HOME  >  BLOG

Creator Blog

小西康陽音楽家NHK-FM「これからの人生。」は毎月最終水曜日夜11時から放送中。編曲家としての近作である八代亜紀『夜のアルバム』は来年2月アナログ発売決定。現在、予約受付中。都内でのレギュラー・パーティーは現在のところ、毎月第1金曜「大都会交響楽」@新宿OTO、そして毎月第3金曜「真夜中の昭和ダンスパーティー」@渋谷オルガンバー。詳しいDJスケジュールは「レディメイド・ジャーナル」をご覧ください。pizzicato1.jphttp://maezono-group.com/http://www.readymade.co.jp/journal

小西康陽・軽い読み物など。

小西康陽
音楽家

NHK-FM「これからの人生。」は毎月最終水曜日夜11時から放送中。編曲家としての近作である八代亜紀『夜のアルバム』は来年2月アナログ発売決定。現在、予約受付中。都内でのレギュラー・パーティーは現在のところ、毎月第1金曜「大都会交響楽」@新宿OTO、そして毎月第3金曜「真夜中の昭和ダンスパーティー」@渋谷オルガンバー。詳しいDJスケジュールは「レディメイド・ジャーナル」をご覧ください。
pizzicato1.jp
http://maezono-group.com/
http://www.readymade.co.jp/journal

Blog Menu

魔法使いのことなど。

2011.08.03

このエントリーをはてなブックマークに追加
昨日、目黒シネマ、という名画座で、アニメーションの二本立てを観た。ウェス・アンダーソン監督の 『ファンタスティックMr FOX』、という作品と、シルヴァン・ショーメ監督による『イリュージョニスト』、という作品。どちらも楽しんだ。
 
どちらも楽しんだ、というのはもちろん本当だが、正直に書くなら、自分が観たかったのは『イリュージョニスト』、という映画の方だった。目黒シネマは二本立てで大人1500円だが、最終回の一本だけなら900円。きょうは映画に行こう、と決めたのが夕方の6時過ぎで、次の回は19時15分の『ファンタスティックMr FOX』、最終回の『イリュージョニスト』は21時ちょうどからの上映。21時まで待っても良いが、ここ数日、寝不足気味の自分はその時間まで待つことが出来ずに眠ってしまうのではないか。というわけで、二本とも観ることに決めた。観たい映画を選ぶのは、いつもこんな具合だ。
 
『ファンタスティックMr FOX』は、まるで子供の頃に観た人形アニメのようで、演出もシンプル。これは本当に子供向けなのかもしれない、と思いながら観ていると、いつの間にか引き込まれている。ビーチ・ボーイズの「英雄と悪漢」、そしてローリング・ストーンズの「ストリート・ファイティング・マン」が使われていた。
 
お目当ての『イリュージョニスト』。期待以上に素晴らしい作品だった。ジャック・タチの遺したシナリオを元に、シルヴァン・ショーメがアニメ化したもの。初老の手品師が旅から旅への暮らしの途中で若い娘と出会い、そして再び孤独な旅暮らしに戻るまでのスケッチ。主人公の手品師のキャラクター・デザインはジャック・タチそのもの、と言っていい。
 
この映画を観ていて最も感動したのは、美しい風景の描写だった。湖上の鉄橋を渡る列車。小窓から吹き込む風。坂道のある街角。ショウウィンドウに点る明かり。夜のペイブメント。朝の光に輝く街並み。あらゆる場面から、ヨーロッパのひんやりとした空気がはっきりと伝わってくるのだ。ロシアの人形アニメ作品『チェブラーシカ』を観たときも、自分がいちばん感心したのは同じく、澄み切った空気の冷たさを伝える街角の何気ない風景だった。初老の旅芸人と若い娘の触れ合い、というストーリーを持っている点で、このふたつの作品は似ている。
 
軽業師や腹話術師など、旅芸人たちが集まる安ホテルに、手品師と娘は宿をとる。そのシーンを観ていて、自分は30代の終わりにドイツやオランダの街をDJとして廻った時のことを思い出さずにはいられなかった。
 
エレベーターのない宿の階段を上がるときの靴音。部屋の前の廊下の軋む音。隣室から聞こえるTVの音。上の部屋が使っていると水流の悪くなる洗面台の蛇口。坐った途端に靴を脱いでしまいたくなる低い、座り心地の悪いソファ。
 
