01 : INTERVIEW WITH TETSUYA MATSUDA 木型由来の新たな日常靴。

PROFILE
木型職人。高校卒業後、“日本最初の靴学校” といわれる「エスペランサ靴学院」に入学。半年足らずで中退し、2002年、靴業界大手の「神戸レザークロス」に入社。05年、木型職人として独立。20年に〈ハロゲイト〉をローンチ。
「伊勢丹新宿店メンズ館」で売れに売れた新進気鋭のブランド、それが〈ハロゲイト(HARROGATE)〉です。勝因はボーダーレスな現代のライフスタイルにぴたりと寄り添う佇まい、そして古きよきグッドイヤーウェルト製法を採りつつも3万円台に収めたプライスゾーンにあります。複数の靴のスペシャリストが結集して立ち上げたという〈ハロゲイト〉の要となるのが、木型職人の松田哲弥さんです。
ー “イセタンメンズ” のトランクショーで150足が売れたとか。記録的なセールスだそうですね。
松田:ありがたいことです。

ー 〈ハロゲイト〉とはどのようなブランドですか。
松田:大人の日常靴をコンセプトに据えたブランドです。自分はスニーカー一辺倒の世の中にやるせない思いがありました。革靴だって面白いことができるって証明したかったんです。ブランド立ち上げの背中を押したのがインドの工場でした。サンプルを一目見て、そのポテンシャルの高さに目を奪われました。イギリスの下請けだっただけある風格があったんです。
業界でキャリアを積んだデザイナーやインポーターとチームを組み、その工場でファーストモデルをつくったのは2020年。ポイントはスニーカー世代も抵抗なく履けるダイナイトソール、3万円台というプライスゾーン、それとスタイルを超越するクラシカルなデザインにあります。
ひとつひとつのスペックはどんなドレスシューズと比べても引けをとりません。底付けはグッドイヤーウェルト製法、アッパーはフレンチカーフ、中物はコルクフィリング&ウッドシャンク、ライニングはフルレザーです。
ー 〈ハロゲイト〉を語るときに外せないのが木型。平面の革を立体(=靴)にするための型であり、松田さんの専門領域ですね。
松田:あおり歩行をサポートする底面、並びに要所をホールドするコンストラクションを基本構造とします。あおり歩行とは踵の外側から着地して、小指の付け根と親指の付け根を経由し、蹴り出す体重移動をいいます。木型は量産化の歴史のなかでどんどんフラットになっていきました。〈ハロゲイト〉は時計の針を巻き戻しているんです。
足は内に振ったシルエットを描きます。このフォルムを再現しようと思えば、靴はアシンメトリーになっていきます。〈オールデン〉などアメリカの靴を想像してもらえば分かると思います。ところが〈ハロゲイト〉のフォルムはすらりとしています。なぜか。それはねじれを3次元で処理しているからです。横のみならず、縦にも設計図を展開することで、見た目のねじれが抑制されるのです。もうひとつのこだわりはデザインがもっとも映えるフォルムを形にしているところ。それぞれの特性を踏まえ、一型一型木型を削っています。


ー デザインごとに木型を用意するなんて話ははじめて聞きました。
松田:ぱっと見は分からなくても、履けばフィッティングも見栄えもこれまでの靴とは異なることが分かっていただけるようで、(イセタンメンズでの)カスタマーの反応には勇気づけられました。
ー 〈ハロゲイト〉とはどういう意味ですか。
松田:イギリスのノーク・ヨークシャーにある街の名前です。メンバーのひとりの生まれ故郷なんです。靴のモデル名はあの国の駅の名前から採っています。イギリスは紳士靴の聖地であり、そして自分が愛してやまないモッズを生んだ国。だから、ネーミングはすべてその国にあやかりました。

ー モッズがお好きなのですね。
松田:自分がこの業界に入るきっかけはモッズといって過言ではありません。50年代までのテーラーリング文化を受け継ぐ、若者のためのカルチャー。しっかりしたものづくりを担保しつつ、大衆に向けたはじめてのスタイルでした。考えてみれば、〈ハロゲイト〉はモッズ的かもしれません。
ー 改めて、キャリアについて伺わせてください。木型職人というのはあまり馴染みのない職業です。
松田:靴づくりに欠かせないパーツではありますが、表に出ることのないパーツですからね。そもそもピンの木型職人というのはほとんどいません。なぜならば木型はメーカーがつくるものだったからです。自分は後先考えずに会社を辞めて、気づいたらピンでやっていました(笑)。


ー 松田さんはなぜこの世界に足を踏み入れたのですか。
松田:ファッション好きが高じてレディースウェアのデザイナーになりたいと思っていました。服の学校に入るつもりだったんですが、高校卒業後のアルバイト先に選んだ靴屋でイアン・リードや木村大太の靴と出会ってしまった。イギリスの伝説のデザイナー、ジョン・ムーアの系譜を引く二人です。デザインされた靴、というものをはじめて見て、これは面白そうだと思いました。
ー にもかかわらず、選んだのはデザイナーでもシューメーカーでもなかった。
松田:型の大切さを知っていたからだと思います。ヒコ・みづの(ジュエリーカレッジ)に学んだ姉の影響でリングづくりが趣味だったんです。自分が削った型のよし悪しで出来上がりはまるで違ってきますからね。まずは木型を、というところでしたが、気づけばその世界にはまっていました。先ほども言いましたが、日本の木型は効率化重視でどんどん貧相になっていったんです。往年の木型から学びつつ、アップデートを重ねていく。この作業には終わりがない。楽しくて仕方がないんです。


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