気持ちが武装されるあのフィーリングがすべて。
―自然に汚れたフィールドブーツがすごくフレッシュに感じました。
大橋:何と言うか、日本人っていろんなことをテキストで考える傾向があると思うんですよ。識字率も高いし、頭もいいからいろんなことをロジカルに考えるじゃないですか。でも、その分「こう履かなきゃいけない」とかっていう考え方をする人も結構多い気がするんです。それは古着だとか、ヒップホップの服でもそうだと思うんですけど、「こうじゃなきゃいけない」みたいな風潮がどんどん出てきますよね。
例えば、「コルテッツ」を履いて「ヤンキース」の帽子をかぶるのはナシだとか、〈ティンバーランド〉のブーツはピンピンの状態で羽根やシュータンを立てて履くのが正義だとか。ぼくらみたいに「こういう文化があるんですよ」って言っている人間もそういう流れに加担してしまっているところがあると思うんですけど、「フィールドブーツ」って、そういう文脈だとか合わせるアイテムだとかも一切関係なく履いてもやっぱりすごく魅力を感じられるものだと思うんです。そうやって楽しんでると実際にどんどん愛着が湧くんですよ。
―セオリーはあっても、そこに縛られなくて良いはずだと。
大橋:ぼくは「〈ティンバーランド〉のブーツをピンピンで羽根を立てて履くのが格好いいんだ!」と主張するだけの人よりも、そんなことは関係なく、ただ「色が好きだな」と買った人が365日それを履いていて、そのブーツの全体が擦れてソールも減って味が出ていたとしたら、そのほうが格好いいんじゃないかと思うんです。やっぱり最後に大事なのは自分のものにできているかどうかっていうことだと思うから。
今日は自分は釣りをさせてもらいましたけど、街でピンピンで履くのもいいと思うし、ヒップホップとかそういうものは一切関係なく、これでキャンプに行ったり山を登ったりするのもいいよなって。それで履きつぶして同じものをもう1回買い直したりしたら、そのときにはそのブーツって、履き慣れたその人だけのものになっていると思うから。
―文化への関心や敬意が大きい人ほど、そういう固定観念に囚われがちなのはもどかしいですよね。
大橋:自分はそういう注釈とか背景とかより、履いたときに気分が上がるかどうかがすべてだと思っていて。それこそ自分が〈ティンバーランド〉をはじめて履いたときのことをいまでも覚えてるんですけど、高校の頃に〈ティンバーランド〉を履いて学校に行ったりしてたんです。それまではローファーやスニーカーを履いて通学していたけど、〈ティンバーランド〉を履いてラギットなソールでアスファルトを踏みしめて、モブ・ディープを聴きながら通学してると気持ちが武装されるというか、すごくテンションが上がって。やっぱりあのフィーリングがすべてだと思います。
靴って乗り物みたいなものだし、それがすごく体感できるものじゃないですか。「こういう背景があって…」とか、そういうものも確かに面白いと思うけど、それはあくまでプラスアルファの部分。本質的なのは、新品の箱を開けて履いて、玄関から一歩出たときの、あの高揚感だと思うから。そうやって自由な気持ちで楽しむと〈ティンバーランド〉のブーツはもっと楽しくなると思います。
―ヒップホップのエピソードや新品文化は印象的な分、染まりやすくもありますよね。
大橋:そういうものがあってももちろんいいと思います。でも、ちょっと間違って伝わってるというと語弊があるかもしれないけど、例えばUSの人たちが白Tを1回着たら捨てる、みたいな話がありますよね。あれは東海岸にはあんまりない感覚で西のカルチャーだと思うんです。だけど、それって5ドルのTシャツとかの話で、その人たちは100ドルのTシャツとかはそうそう買えないけど、安いTシャツをいかにフレッシュに見せるかにこだわって、アイロンをかけたりするわけじゃないですか。
自分も安価な白TとかAシャツみたいなものだとか、下着や靴下は常にフレッシュでいたいなと思いますけど、こういうブーツに関しては新しいのをバンバン履きたいとはあまり思わないんです。フィールドブーツのこのカラーも、いままで何回履いたか分からないぐらいなんですけど、毎回壊れるまで履いて、新しいのを買ってます。靴だからずっと履いていると、やっぱりいつかはソールがすり減ったり壊れてしまったりするけど、どんどんアッパーにいい味が出て雰囲気もよくなっていくから、できたらずっと壊れないでほしいなと思ってるくらいです。
フィールドブーツ ¥30,800
―新品にこだわると、その経験やそこに至る過程には出会えないですもんね。
大橋:はい。例えば、その人が何かを履きつぶしたり、着つぶしたりするじゃないですか。そうなったときに、気に入っているのならまた同じものを買うといいと思うんですよ。そうすると二周目って一周目よりも自分の体や生活にフィットしたりするんです。それが何周目にもなったとき、本当の意味でその人のものになる気がするんです。きっとそれぐらい使い込んでいって、靴や服はその人のものになっていくと思うし、スタイルがある人ってやっぱりそうだよなって、自分はすごく感じています。