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COLUMN

旅とか僕とか、相棒のこと。

文・写真:尾崎雄飛

自他共に認める生粋の服好きとして業界内外で名を馳せる、デザイナーの尾崎雄飛さん。最近ではそこに“旅人”としての称号も追加されたとか。聞くところによると、尾崎さんは旅に出るとモノを買いまくることが多いそうです。つまり、旅、服、買い物、この三点が尾崎雄飛という人物を形成しているのです。本コラムではそんな尾崎さんの旅っぷり、買いっぷりをご自身にのんびりと振り返っていただきます。今回はイタリアはフィレンツェの回。

第五回 イタリア、フィレンツェ

半年に一度、イタリアのフィレンツェでは、メンズファッションの祭典「ピッティ・イマジネ・ウォモ(以下ピッティ)」が開催されている。パリやニューヨーク、日本でも開催されているような、あらゆるメンズブランドが出展する大型の見本市で、いわゆる合同展示会のひとつであるが、数ある合同展示会の中でもピッティが特別視されている由縁は「コンテンポラリー・クラシック」分野の充実にある。日本で言うところの「ドレス・クロージング」、つまりテイラードジャケットを基軸にしたカジュアルとフォーマルのメンズ・ファッションスタイルを指すが、そのすべてを網羅して展示するこの見本市は、メンズ・ファッションの最高峰と言っても過言ではないのだ。

僕はバイヤーの仕事をしていた時代に何度か赴いたのと、〈フィルメランジェ〉を海外展開していた頃に試験的に出展したことがあったので、ピッティの雰囲気についてはよく知っていたのだけれど、ここ10年ぐらいは自分の仕事との関連もなく、足を運ぶことは皆無であった。

「サルトリアリスト」 というファッションスナップサイトの功績で、ピッティに来場する洒落者のスナップ写真を撮るのが流行し、年々加熱しているという様子だけはなんとなく知っている、という程度だった。

僕の友人で、このファッションスナップ常連の“野草ちゃん”という男がいる。昨年の秋頃、彼が「尾崎さん、次のピッティに行かれないんですか? たまには行くのも面白そうじゃないですか?」と声をかけてくれた。

言われてみればたしかに行ってみるのは面白そうだ。ここ10年間コレというきっかけがなかったのと、開催が年始早々か、暑い時期というのに気乗りがしなくて、行かないのが当たり前になっていたが、現在の「コンテンポラリー・クラシック」にはやはり興味がある。それに、フィレンツェの街は大好きだ。

野草ちゃんは仕事の関係で、ピッティのあとにナポリにも行くとのこと。ナポリはピッティとは逆に「クラシカル・クラシック」の街。以前から行ってみたい都市だった。フィレンツェのあの美味しい料理と、未体験のナポリピザにも誘惑されて、年始のイタリア行きチケットをとった。

壁の色と真っ青な空の色とのコントラストが美しい。イタリア、フィレンツェ。

1月初旬というのが嘘のように暖かく、ここは東京より太陽に近いのかと思うほどの強い陽光が燦々と突き刺さる快晴の空の下、ピッティ会場前では野草ちゃんがスナップ撮影隊に撮られるべく、躍動していた。

「ここらへんではニコニコしてたらダメなんすよ。」
「しかめっ面をしてないと……。」

聞いてもいない「撮影隊に撮られるコツ」を伝授してくれる野草ちゃん。茶色を基調とした全身、流行りの千鳥格子のツイード・ジャケットと、これまた流行りの焦げ茶色のベルジャン・シューズを合わせたコーディネートでカメラを意識しまくるが、撮影隊の目線は、そんな野草ちゃんをシビアに通り越していく。

流行のスタイルを踏襲しつつも、あえて流行の何歩か先を行きたかったのか、黒のレザーパンツを穿いてきた野草ちゃんのセンスは、撮影隊にはいささか早すぎたのかもしれない。

ピッティの会場をぐるぐる回ると、懐かしい気持ちになった。展示会としての内容は良くも悪くもあまり変わっていないが、どのブースもマジメな「商売の場」というよりは「お祭り会場」という感じで、みんながリラックスして過ごしているのが、イタリアらしい感じがして好きだ。

僕も以前と違って、買付をするとか商品を売るとかの使命感が無いぶん、リラックスした気持ちで見回ることができた。結果、午前中いっぱいでほとんどの会場を見終わってしまった。「見てるだけ」は気楽なものである。

「ランチタイムだし美味い物を食べに行こう」と野草ちゃんを会場から引きずり出し、街で有名だという食堂に連れて行ってもらう。

小さいながらもある種の格式を備えたその食堂は、お昼なのに予約でいっぱいなのだそうで、開店してすぐに入店した僕たちだけが予約無しで座ることができた。なんてラッキー。イタリアの人のランチはスタートが遅めで、みんなお酒を飲んでゆっくり食べるので「ランチは席を回転させて、より多くのお客を入れる」とかいう考えはない。

