本当に必要なものだけですべてを成り立たせていく。
ー 今回、〈アイヴァン〉から派生した5つ目のブランド〈E5 eyevan〉が始動しました。こちらが生まれたきっかけや、コンセプトについて教えてください。
中川: 〈アイヴァン〉はもともと、1972年に現在の会長にあたる山本哲司が、〈ヴァン(VAN)〉の石津謙介さんと協業して立ち上げたブランドです。「着る眼鏡」というのがコンセプトで、ようは外観的なデザイン、ファッションとしての切り口でスタートしたアイウェアブランドなんです。だから、ぼくが入社していくつかのブランドのデザインに携わるなかでも、そうしたことを念頭に置きながらメガネの造形や機能を考えてきました。それが自然と身についていたんです。

中川: だけど、本来メガネというものはファッションアイテムではなくて道具なんですよね。視力を補強するためにレンズがあって、それを支えるフレームは軽くて、つけ心地がよくて、壊れにくいというのが理想です。
ぼくはもともと、ミリタリーやワークウェアが好きで、そうした服は機能からデザインが生まれています。そんなアイテムに憧れを抱く一方で、自分がつくっているメガネはそれとは異なることに、どこかしら疑問があったんですよ。だから原点回帰というには大袈裟かもしれませんが、本来の道具としてのメガネをデザインしたくなったというのが〈E5 eyevan〉が生まれたきっかけです。
しかしながらそれは、「着る眼鏡」というコンセプトとは真逆のアプローチでした。代表の山本に相談してみたところ、「いいじゃん」ということだったので、3年ほど前からデザインに着手しはじめました。
ー コンセプトを聞くとすごく理解しやすいのですが、いざそれをつくるとなると、とても難易度が高そうですね。

MODEL:m2 COLOR:AG/WG ¥49,500
中川: そうなんです。本来メガネは道具であるというのは、当たり前の概念じゃないですか。ぼくらが普段着ている服も、もともとは道具としてつくられ、時代と共にデザインが加えられていった。当たり前としてある道具を、道具としての新鮮さを加えてつくり直すって、すごく難しいんです。
だけど、それに挑戦したい気持ちだった。自分の中で、ファッション的にメガネをつくることの喜びは感じていたんですが、そこからもう一歩先へといきたい気持ちがあった。それで代表に相談して、OKが出て、自分としても引くに引けない状況になってしまったんです。同僚にもコンセプトを伝えると、「いいと思うけど、本当につくれるの?」という声ばかりで。難しいお題を自らに課してしまったんですよ…。
中室: デザインって、すごい広い意味を持った言葉ですよね。中川さんは今回、その“デザイン”の意味をすごく掘り下げたと思うんです。ぼくはもともとドレスクロージングや、デザイナーズブランドを扱うセレクトショップで働いていて、当時は若かったから、かっこよさとか、美しさとか、そうした表層的なデザインばかりを見ていた頃があって。

MODEL:p2 COLOR:DM/ST ¥47,300
中室: そこから「ムロフィス」をスタートして、そのうちに〈ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)〉のお仕事もさせてもらうようになるんですけど、当時はアウトドアウェアの知識は少なかったし、最初は仕事を引き受けるかどうか迷っていたんです。そのときにクライアントさんから「アウトドアウェアは機能がデザインを決めるんですよ」と言われて、自分のなかの常識を覆された気がして一気にのめり込んでいったんですよ。中川さんの考えている道具としての“デザイン”って、まさにそういうことだと思うんです。結果的にそうしたアプローチは使い勝手だったり、機能美に直結していくのかなと。
中川: 先ほど日常でいろんなパーツを見てしまうという話をしましたけど、ぼくはそうしたパーツのデザインを見ていたんですよね。たとえばミリタリーウェアに付いているエポレットなんかも、あれは肩から荷物を下げるときにそれを固定したり、階級を表す飾りを付けたりするもので、きちんとした意味がある。ぼくはそうした“意味”にもともと興味があったんです。
だけど〈E5 eyevan〉をやると決めてからは、もっと現実的に、道具に必要な機能としてそれを眺めるようになりました。すごく意識的になったのは、人を守るためについている装置とかってあるじゃないですか。たとえばブランコのチェーンとバーを繋ぐ金具だったりとか。そうしたシビアな部分を見ながら、道具にとって必要なデザインは何なのかを考える意識が芽生えたというか。
ー それまではデザインの意味や理由を見ていたけど、今度は仕組みや構造みたいなものに着目したと。

中川: そうですね。デザインというよりも、もっと本質的で切実に必要な仕組みといいますか。
ー それをメガネに置き換えていったんですね。
中川: 本当に必要なものだけですべてを成り立たせていく、という風に思考が変わっていきました。それっていままでのデザインとアプローチが似ているようで、実際は異なるんです。ぼくはむかしから「意味のあるデザインが好きだ」って言ってたんですけど、今度のはそうじゃない。それまでは「かっこいい」という要素から拾って、その意味を掘り下げていたんですが、〈E5 eyevan〉の場合は、それが必要である理由を内側から積み上げていくような感覚です。そうすれば、自ずとかっこいいものが生まれるだろう、と。
ー その考えに至るのに、どれくらいの時間がかかったんですか?
中川: 代表に相談してから1年半くらい経っても全然形にならなくて、そこからパンデミックが起こって、世界中の状況が一変しました。そこでようやくスイッチが入ったという感じです。自分からやりたいと手を上げたにも関わらず、自分自身がそうしたデザインを必要と感じてなかったんだといまになって思いますね。〈10 アイヴァン〉や〈アイヴォル〉で満足していたし、それをかけていれば不自由がなかったですから。
ー だけど、コロナ禍になってその気持ちが変わったと。
中川: そうですね。メガネをかけている医療従事者の方が、テンプルのネジが外れて、セロテープかなにかで応急処置をしながらそれを留めて作業をされている画像を見たんです。その頃は眼鏡屋さんもやってなかったですし、それで自分ができることを考えたんです。当たり前だけど、ネジってもっと外れにくくするべきだし、ひいては壊れにくくなければいけない。そこからグッと集中できるようになりました。そのきっかけがなければ、ずっとダラダラ考えているだけだったと思います。

中室: それに気づくのってすごく難しいですよね。メガネって形も決まってるし、すでに完成されているものじゃないですか。
中川: そうですね。200年近く前からずっとこの形ですから。