HOME  >  BLOG

Creator Blog

川田十夢公私ともに長男。「AR三兄弟の企画書(日経BP社)」、「ARで何が変わるか?(技術評論社)」、TVBros.連載「魚にチクビはあるのだろうか?」、WIRED連載「未来から来た男」、ワラパッパ連載「シンガーソング・タグクラウド」、エンジニアtype連載「微分積分、いい気分。」など。発明と執筆で、やまだかつてない世界を設計している。https://twitter.com/cmrr_xxxhttp://alternativedesign.jp/

青雲、それは君が見た光。

川田十夢
公私ともに長男。「AR三兄弟の企画書(日経BP社)」、「ARで何が変わるか?(技術評論社)」、TVBros.連載「魚にチクビはあるのだろうか?」、WIRED連載「未来から来た男」、ワラパッパ連載「シンガーソング・タグクラウド」、エンジニアtype連載「微分積分、いい気分。」など。発明と執筆で、やまだかつてない世界を設計している。
https://twitter.com/cmrr_xxx
http://alternativedesign.jp/

Blog Menu

絵本と視線のお話。

2013.04.02

このエントリーをはてなブックマークに追加
ある病院の待合室、母親が子供に絵本を読み聞かせていた。子供の背中を抱きしめるように絵本を開いて、母親は感情をこめて物語を読み進めている。だが、絵本に夢中になっているはずの子供は、絵本ではなく周囲の方を気にしている。母親はそれに気付かない。どんどん読み進める。僕はそれを眺めている。子供と目があう。

「(絵本に集中しなよ)」

僕はめくばせをした。

「(だって、お母さんの声が大きくて恥ずかしいんだもん)」

子供は、そんな表情をした。

「(いいからいいから、絵本に集中しなさい)」

諦めるように、視線を絵本に戻した子供。3才くらいだろうか。この年になれば、子供には子供の世界が完成している。大人はそれに気付かない。背中越しにでは、絵本に興味があるのかどうかさえ、わからない。子供とずっと接している大人は、生命を守る者として常に気を張っておかなくてはいけない。だから、子供の視線の先にあるものについて、いちいち確認してられない。こういうことは、直接責任が伴わない。僕のような、意味や秩序の側にいない人間が、気付いてあげるべきことなのだと思う。

こないだ、妹が子供を連れて実家にやってきた。生まれて1年半くらい経っていたが、多忙に任せてまだ会っていなかったので、会うことにした。僕からすると、姪っ子。女の子だ。彼女は、絵本のようなオールドメディアにあまり興味がないらしい。普段も絵本よりも、iPhoneやiPadなどのニューメディアに興味を示すそうだ。試しにiPhoneで彼女を撮影してみる。すると、もっと撮ってくれみたいな顔をする。そして、撮影したあと、映像を見せろみたいな素振りをする。見せると、満足して笑顔になる。微笑ましい場面だが、僕は少し寂しいと思った。iPhoneネイティブであることは、いいこと。それも時代性だ。でも、絵本を開いた時間だけ物語が展開する。さっきまで母親だった人の声が、物語の語り部になる。そういう不思議な体験を、小さいときから放棄しては勿体ない。僕は、彼女に絵本を読み聞かせることにした。
僕が開いた絵本は『ねないこだれだ』という、おばけが出てくる絵本だった。夜遅くまで寝ない子を、おばけが連れ去ってしまう。恐いといえば、恐い本。作者のせなけいこさんは、ゲゲゲの鬼太郎などに夢中になっていた息子のために、このお話を描いたという。1969年刊行のベストセラー絵本。僕も小さいとき、誰かに読んでもらった記憶がある。
職業病なのだろうか。目の前に開いた絵本を、そのまま子供が見てくれるとは、最初から思っていなかった。ページを進めては、姪っ子が見ているものを覗き込んで確認した。そして、見ているのが絵本の外側にある部屋の窓だとわかったら、「ガタガタガタガタ」と実際の窓を震わせる。絵本の中のおばけに視線を向けているならば、物語の中の声でお話を読み進める。姪っ子は、たいそう喜んだ。そのうち、自分から視線の先にあるものを指差すようになった。僕はそこから聴こえるであろう音だとか、ちょっとした物語を、即興で読み聞かせた。いったん最後まで読んだものの、振り返って「また最初から見たい」みたいな顔をするから、また読んだ。結局、何度も何度も同じ話を違う進め方で読んだ。姪っ子は満足した様子。最終的には同じ作者が描いた別の絵本を紹介するページを指差して「他の絵本も読みたい」と意思表示した。そうだろう。絵本はおもしろいだろう。僕も満足した。

絵本には、読み聞かせてくれる大人との時間と関係性が、すべて入っている。記録するメディアは付属していないが、それは子供がしっかり記憶で補完する。リッチメディアで、便利な子育てツールも沢山あるだろう。でも、まずは子供の視線の先にあるものを把握するためにも、絵本を開いてみるのがいいと思う。

※コメントは承認されるまで公開されません。