01 本屋の店主と空間づくりと哲学。
PROFILE
フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動したのち、2012年に駒沢に書店「SNOW SHOVELING」をオープン。出会い系本屋を自称し、人同士はもちろん、もの、本との素敵な出会いを提供している。店名は、村上春樹の“文化的雪かき”から。
instagram@snow_shoveling
PROFILE
フリーランスのグラフィックデザイナーとして活動したのち、2012年に駒沢に書店「SNOW SHOVELING」をオープン。出会い系本屋を自称し、人同士はもちろん、もの、本との素敵な出会いを提供している。店名は、村上春樹の“文化的雪かき”から。
instagram@snow_shoveling
リトルハピネスを提供したい。
ー この「SNOW SHOVELING BOOKS & DIALOGUE」というお店の空間は、光の絶妙な加減や自由に座れるソファのしつらえのおかげか、リラックスして滞在できますね。
中村: お店然とするのは意識的に避けてます。ポップとか装飾はできるだけ排除したいし、人の家の本棚を見るような感覚でいられるように空間を考えました。いまでも小物とかは思いつきでどんどん足していて、楽しく試行錯誤しているという感覚ですね。
ー 確かにジャンルごとに棚が作られているとはいえ、本の解説とかはほぼないですね。
中村: こっちからあえて答えを出さないようにしてます。どういう本かを解説して答えを出すと、即効性はあるけど、本当に面白いことが好きな人にとってはつまらない。はっきり言うと、いまの世の中に蔓延している“わかりやすさ”へのアンチテーゼですね。いまは何かとすぐに思考が停止してしまうので、それをちゃんと回転させるようなことができればと。
ー 本にもそういったわかりやすさから逃れるヒントのようなものがありますか?
中村: いまはすぐ答えを求められてしまう時代ですよね。本も、あらすじを検索して終わる人もいます。僕は、読書を登山によく例えるんですが、あらすじを知るのはケーブルカーに乗ること。実際にページをめくり読むことは、自分の足で登ること。登頂するには、ケーブルカーでも自分の足でもどちらでもいいけど、両者は違うということは、知っておいてほしい。歩くことは楽しいし、歩いたからこそ見える景色があるということも。
ー お店を試行錯誤して変え続けていくのは、中村さん自身が簡単に手に入れないことを楽しんでいるからですか?
中村: その通り。答えを得ることに価値を置いていません。答え探しの過程にこそ価値があると思っていて、情報そのものではなく、そこに手を伸ばしたことに価値があるんじゃないかなと。ネットで検索したことは、明日には忘れてる。本や辞書で調べたことは残りますよね。
ー 本の陳列も、棚に並べているだけではなくて、がさっと積まれていると掘る楽しさがありますね。
中村: 手が回らないってこともあるんですが(笑)。ここでは、面白い出会いをテーマにしています。家に並べられた本も、それにどこで出合って買ったのかを思い出してほしい。これからは、思い出すということが価値になると思います。例えば、食事に誘うメンバーを考えるときも、スマホで電話帳リストを見て選ぶくらい特定の誰かを覚えてない。人の記憶に残って、思い出してもらえるということが大事だと思います。
ー お店で着る服は、どういったものが多いですか?
中村: 基本的には動きやすい服ですね。あとは、お客さんがいるので、ある程度ちゃんとしたものを着て、本屋の店主というキャラクターをちゃんと演じ切ろうと思ってます(笑)。そういった期待には応えたいんです。
ー ウールのようなものは着ますか?
中村: 本を扱っていると汚れちゃうので、店よりもプライベートでよく着ます。家にいたり、お出かけするときのような、オフのときですね。
ー こちらはヤクの毛がブレンドされたセーターなんですが、夏の準備で冬の毛が抜ける“換毛期”を利用して、いわば自然の流れに逆らわずに、原料を確保しているセーターなんです。
中村: 僕は天邪鬼で、 SDGsとかはあまり声高に主張しないほうが好きなんです(笑)。聞かれたら答えるくらいがスマートかなと。今回、お話をお聞きすると、その動物福祉が全面に出ている商品でもない。日本人はもともと奥ゆかしさの美しさを知っていたと思うんですが、広告やブランドのメッセージとして“感じさせる”のがいいなと。〈無印良品〉はお店に行きますけど、ビジュアルとか一貫してますよね、急いでないっていうか。
ー ダウンはどうですか? 750フィルパワーのダウンです。
中村: フィルパワーって何ですか?
ー グラムあたりの、かさ高を表しています。つまりどれくらいふっくらしているのか。数値が高ければ高いほど、暖かい。はらむ空気が多いということですね。700フィルパワー程度のダウンというのはアウトドアブランドのダウン類でもよく使われています。
中村: なるほど。通りで軽くて暖かいんですね。こういうダウンは旅に持っていきますし、これはパッカブルできる収納袋がポケット後ろに縫い付けてあるタイプなので、無くさなくていいですね。
ー このお店の悪意のなさというか、心地よさは〈無印良品〉というブランドが提供する価値観にも通ずるものがあると感じました。
中村: 僕は、理想主義の人間なんですけど、この店で奇跡…というと言い過ぎだけど、リトルハピネスを提供したい。日常の中で、ちょっといいことが起きるってすごい価値あることだと思うんです。それは街場で何かやっている人間の役割で、声がけやお釣りの返し方次第で、いくらでも怒らせることも、逆に気持ちよく感じてもらうこともできるんじゃないかなと。