漬物が乗っかった小皿 - California Love（小嶋 享）

ランチタイム。

いつもの中華料理店。

カウンター10席しかない狭い店。

週2ペースで通っているが、すこぶる愛想が悪い。

厨房にはいつもの無愛想な二人組。

彼等を"シェフ"と呼んだら、フランスとの国交は途絶えるだろう。それぐらい"とっつぁんオーラ"が滲み出ている二人。

「おいしい」「安い」「近い」などの理由でここに通っているのではない。「不器用な親父たちの小競り合いが見たい」から通っているのだ。親父たちの連携プレーはまったくなっていない。よって、ケンカが絶えない。いつからだろう、心の中で彼等をトムとジェリーと呼ぶようになったのは。

例に漏れず、ここにも『本日の定食』がある。

A定食　 生姜焼き

B定食　 ニラ卵

＜ここの鉄則その1＞

『本日の定食』を頼むと、ジェリーは直ちに「漬物が乗っかった小皿」を出さなければならない。

＜ここのお約束その1＞

ジェリーはしばしば「漬物が乗っかった小皿」を出し忘れる。

トムは「漬物が乗っかった小皿」が出ていない＝注文を取り忘れている、と勘違いをする。

トム　　　カウンター3番さん、注文まだだったよね？　何？

俺　　　　B定食です。さっき頼みましたけど...。

ジェリー　「B定食ひとつ」ってちゃんとオーダーを通しただろ？　もう忘れたのか？

トム　　　おめぇが漬物を出し忘れているから、注文取ったかどうかわからねーんだよ！

ジェリー　今出そうと思ったんだよ。こっちだって忙しいんだよ。いちいちうるせーな。ブツブツ

トム　　　何か言ったか？　

トムの側から見れば、「漬物が乗っかった小皿」のあるなしで、誰が『本日の定食』を頼んだのかが分かる、とても合理的なシステムだ。しかし、ジェリーの側から見れば、迷惑なシステムだ。ジェリーの仕事は注文を取るだけではない。終わった皿を下げ、テーブルを拭き、皿を洗い、会計を済ませ、ニンニクを刻み、ネギを刻み、人参を刻み...etc。ジェリーは多用な業務を一人でこなさなければならない。「漬物が乗っかった小皿」ぐらいは自分のタイミングで出したいのだ。

トムとジェリーのケンカは「漬物が乗っかった小皿」によるシステム障害が原因だ。しかし、根っ子の部分は、料理人と弟子という力関係が原因だろう。「年齢はそんなに変わらないのに、偉そうにコキ使いやがって」。ジェリーの心の声が聞こえてきそうだ。「漬物ひとつロクに出せねーようじゃ、まだまだ中華鍋を振らせるわけにはいかねーな」トムの心の声も聞こえてきた。今後も特等席から漬物システム障害を楽しませてもらおう。

明日の『本日の定食』はなんだろう？