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雄弁な本棚。vol.1 森永邦彦(アンリアレイジ デザイナー)
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雄弁な本棚。
vol.1 森永邦彦(アンリアレイジ デザイナー)

優れたクリエイターは、どんな本を読み、何を血肉としてきたのか。ときにひとを狂わせ、ときにひとを成長させる本というものについてのインタビュー。本棚を見せてもらうことは、そのひとの心の内を少しだけ覗かせてもらうことなのかもしれません。

予備校時代の運命の出会い。

ー これまでのインタビュー等を拝見しましたが、予備校で神田恵介さん(〈ケイスケカンダ〉デザイナー)と出会ったのが大きな出来事だったとか。

服はすごく好きだったんですが、当時は自分が服づくりをするなんて想像もしていなくて。おとなしい性格だったこともあり、表現することも苦手でしたし。でも、当時はがんばって服を買って、自分を保っていた部分もあったんだと思います。高校3年生になっても将来やりたいこともなかったんで、受験の流れに流されるまま、代々木ゼミナールという予備校に入りました。そこで、400人の授業の枠に1000人くらいの生徒が集まるカリスマ英語講師、西谷昇二さんの授業を取っていた時に出会ったんです。

ー ここにも裏原のような現象があったと。

その授業はまるでミュージシャンのライブのように入場待ちの列ができていて。僕は始まる2時間前に並んで最前列に座り、レコーダーにも録音して後日聴くみたいな。その講師は90分の授業のうち、10分だけ授業と関係ない話をしてくれまして、それはインターネットもない当時はメディア的な存在でした。〈アニエスベー〉やレッド・ツェッペリン、宮沢賢治や忌野清志郎など、僕の知らない映画や音楽、文学、先生の恋愛話なんてものまで、その10分に凝縮して話してくれたんです。それがとても面白くて。その話の続きを聞きたくて、みんな授業後には講師室に押しかけてました。

ー なるほど、すごい人気っぷりですね。

ある日、「教え子で、早稲田大学に通いながら洋服をつくっている神田恵介という大学生がいる」と、神田さんの服を持ってきたときがあって。神田さんは服一着ごとにタイトルとことばを付けて、好きな女の子に送るラブレターに見立てて、服を作っているというお話でした。表現として服をつくっている、と。その話と服に、僕は感動してしまったんです。

ー それは面白いですね!

ファッションでそんなことができるんだなと。その話が面白くて、話の続きを聞きに初めて講師室へ行ったんですが、来たのは400人中ぼくひとりだけ。先生も渾身の話だったらしいんですけどね。その講師が神田さんに会わせてくれたんですが、そのとき神田さんに男ぼれしてしまって。当時は文化(服装学院)も知らなかったんで、早稲田の神田さんと同じ学部に入れば服がつくれると勘違いして、同じ学部に入学しました(笑)。SNSもなかったですし、受からないと二度と会えないのではと心配で。テイストや形よりも、神田さんが表現として服をつくっているということに衝撃を受けて、その生き方に感動したんです。

主に下段がファッションの資料、中段は作品集や漫画、上段には小説やエッセイ集などの活字ものが並ぶ。本は本棚に入る量を守り、積み重ねたりせず綺麗に整頓されていた。〈アンリアレイジ〉の信念「神は細部に宿る」ということば通りの、几帳面な性格が垣間見れる。

ー 神田さんから本を教えてもらうこともありましたか?

たくさん薦められました。なかでも神田さんは金子光晴が好きで、詩の一部に「みんなが行く反対側にこそ、真に信じられるものがある」とあるんです。講師から神田さんの話を聞いたときに面白くて、みんなも同じように感じていると思っていたけれど、それは自分だけだったという不安が解消されたんです。初めて会ったときに、神田さんから「そういうものこそファッションだ」と言われたことをよく覚えています。つまり、自分だけがいいと思ったものを信じていくことは、ファッションを続けていくなかで何度も訪れることなんだろうと。金子光晴以外にも、服づくりを始めるときに、吉本隆明の「共同幻想論」なども薦められました。

ー 神田さんのお薦めは、ファッション以外の本もたくさんあったんですね。それが森永さんに、どのような影響を与えていると思いますか?

ファッションの本からデザイナーの哲学を吸収するというのはあるんですが、ファッション以外の本で、作者の考えをファッションに置き換えたらどんな色や形になるかとか。その現象がファッションという領域に入ったらどうなるか、ということを考えることが癖になっているかもしれないです。たとえば、小さいころは単純に世界観が好きだった藤子不二雄の短編集ですが、自分が服づくりをする前に改めて見返したときには、そのテーマを服に置き換えたら…とか考えていましたね。いままでの読み方とまったく変わったというか。だから、ぼくはブランド名を〈アンリアレイジ〉という名前にしたというのもあります。

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