ビジネスだとか売り上げだとかの小難しい話は抜きにしても、ここしばらくの社会のムードは多くの洒落者たちにとって決して喜ばしいものではなかったはず。ショップが長い期間閉まってしまい、買い物の選択肢はほぼオンラインだけ。お気に入りの1着を手に入れても、人と会う機会が減ったことで渾身の着こなしを披露する機会も激減しました。
ファッションの世界全体がそんな厳しい向かい風にさらされ始めた先の春、スタイリストの高橋ラムダさんがひっそりとYouTubeにて動画チャンネルをスタートしていたのを皆さんはご存知でしょうか? その内容はと言えば、多くの動画配信者が追い求めるスラップスティックコメディとは似ても似つかない、カジュアルだけど淡々と、スタイリングを提案し続けるというなかなかストイックなもの。
名だたる人気雑誌の巻頭特集や表紙に実力派アーティスト、大規模広告で腕を振るってきた人気スタイリストは、なぜそんな新天地へと踏み出したのでしょうか。その新たな一歩として、『フイナム』とともに新企画の構想を練っている真っ最中のラムダさん。自他ともに認める生粋のファッションアディクトが、この時代に想うこと。
Text_Rui Konno
Edit_Yosuke Ishii
―ラムダさんがこうやって動画配信を始められたことに驚いたり、意外に感じた人は多いと思います。すでに何度か訊かれているのかなとは思いますが、改めてその経緯を聞かせていただけますか?
「やっぱりコロナ禍が大きな理由のひとつではあるんですけど、それ以前から雑誌が昔ほど手に取ってもらえなくなってたり、ぼくたちスタイリストがスタイリングを組む場所が以前よりも減っちゃったなと感じることが年々増えてきてたんです。でも、自分自身が着たい服とか、面白いと思うスタイルはいつもあるから、その隔たりがどんどん大きくなってきちゃった。で、いよいよコロナになって、アシスタントたちと何か新しいことを始めようという話になって」
―それで、動画配信という手法にたどり着いたと?
「そうですね。だけど、最初からいまみたいな形にしようと思ってたワケじゃなくて、ただYouTubeチャンネルをつくるってことだけしか決まってませんでした。はじめは公園に行ってただブランコに乗ってるムービーを撮ってみたり、『はい! どうも〜!』とか言いながら登場してみたり、定点カメラで遊んでみたりとか色々試してみたんですけど、『なんか違うよな』って」
―王道のユーチューバー路線にもトライされたんですね(笑)
「それで一周回ってシンプルになって、着地点として見えたのが“ファッションの教材”っていうところで。面白くファッションを学べて知識もついて、普通はアシスタントにならないと身につかないようなHOW TOとかルールとかの情報も無償で提供する場にしたかったんです」
―ラムダさんがYouTubeを始めたときに、「やめときゃいいのに…」と思ってた人はきっと少なくなかったんじゃないかと思います。ラムダさんがこれまで良い仕事をされてきた分、余計に。すごく失礼な言い方になってしまいますけど。
「いえいえ。それは絶対にあったでしょうね。だけど、自分自身が培ってきた経験のアーカイブやテクニックとか、技術や知識を残していくプラットフォームとして始めたから、結局はスタイリストとしての活動の延長なのかなって思ってます。ぼく自身はユーチューバーにも、ファションブロガーにもなりたくなかったから」
―確かに個人でファッションの情報を発信している人は多いですけど、正直あんまり信憑性が高くない人も少なくない中で、ラムダさんみたいに実際にファッションの世界の前線で活動する人がそれをやることにはまた違う意味がありそうですよね。
「そう思ってます。こんな風に言ったらアレだけど、どこの誰だかわからない“自称スタイリスト”みたいな人とは違う、ちゃんとしたファッション的な視点から紐解けることが強みだとは思ってます」
―ご自身で直接発信するのと、媒体を通して提案するのとではやっぱり内容にも違いが出てきますか?
