったんでしょうか。

クリストフ:正確にいえば、プロダクトよりもそれらプロダクトが構成する空間の美しさに惹かれました。よくよく考えると、母がお手本だったのかも知れません。食器、家具、そしてそれらの配置。あぁ、もちろん装いもそうですが、彼女には彼女の美学が確固としてありました。それはたとえばシャルロット・ペリアンのようなものでした。ペリアンはコルビジェの懐刀としても活躍したフランスの有名な建築家ですね。ペリアンが生み出す生活空間はそれはそれは素敵でした。

そんな母の面影を感じたのがサラ リン。出会ったころの彼女はまだ社会人になりたてだったけれど、きっと一緒に仕事ができると感じました。

サラ リン・トラン:私たちが出会ったきっかけは文学。私たちは文学を通して意気投合したの。文学に興味がない人なんて私には到底考えられないわ(笑)。

クリストフ:学生時代には文学を専攻しましたし、根っからの本の虫ですね。フランス文学はもとより、三島由紀夫や谷崎潤一郎まで読みました。文字を通して、心が揺さぶられる。なんて面白いんだと感じ入りました。ただ、我々が出会い、ともに〈ルメール〉をつくるにいたった経緯を振り返れば、文学もひとつの要素にすぎない。我々はあらゆるものが共鳴したのです。

サラ リン:私は憧れの出版社を3ヵ月で辞めて、〈ルメール〉に移ったわ。もちろん服のことはなんにも知らない。〈ルメール〉のスタジオが、私の学校だったの。

INFORMATION

エドストローム オフィス

電話:03-6427-5901
www.lemaire.fr