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ブランニューキャデラックはもう出ないのかしら。
2009.05.27
昨日、近くに寄ったついでにライノの新事務所にお邪魔した。事務所つーかビルが丸ごとライノでびっくり。まったく景気がよろしい会社のようで。そこは以前専門学校だった。マナーの悪い若者がたむろしてたっけ。だけどあの吉本興行だって東京本社は廃校になった学校をそのまま使ってる。するとライノはプチ吉本か。うん、似てるかも。しかし、探偵事務所みたいな汚ねえマンションの一室から始まったサクセスストーリー。東北弁丸出しのアシスタントの電話に「てめえ電話に出るんじゃあねえ」と社長が目くじら立ててた時代が懐かしい。いつのまにかほんとに大きな会社になったのね。このままいっそ代官山に巨大自社ビルでもぶちかまして頂きたい。そしたらビルの守衛さんに雇って下さい。「今日の守衛さんブログ」もがんばって書きます。PS.ブログ無事投稿されたようで。
その夕方、旧山手通り沿いの某写真家さんのスタジオに向う途中、タクシーの窓の中からオールドのキャデラックを見かけた。その筋では定番の59年型、しかも色はピンク。エルビス・プレスリーが成功の証としてママに贈ったピンクのキャデラック。でもここはルート66でなく日本の国道246だし、キャルナンバーでなくキャワサキ(川崎)ナンバーだし、ドライバーもパナマ帽かぶった老紳士だった。すべてがちぐはぐ。せめて高橋ジョージが乗ってて欲しかった。だけどあんなイカガワシイ乗りモンに高校時代は何故か憧れたもんだ。実際それに近い羽根モンのアメ車も乗ったし、先ほど吐いたツッコミはぜんぶ昔の自分に返ってくる。人生って辛く恥ずかしいものなんだ、でも、だから素晴らしい...ナンノコッチャ。
ところで、そんなキャデラックやコルベットなどアメ車の代名詞みたいな自動車を作ってたジェネラルモータスが倒産の危機とは。ボクらはとんでもない時代を経験してるんだな、とあらためて。
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