「出ますね。やっぱり雑誌だと出稿主のフォローだとか色んな制約があって、それはそれで楽しいし良いんだけど、自由度が高いのは自己発信ですよね。スタイリングも、例えばメゾンに〈シュプリーム〉を合わせたりだとか、私物だったらそういうこともできますし。やっぱりリアルにみんなが着たい、買いたいようなものを提案したいなっていう気持ちはいつもあります」
―ラムダさんは雑誌のお仕事でスタイリングを組まれるときも、そういうリアリティを大事にされていますよね。
「そのつもりです。動画はいまは3分くらいで仕上げてるからコーディネイトの説明をして、着終わって見せたら終わりっていう構成が多いけど、今後は“ボタンダウンシャツとワイドカラーで、同じようにネクタイを結んでもこんな風に変わる”とか、“帽子のかぶり方も、新品のままだとこうだけど、水に通して縮めてからかぶるとこう見えるよ”とか、そういうことまで伝えていけたらなって」
―販売員からファッションのキャリアをスタートしたラムダさんの経験がすごく活きているような気がします。
「そうかも。試着して、あと少しだけ背中を押してあげたらこの人は自信を持って買って行ってくれるだろうなってときに、ひと言ふた言、気の利いたことを言ってあげたいなって気持ちは昔からありました。『これだとぼく、太って見えませんか…?』っていう人に、『いやいや、すごくチャーミングだよ! 逆にガリガリの人が着たらこれは似合わないと思う』とかって。そうやってみんなが自分の個性を活かせて、自分をキャラクタライズしていく方法を見つけていく手伝いをすることが、ぼくにとってはすごく重要なんです。教えてあげたいんですよ、何でその服が、そういうスタイルがイケてるのかってことを」
―そういう深さで人のファッションの悩みと向き合うコンテンツって、これまでにはあまりありませんでしたね。
「前に若い子に相談されたんですよ。『自分に似合うスタイルって、どうやって見つけるんですか?』って。でも、それを探していくのが楽しいんだと思うんです。あれもこれもって手を出して、やっとこれが自分に似合うなって思えることが。そうじゃないと人から与えられたものを着るだけになっちゃうし、それじゃ面白くない。ディグし続けて、掘り下げることがファッションの楽しみだから」
―それもやっぱり、ラムダさんご自身がされた経験でもあるんですか?
「そうです。中学生の頃にチーマーの先輩に憧れてベルボトムを買ったとき、何も知らずに適当にサイズを選んだんだけど、ぼくの身長だと裾上げしたらただのブーツカットになっちゃって。そこから、どうやったら洋服のシルエットがよく見えるのか、縫い子だった母親に聞きながら研究したり。『ビームス』に入って販売員をやってからもずっとそんなことを続けてました」
―コアなオシャレの話は昔から雑誌なんかでも見られましたけど、またそれとは別のリアリティがありますよね。
「多くの雑誌がする細かい話っていうのは表面的なルールのことであって、本来の細かさってパーソナリティのことをもっと考えることだと思うんです。自分の体型だったらパンツの丈はどれくらい詰めるべきだとか、〈ニューバランス〉をあえてNマークを取って履いてみたらどうなるかとか、自分なりの着方の話を。雑誌を悪く言う気はまったくないけど、ぼくはもっとリアルにやりたい。いままでもぼくは自分なりにいろいろ試してきたんです。革靴を買ってもヒモは〈モンベル〉で買ったアウトドアのものに替えたり、〈シュプリーム〉のワラビーを買ってもクレープソールが嫌でビブラムソールに張り替えたりとか。そうやって自分のものにしていく作業が楽しいし、そうすることで自分のキャラクター像もますます膨らむと思うから。ぼくのチャンネルでは、そういうところが伝えていけたらなって」
―なるほど。これから『フイナム』でも何か面白いことをやってくださると耳にしたんですが、やっぱりそうした活動にまつわるものになるんですか?
「うん、その予定ですよ」
―きっと服好きはワクワクするでしょうね。
「ぼくから服を取ったら、何も残らないから。昔古着のTシャツのプリントに、“I don’t wanna be a fashion victim”ってメッセージがあったんですけど、ぼくは逆。ファッションヴィクティムになりたいんです」
―すごく真に迫る感じがします。余計に楽しみですね。
「まだアイデアを練っている途中だから、具体的な内容は追ってお伝えできればとは思ってるんですけどね。“フイナムで、スタイリストLの新企画が!”ってしてもらおうかな(笑)」
―“スタイリストL”でバレそうですけどね(笑)。日本人でLがイニシャルの方、そんなにいないでしょうし。
「ぼくも戸籍の表記だとRですけどね。でもずっと子羊のような心を持っていたいから、“LAMBDA”です」
―え! そういう理由だったんですか!?
「いや、嘘ですけどね(笑)」
服への愛とファッションへの情熱、そして、ユーモアを失わないスタイリスト、高橋ラムダさん。その気になる新プロジェクトとは? 続報をご期待ください!
高橋ラムダ / スタイリスト
1977年生まれ、東京都出身。ビームスで販売員を務めたのち、編集業やヴィンテージウェアのバイイングを経験し、スタイリスト白山春久氏に師事。32歳の独立以降の活躍ぶりは、ファッション好きなら周知の通り。現在は自身のブランド、R.M.ギャングにてデザインも行っている。
YouTube:高橋ラムダ
Instagram:@tkhslmd