
ローカルを気取って〈サウナの梅湯〉
旅をするなら、そこに暮らしているように過ごしたいと思っている。地元の人が通う居酒屋さん、普段使いしてるパン屋さんやお蕎麦やさん、焼肉屋さんに出かけたい。
五条にある銭湯〈サウナの梅湯〉もそうだ。経営者の湊三次郎さんは、「銭湯活動家」としてさまざまなメディアで見かける人。銭湯を愛し、潰れかけの銭湯を蘇らせてきた人だ。湊さんが経営再建した〈サウナの梅湯〉の客層は、ほとんどが近所の常連さん。朝風呂はもちろん、昼も夜も大いに賑わっている。
京都に暮らす人々のルーティンのなかに「銭湯でひとっぷろする」行為が組み込まれていることがうらやましいので、ローカル気分で京都のルーティンを取り入れる。
ひとっぷろ浴びたらコーヒー牛乳を買う。もちろん瓶の。小さな縁側に出て外気を浴びながらコーヒー牛乳をぐびっと飲み干す。季節が良ければ、濡れた髪はそのまま自然乾燥でいい。
帰りに入り口のカウンターで梅湯Tシャツと梅湯タオルを買う。梅湯Tシャツはその場で着て帰ろう。あくまでローカル気取りで堂々と。
〒600-8115 京都府京都市下京区岩滝町175
電話:080-2523-0626

喫茶〈鶴〉のサンドウィッチ
二条城の北、丸太町通沿い。マンションの一階部分に、植物たちにこんもりと包まれたガラスドアが目印の喫茶〈鶴〉がある。
ずっしりと年季の入った焦げ茶色い煉瓦の壁面にクリーム色のカウンターテーブル。腰の高さぐらいの木製椅子が八脚並ぶ。
丸太町通に面した大きなガラス窓からは、夏の朝のまだ柔らかい光が差し込んでいる。カウンターの隅でお母さんは新聞を読みながら、テレビの韓国ドラマに耳を傾けている。
サンドウィッチセットにはコーヒーが一杯ついてくる。冷蔵庫から卵を出して、フライパンで卵焼きを焼く。きゅうりとハムとレタスをザクザクとまな板の上で切る。目の前にあるサイフォンがコポコポと音を立てた。コーヒーができる合図だ。
三角形にカットされた白くてもっちりとしたパンに挟まれたハムときゅうりとレタスと卵のサンドウィッチ。お皿に四つの三角の山。なかなか嬉しいボリュームだ。ほんのりバターのコクとシャキシャキ歯応えのサンドウィッチを頬張り、雑味のないすっきり味のコーヒーで流し込む。「ああ、うまい」思わず声が漏れてしまって恥ずかしかった。「おいしい? 43年おんなじサンドウィッチつくってるからねえ」。お母さんが照れながら笑ってくれたのが嬉しかった。
〈鶴〉の休みは日曜だけ。朝は六時半ごろから、夕方はお母さんが夕飯の買い物と銭湯に行く時間があるので大体18時ごろまで開いている。
〒602-8144
京都府京都市上京区丸太町通大宮西入藁屋町536
電話: 075-842-1889

京都酒場文化の絶対的銘店〈赤垣屋〉
酒場。居酒屋。この言葉を目で見て口に発した時に想起されるあの感じはなんだろう。この上ない安心とぬくぬくとした居心地のよさ。日常の延長にありながら、とても身近な非日常の世界。店主や飲兵衛たちが積み上げてきた時間、立ち込めるお店のオーラ。そこに身を置いて、心置きなく酒を飲み、美味いつまみを食べている自分を想像して浮き足立ち、口もとの緩みに気がつくのだ。
1934年(昭和9年)に創業した〈赤垣屋〉は、酒場、居酒屋という言葉に心踊る人は必ず訪れるべき銘店だ。入って左手には大きなL字カウンター、樽酒とおでん鍋、そして花板さんが立つ“魅せ場”がある。いつかあのカウンターで板さんの姿を眺めながら飲んでみたい。
奥の小上がりに座り、瓶ビール(キリンのクラシックラガー)をちびりちびりやりながら、つまみを頼む。おばんざいとか京割烹ではなく、実直な酒場料理の数々。鮮度抜群、季節もののお造り、甘さと旨味の煮魚、ああ、おでんと鴨肉も絶品だった。
90年近く、多くの大人な飲兵衛たちを唸らせてきたこの赤垣屋の、いま自分が座している場所で想像してみる。どんな歴史書も、どんな歴史映画も、ここに座って静かに酒を飲み、酒場の空気に浸る悦びを味わうことには敵いっこない。
〒606-8385 京都府京都市左京区孫橋町9
電話:075-751-1416

町のろうじに入ってみる
特に京都では、意図的に「迷う」行為を楽しんでみたい。東に北に、右に左に当てもなくランダムに、なんとなくな匂いや勘に従って、あてもなくぶらぶらと歩いてみるのはどうだろう。
東西南北を走る大小の通り(大路・小路というらしい)のさらに間を縫うように、網目の如く走る通りを見つけることができるはずだ。お店とお店の間、住宅と寺院の間、普通に歩いていたら見逃してしまうほど細い通り。それが「路地」だ。
路地マニアとして京都ではちょっと有名な知人に聞いた話によると「路地」は「ろうじ」と呼ぶらしい。そして「ろうじ」は構造によって「図子(づし)」と呼ばれる通りもあるのだとか。
通り(大路・小路)を繋ぐ道のことを「図子」。行き止まりになっている道を「路地」。通りぬけできるのが図子、通り抜けできないのが路地。でも路地は「ろうじ」という総称でもある…頭が混乱するのでこの辺で話はやめておく(僕の解釈が正しいのかも曖昧だ)。
ろうじに迷い込むと、ああ、ここが京都の本当の空気なのかも、と肌身が理解する。あたらしもん好きの京都、伝統を守り継承する京都、光も闇も一緒くたに包み込む町、京都。ろうじを歩けば、京都のアザーサイドが見えてくる。

〈志津屋〉のカルネ
旅の終わり。京都駅に向かうタクシーの中で、僕は次の段取りを考えている。運転手さんには「八条口で」と伝え済み。
京都駅の南側にある八条口で降りる理由、それは京都で創業65年のパン屋さん〈志津屋〉があるから。ただそれだけ。それだけで十分な理由になる。
八条口を入ってすぐに現れる「新幹線のりば(八条口)」改札を横目に少し進めば右手にみどりの窓口、左手に〈志津屋〉が見えてくる。最高の導線設計じゃないか。
みどりの窓口で少しだけ余裕をもった時間のチケットを買う。チケットカウンターを背に歩けばさあ目の前には〈志津屋〉だ。
お目当ては「カルネ」。パンの消費量日本一を誇る京都人の国民食、とも言われる「カルネ」。くるりの岸田繁さんもそういえば「子供の頃、学校に行く前の朝メシでカルネが出てくるとうれしかった」と言ってたな。
少し硬めのフランスパンに、ハムと千切りの玉ねぎが挟んであるだけの、とにかくシンプルで素朴なカルネ。これがもう本当にうまい。
噛めば噛むほど旨味を増すパンと、ハムとスライス玉ねぎの柔らかサクサクの食感と甘み、奥の方に感じるマーガリンのコク。
我慢できないので新幹線の中で食べる用に2つ、東京ですぐに食べられるように8個ほど買い込む。
要冷蔵のため長時間移動のお土産には向いてないところもまた京都らしいというか、儚さがあって、いい。
〒600-8214 京都府京都市下京区東塩小路高倉町8-3
京都駅八条口 アスティロード内
075-692-2452