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COLUMN

旅とか僕とか、相棒のこと。

文・写真:尾崎雄飛

自他共に認める生粋の服好きとして業界内外で名を馳せる、デザイナーの尾崎雄飛さん。最近ではそこに“旅人”としての称号も追加されたとか。聞くところによると、尾崎さんは旅に出るとモノを買いまくることが多いそうです。つまり、旅、服、買い物、この三点が尾崎雄飛という人物を形成しているのです。本コラムではそんな尾崎さんの旅っぷり、買いっぷりをご自身にのんびりと振り返っていただきます。第二回からは、ルーツの一つでもあるイギリスへの旅日記です。

第二回 イギリス、グレートブリテン島
一周の旅、DAY 1〜4

19歳の頃、僕はイギリスに住んでいた。アルバイトで貯めた、なけなしのお金を握りしめて勢い渡英したので、学校に行くお金などはなく、なるべくお金をかけずに服のことを知りたいと考えた僕は、トラッドなお店のショー・ウィンドウを舐めまわすことや、中学生以来の趣味である「古着屋見てるだけ」を毎日続けていた。

そんなつましい日々でも、せっかくヨーロッパにいるのだからということで、ときどきはパリやらミラノやらの国外にも出かけた。安い交通手段もあったから、パリへは何度も通ったものだが、近いはずのイギリス国内には、どこへも行ったことがなかった。いつでも行けるだろうと思ってしまうのと、当時はファッションに夢中で、服飾文化の色濃い街以外には興味を持てなかったのだと思う。

あれからちょうど20年、僕はまたロンドンにやってきていた。昨年末に一世一代の覚悟でオーダーした〈ジョン・ロブ・ロンドン〉のビスポーク・シューズが完成したので、受け取りに来たのである。

〈ジョン・ロブ・ロンドン〉では、完成した靴を試着してオッケーを出した後、靴のなかに入れて形を保つための木製シュー・キーパーを削る時間が二週間ほど必要なので、できればその間滞在して、受け取ってから帰国して欲しいとのことだった。

二週間以上も海外で過ごすことに躊躇もあったけれど、こんな機会もなかなかないので、その二週間を無駄なく過ごそうと考えて、タイトルの「グレートブリテン島一周の旅」を計画した。19歳時分に憧れた〈ジョン・ロブ・ロンドン〉のビスポークも20年経って実現した。これに乗じて、他にも山のように抱いていたイギリスへの憧れを、この際ひとつひとつ回収して回る旅をしてみようというわけだ。

DAY 1. London

早朝、ロンドンへ到着。ホテルに荷物を置いて、まずはカフェに入って紅茶を啜る。ピンク色になるくらいまでミルクで割ったやつ。これがなにより好きなのだ。同じ紅茶を日本で淹れても同じ味がしないのは、水と空気のためだと断じている。ビスケットを齧りつつ、金曜日はポートベロー・マーケットのヴィンテージ・ファッションの日だと思いついた。久々に行ってみよう。

ポートベローは、かつて住んでいた家の近所。毎週末のように歩いて通ったものだ。あの頃とぜんぜん変わらないこのマーケットは、いつもどおりの品揃え。ヴィンテージ・クロージングは時を超えるのだ。ここで、この旅のいちばんの相棒となる、ボロボロのレイン・マック(トラディショナルウェザーウェア名義)を路上のブルーシートに積まれた服の山中から救出。さっそく着て小雨を凌ぐ。

変わらない気がするが、20年前は屋根がなかったような気もする…。

「レイン・マック」というのはマッキントッシュに代表されるゴム引きコートの総称。

続いて、当時毎日のように通っていた、例の「古着見てるだけ」の店へ。いつも長時間こもっていた地下フロア(激安コーナー)は、薄汚い内装も雑多な商品もその量も、そして値段も!まるでタイムスリップでもしたかのようにあの頃とまったく変わっていない。時間はたっぷりあるので、20年前さながら何時間もかけて全商品をくまなくチェックし、目ぼしいモノを集める。あの頃と違って、買い物は「買い付け」になったので、これくらいの値段のモノなら、どれでも躊躇なく買える。成長したものである。けれど、好きなモノを探す意欲や視線は、僕もあの頃と何も変わっていないってことに気がついて、なんだか可笑しくなった。

デザイナーズからトラッド、スポーツウェアまで混在するなかから名品珍品を探すのが当時とてもいい勉強になった。

初日の戦果。ハーヴィー・アンド・ハドソンのオーダー品のデッドストックが大量に出土。故人の持ち物だろうか…。

DAY 2. London

この日は、楽しみにしていたサッカーのイングランド・プレミアリーグ開幕戦を観戦。地元チーム「ウエストハム・ユナイテッド」のファンに扮して、ロンドン・オリンピックスタジアムへ。残念ながら強豪「マンチェスター・シティ」に大差で敗れてしまった。正直言うと相手チームの活躍のほうが、サッカーファンとしては面白かったが、ホーム・スタジアムでは口が裂けても言えない。

さすがはイングランドのサポーター。アツい!アツすぎる!!

