クルマはやっぱりプライベートな空間がつくれる。
青梅に向けて着実に歩を進める「カングー」。太田さんは住まいのある都心から、毎朝片道1時間20分ほどかけて農場がある青梅まで向かっています。その道中でどんなクルマが好きなのか尋ねると「クルマ自体にそこまでこだわりはない」という答えが返ってきました。その心は?
「クルマそのものよりも、それに乗っている時間のほうが大切だと思うんです。もちろん、むかしのクルマを見てかっこいいなぁとか、色気があるなと思うことはあります。『カングー』のように大きなクルマも好きですし。でも、それよりも“どう使うか”というのが重要だと思います」


高速道路に入り快調に目的地へと向かう中、都会のビル群が徐々に背を低くして住宅街へと変わり、やがてそれも自然の景色へと変わっていきます。クルマを運転しながら太田さんはどんなことに意識を集中しているのでしょうか?
「クルマに乗っている時間は、ぼくにとって大事な時間です。海外にいる友人とアプリを使って電話をすることが多いです。ぼくは人と話をするのが好きなんです。そうすると、生の情報を手に入れられる。あとは音楽やラジオを聞いています。いろんなジャンルの音楽を聴きますが、いちばんは民族音楽が多いかもしれません。都会から自然の景色へと移り変わる中で、風景に合うBGMをセットしてますね」

コロナ禍において、多くの人が公共交通機関を利用して密な空間をつくることに危機を感じた中、個人的な空間で移動ができるクルマというツールの重要性が浮かび上がっています。
「クルマはやっぱりプライベートな空間がつくれますよね。自分の部屋がそのまま移動しているような感覚。好きに荷物を詰んで、聴きたいものを聴いて、行きたいところに行くって、本当にプライベートじゃないですか。ぼくらは基本的に仕事の道具として使っているから目的地がありますけど、それでも気分転換のためにたまにルートを変えたりして乗ってますね。どんなに大きな音出しても文句言われないですし、究極の個の時間じゃないですか。クルマって好きなことをやり続けられる唯一の場だと思うんです」

Ome Farmの心臓部は、タネ、土、そしてミツバチ。
そんな話をしていると、「カングー」は青梅にある「Ome Farm」の農務所に到着。ここでは野菜を育てるためのオリジナルの堆肥をつくったり、収穫した野菜の出荷準備をしたり、養蜂をしたり、野菜の苗を育てたりなど、さまざまなことが行われています。



「農業をはじめるにあたって、もともと東京でやりたいという気持ちがありました。東京近郊で誰もが納得するクオリティの野菜をつくって、それをある程度の規模でできれば自然とビジネスとして成立するだろうと思ったんです。それを実現できる場所がここにありました。ぼくらがやりたかった有機農業や若者が参入することへの理解、綺麗な水、そして拡大していける可能性のある土地。この条件が東京で揃うのは唯一青梅だけでした」

「Ome Farm」の特徴はなんといっても、有機的循環型農業への徹底したこだわりにあります。除草剤や農薬、化学肥料は一切使わず、堆肥には動物の糞すら混ざっていません。自然の力を最大限に活かした農法で野菜を育てているのです。
「実際に野菜を育てる前に、半年間だけ準備期間を設けました。その半年で勉強をしたんです。なぜ人は農薬を使わないといけないのか、日本ではなぜサラダにドレッシングが必要なのか、そうした食にまつわる環境調査をしたんです」

「それと土についても調べました。でも、微生物がどうとか、化学薬品がどうとかいう専門的な話は素人にわかるはずがない。そんなときに、『悪い土は臭い』と真っ当なことを言っているおじさんがいたんです。それを聞いて本能的にピンと来たんですよ。一般的な農家で使われている堆肥って、動物の糞が混ざってますよね? それが栄養になるって。でも、そこから芽吹いた野菜を娘に食べさせるのは、どうもちがうなと思ったんです。クサいということは、動物が食べたものが胃の中で分解されていないということ。そんなものが混ざった土でいい野菜が育つわけがないと、そのおじさんは言うんです」


「それに加えて大事なのはタネ。一般的な農場では一代交配種と呼ばれるもので、人の手によって改良が加えられたタネが使われています。でもぼくらは固定種と在来種と呼ばれる遺伝子の強いピュアなタネを使っています」
「それと、タネを育てるにはミツバチの存在もすごく重要です。ミツバチがいれば勝手にどんどん受粉させてくれる。だからぼくらが手でその作業をする必要もないわけです。そのときに自然の循環力ってすごいと思いました。『Ome Farm』では養蜂もおこなっていて、彼らの力を借りて苗を育てています。そうすることでおいしいハチミツも摂れるんです。季節によって咲く花が変われば、ハチミツの味も変わる。それもおもしろいところですね」
太田さんは農業について勉強をする中で土とタネの関係にたどり着き、自身の理論に基づいて実験をおこなったそうです。

「何もしない土、化学肥料だけを混ぜた土、動物の糞(畜糞)だけを混ぜた土、化学肥料と畜糞を混ぜた土の4種類を用意して、それぞれに固定種と一代交配種のタネを撒いてみました。つまり8つの例をつくってみたんです。すると、わかったことがありました。一代交配種のタネは芽吹くのがとにかく早い。芽吹いた後も化学肥料と畜糞を入れた土がいちばん成長も早くて、他のも続々と芽吹くんですが虫に沢山食べられボロボロになるくらい弱かったんです。一方で固定種は成長は早くはなかった。何もしない土はとくに遅かったんですけど、そのぶんしっかりとした味で虫にも食べられにくく育った。だから、結果として何もしていない土にピュアなタネを蒔くのがいちばんいいのではないかという結論になったんです」
そうして得た結果をもとに農業をスタートしました。
「畑での仕事というのは、ぼくらにとっては末端の作業。心臓部は土(堆肥)、タネ、ミツバチなんです。そこがしっかりできていれば、あとは管理努力次第でいい野菜ができます」