この街の人は、朝起きて最初に「今日はあのレストランでランチにしようか」とか考えて、予約の電話をするのだろうか。豊かな食生活と美しい風景の周りをゆっくりと過ぎる時間。太陽だけでなく時間にまでも贔屓されたこの街が、やっぱり大好きだ。

茶系のツイード・ジャケットに同系のタイでまとめた野草ちゃん。色拾いのエキスパートである。

この雑多な美しさを狙って真似ることはできない。文化と暮らしと必然性が、この壁を彩る。

イタリアの人たちに感化され、僕らもワインを飲んでゆっくり食事をしたら、ピッティ会場よりもフィレンツェの街を見たくなってしまったので、野草ちゃんだけを帰して、ひとり当てどなく街歩きをすることにした。

10年ぶりのフィレンツェの街は、予想以上に何も変わっていなかった。

石畳の上を走りにくそうに揺れながら、フィアットやシトロエンが駆け抜ける。壊れているように見えるベスパが、現役で走り回っている。西陽が差すと景色が綺麗にホワイト・アウトして、西側が何も見えなくなる。大きな川を渡る橋の真ん中で、うっとりする。

どこかのテーマパークみたいに、出来すぎた美しい風景と、まるでキャストのように登場するおしゃれな人々やアトラクションのように楽しい出来事。まるで誰かが考えた大規模なフラッシュ・モブが僕に仕掛けられたかのようだ。

石畳と車。コレは橋の上の歩道なのでキレイだが、車道はガタガタ。

プリマヴェーラ=春。まさに小春日和の1月初旬。今年は異例の暖冬だそうな。

街の中心はなんと言ってもアルノ川。この川でオオナマズを釣るのが流行っているという。

太陽がかなり低い位置まで建物に隠れないため、本当に向こうが見えないほど眩しい。

世界中で街の文房具屋には必ず行って、その土地の文具を買い込むことにしている僕は、昔の記憶をたどって、橋のそばの文房具屋に難なくたどり着いた。10年前と20年近く前に体験したことを、今そのまま繰り返すことができるほど、この街が変わっていないのにも驚いた。

イタリアの文房具屋で集めた、フォトジェニックなモノたち。

同じく記憶をたどって、大手メゾンの手袋のOEM生産も手掛けている名店「マドヴァ」を発見。思いきった色の手袋をまとめて購入する。いまだに手作業でチクチク縫われるここの革手袋は、安くて品質がいいのだ。

そういえば近所には伝統工芸のマーブル紙を売る店もあったはず…あ!あった。こんな具合で、これまた誰かに仕組まれたみたいに、街歩きは美しさと良品の発見の連続で、すぐに日が暮れてしまった。

変わらぬ風情の、橋のたもとの手袋屋。

〈マドヴァ〉の手袋。品質の割に安いのでキレイな色にも挑戦したくなる。

数多のブランドOEMを手掛けてきた名工房でもある。

〈イル・パピーロ〉はフィレンツェの伝統工芸であるマーブル紙を使ったノートや文具が有名。紙そのものも買える。

2つとして同じモノができないマーブル・アートに感銘を受け、紙の状態で何枚か購入。額装するのも良さそうだ。

工房を興味津々で見つめていたら、一枚実践してくれた。

夕暮れのベッキオ橋の欄干にもたれ、オレンジ色の空が映る川面を眺めながら、僕は物思いにふける。

となりのカップルは欄干にシャンパン・ボトルとグラスを並べて乾杯している。この完璧な風景に捧げているのだろう。

ベッキオ橋からの夕暮れ時。出来事すべてが、自分のために誰かが仕組んだかのように完璧な街。

豊かさとは。

この命題を前にするといつも、物質的な豊かさと文化的な豊かさを天秤にかけてしまう。

物質的な豊かさをたっぷりと得て、ぐるぐる回り続ける街。
文化的な豊かさを享受して、素朴で確かなモノを愛でる街。
どっちの良さもあるのだろうけど、僕は後者が好みだ。

コンテンポラリー・クラシックを見に来たのに、結局は昔ながらの旧い物事にすっかり心を奪われてしまった。

暖冬とはいえ、夕暮れ時を過ぎるとやっぱり寒い。そろそろピッティも終業時間だ。ふたたび野草ちゃんを誘って夕食に出かけようか。

このフラッシュ・モブの続きはきっと、とびきり美味しいビステッカ(Tボーンステーキ)と、深くて渋い赤ワインで乾杯ということになるだろう。

もう、毎日仕掛けてくれても構わない。

旅はつづく。

PROFILE

尾崎雄飛
サンカッケー・デザイナー

1980年生まれ。某ショップバイヤーを経て〈フィルメランジェ〉を立ち上げる。2012年に〈サンカッケー〉として独立。日本の良いモノを追求しつつ、仕事をしたり旅をしたりの日々。

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