DAY 3. London

日曜日。定休日の店が多いロンドンなので、マーケットやミュージアムを廻ることに。ナショナル・ポートレート・ギャラリーで「シンディ・シャーマン展」を観て、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で、古美術品のお勉強。前衛アートと太古の人の営みを同日に観ることで、人間の美的感覚や手法の進化と変化について考えさせられる。

海外のミュージアムはたいてい撮影可能。入場料は無料か任意で寄付。アートに対しての考え方が日本とは違う。

この15世紀のタペストリーは、なんとすべて毛織物(!)気が遠くなるような大作である。

DAY 4. London

長時間飛行による足のむくみも落ち着いた4日目の朝、ついに〈ジョン・ロブ・ロンドン〉へ試着に赴く。待望の靴に足入れをしてみると…なんと、ショッキングなことに足の甲部分がスッカスカに余っている。エッー何これ…!呆然としていると、担当のニールさんが笑顔で

「サー、不安のあるところを遠慮なく言ってくれたまえ」

と、のたまうので、恐る恐るココとココ、と伝えると

「オッケー、では午後3時までに直しておくので、その頃にまた来てくれたまえ、サー」

ということに。

一抹の不安を抱えつつも、空いた時間で骨董フォーク・アートの第一人者「ロバート・ヤング」へ。フォーク・アートはアメリカのアンティーク・マーケットで出会い、興味を持ち始めていた骨董のジャンルだったが、ここで心のド真ん中を撃ち抜かれてしまった。どれもこれも息を呑むほどに美しく、素朴でかわいらしい。色々に目移りしてしまうのだが、入店してすぐに目を釘付けにさせられた、金縁で額装された小さな17世紀のポートレートを購入。

ロバート・ヤングの店内には様々に見立てられた時代モノが所狭しと並ぶ。

ダンサーのフィギュアはこれ全部でセット販売。骨董の世界ではセットはバラさないのが掟。

フランスの18〜19世紀の器や皿。すべて作った当時は「アート」という意識を持っていなかったモノである。

17世紀の手塚治虫!?的な。ぐっと惹き寄せられるチカラを持った絵画だ。

午後3時、ふたたび〈ジョン・ロブ・ロンドン〉へ戻ると、ニールさんが靴を携えて

「ミスターオザキ、お待ちしていました」

と、にこやかに迎えてくれた。

さっそく再試着。ん……んンン…?? 朝、スッカスカだったところは完璧に直っている。が、今度は小指の外側にやや圧迫される感じがある。僕の足型の特徴的によくあることなので、気にしないこともできるけれど…せっかくのビスポークだし…と思案していると

「サー、小指が気になるのではないですかな?」

とニールさん。

実はそうです、と言うと、僕の小指のところを何度か触って

「オッケー、直しておくよ。シュー・ツリーも削るので、24日の朝にまた来てくれたまえ。」

かっこよくウインクをしてもらって、握手して店を出た。

本当にあの感じで大丈夫だろうか…。不安だ……。

帰り道のパブで飲んだ〈ギネス〉は冷えすぎていたわけでもないのに、ぜんぜん味がしなかった。

ビスポークの醍醐味を体験。仮縫いはせず完成品を納得いくまで何度も直して調整するのがポリシーなのだそう。

美味しいはずのキンキンに冷えた真夏のギネス。

そんなこんなでロンドンでの日程を終え、明日からはいよいよ全英行脚の旅が始まる。とりあえずは毎日、大小のアンティーク・マーケットに行くのを予定はしてあるが、成果が多く、寄り道の多い旅になることが望ましいから、日程はいつでも流動的に変更できるように宿はひとつもとっていない。はてさて、どんな旅になるのやら。はやる気持ちと少しの不安を抱きしめながら、早起きのために就寝した。

旅は続く。

PROFILE

尾崎雄飛
サンカッケー・デザイナー

1980年生まれ。某ショップバイヤーを経て〈フィルメランジェ〉を立ち上げる。2012年に〈サンカッケー〉として独立。日本の良いモノを追求しつつ、仕事をしたり旅をしたりの日々。

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