あの頃は旅が楽しくて仕方がなかったから、まったく気にならなかったが、他人から見れば、何ともうらぶれたツアーだったに違いない。DJもまた、旅芸人である、という当たり前のことに気付いたワンシーンだった。
 
そう言えば、この劇場では、7月の最初の週に『メアリー&マックス』、というアニメ作品を観た。何だか近頃アニメばかり観ているな、と思ったが、そう言えば今は夏休み、映画館は大人も子供も楽しめるプログラムを選ぶ季節、ということか。
 

 
ここ数日、寝不足気味だ、と書いたが、それはかれこれ二週間以上も続いている。週末にDJの仕事があって、眠る時間が狂うのに、そのサイクルを戻す間もなくウィークデイの仕事をするから睡眠不足に陥る。
 
そんなときに、「トッド・ラングレンのスタジオ黄金狂時代 魔法使いの創作技術」、という新刊書が届いた。これで睡眠のサイクルは再び狂うことになった。
 
この本について書こうと、読み終えてから何日も考えていたのだが、どうも巧く感想が書けそうにない。とにかく、読んでいる間は止まらなくなるほど面白い本だったのだけど。
 
題名からも伝わるように、この本はトッド・ラングレンの自作とプロデュース作品を中心に、音楽活動、とくにレコーディング作品に焦点を絞って、本人と多くの関係者からの証言を交えてその足跡を追いかけた書物であること。
 
言い換えるなら、ロックスターの評伝に対して、誰でも期待するような「カネ・女・クスリ・訴訟」、といったスキャンダラスな事象については、あまり多く触れられていないのだ。
 
だから、読み始めて間もなく抱いた印象は、この本は同じ訳者・奥田祐士氏、同じ編集者・稲葉将樹氏、同じ版元・P-vine books、という三者による「レコーディング・スタジオの伝説ー20世紀の名曲が生まれた場所」、という一冊の姉妹編のような書物なのか、というものだった。パンチイン、という言葉に注釈を必要としない読者のための本。トッドはタンノイのスピーカーが苦手である、とか、そんな話が好きな人には堪らないエピソードに溢れた一冊。
 
著者が対象を敬愛している、という点で、その二冊は同じタイプの本であることは間違いないのだが、ただ、主人公であるトッド・ラングレンその人が他の音楽家・音楽関係者と比べて、音楽そしてビジネスに対するアプローチがあまりにも変わっているため、読んだ印象もまた、大きく違って感じられるのだった。
 
読んでいて特に面白かったのは、トッド本人のソロ・プロジェクトのことよりも、他の<クライアント>の制作に関わる裏話だった。それもグランド・ファンク・レイルロード、とか、ミート・ローフ、とか、パティ・スミス、とか、いままで自分があまり聴き込んではいなかったアーティストに関する逸話が抜群に面白い。
 
いっぽう、かつて自分がプロデューサー、あるいは編曲家として関わったレコーディング作品のことなどを思い出しては本を閉じてしまうような記述も何箇所かあった。たとえば、ザ・ストライクスやコレクターズ、といったバンドの制作に関わったときのことを思い出しては少し後悔し、ファントムギフト、ハバナ・エキゾチカ、花田裕之とロックンロール・ジプシーズといったアーティストのレコーディングに立ち会ったときのアプローチは、この本の主人公の方法とさして変わらなかった、などと思い出しながら読んだ。
 
折しも、フジロックに出演するために、この本の主人公は来日していた。日本に於けるファン、そして世界中のファンの誰もが愛している「瞳の中の愛」や「ハロー・イッツ・ミー」のような甘くキャッチーなレパートリーに対して、本人は「眠っていても書ける」、というほど(そんな記述はなかったかしら?)に醒めた態度を取っているが、それは改めて読まなくとも、なんとなく解っていた。かく言う自分は大学生の頃に、彼の数多いアルバムから、そのようなレパートリーばかり拾い集めてミックステープを作っていた、その手のファンだったのだが。
 
これほど楽しく読んだのに、こんな取り留めのない感想しか書くことが出来ないのか。いや、ブログ、などではなくて、きちんと原稿料の出る媒体なら、自分もまたトッド・ラングレンのように締切りを厳守しつつ、最高に面白いものを書いてみせる。あ、ウソですごめんなさい。
 

 
そう言えば、思い出した。『イリュージョニスト』、という映画で、老手品師が若い娘に遺した手紙には、たったひと言、こう書かれていた。
 
「魔法使いなどいない」