簡単にわからないものを欲してる。


ー 曽我部さんが『アネット』を「どうやって観ていいのかわからなかった」と最初に思った理由として、この作品が一応ミュージカルの形式をとっていることも関係してますか?
曽我部:あれはミュージカルなのかな?(笑) ミュージカルだとしたら、ミュージカル部分が少なすぎるんじゃないかな。
ー もともと、本作はスパークスのロックオペラを映画化したということになってるんですけど。
曽我部:そもそも、自分はロックオペラがめちゃくちゃ苦手なんですよ。
ー ロック史的には名作とされている、ザ・フーの『トミー』とか『四重人格』とかも?
曽我部:『トミー』とか、結局こじつけじゃないですか。そこにストーリーの整合性とかなくて、話が飛躍してばかりで。ピート・タウンゼントの頭のなかにはちゃんとした流れはあるんだろうけど。ロックオペラって「言ったもん勝ち」みたいなところがあるから。
大下:へえ、ロックオペラって言葉自体、全然知らなかった。


ー 観客の側が物語の飛躍を補完しなくてはいけない。そういう意味では、『アネット』もそういう作品かもしれませんね。
曽我部:そうだね。ロックオペラと言われると、なんとなく腑に落ちてきました(笑) でも、ミュージカルって、結局は感動する曲がはじまって、それに感動するようなものだと思うんですよね。そういう意味で、この『アネット』はミュージカルと言えるのかなって。もともと自分は、ミュージカルはあまり好きじゃないんですよ、タモリさんと同じ。
大下:たしかに曲は全然残らないですね(笑) ただ、自分もミュージカルはあまり好きじゃないんですけど、『アネット』はミュージカルとしてもとても楽しめたんですよ。ミュージカル映画でありがちな「ここから歌うぞ」みたいな感じじゃなくて、感情のままに突然歌い出すから観ていて入り込みやすかったというか。
曽我部:なるほどね。もしかしたら、僕と大下くんの年齢の差っていうのも大きいのかもしれない。自分くらいの歳になるともう固定観念があるというか、自分が映画に求めるものというのがもう決まっていて、そこに合致しないとこうして戸惑ったりするんだけど、『アネット』のような作品はもっとまっさらな状態で観た方が入ってきやすいのかもしれない。
大下:そうかもしれません。

曽我部:今回、カラックスについて話すということで、昨日、久々に『汚れた血』をちょっとだけ観直してみたんだけど、「あー、若い頃、こういうの好きだったな」って感覚じゃまったくなくて、今でも自分にとってど真ん中なんだよね。
高校生のとき、高松の映画館で『汚れた血』を初めて観たときの衝撃、「自分もこういうふうに生きよう」「すべてはここにある」って思ったときのまま。それは、東京に出てからシネマライズで『ポンヌフの恋人』を観たときの気持ちとも違うの。俺はまだ『汚れた血』のなかにいて、でも作家(=カラックス)はそこからどんどん成長して、実生活でも子供ができたりもするんだけど、俺はまだ全然そこに行けてないという感覚。
ー でも、曽我部さんも『汚れた血』を最初に観たときから成長して、子供もつくって、長さとしては同じだけの時間を過ごしてきたわけじゃないですか。
曽我部:でも、結局何にも変わってなかったね。『汚れた血』を観た高校生の頃から。きっと、どこかで明日死んでもいいと思いながら生きてるんだろうね。だから、俺はカラックスにはずっと『汚れた血』を撮ってほしいって思うような、ダメな観客なんですよ。『ポンヌフの恋人』のときだって「あのふたりがこんな結末になるなんて」って泣きながら映画館から家に帰りましたからね(笑)。

大下:(笑)。自分はもちろん後追いですけど、10代の時に『汚れた血』を観たときは最初わからなくて、その後も何度か繰り返し観てました。
ー 好きじゃないと繰り返し観ようとは思いませんよね?
大下:はい。だから、好きだったんでしょうね。でも、20代になってからようやくわかってきたというか。それはカラックスの別の作品にも言えるんですけど、いろんな作品を観るようになって初めてわかることが、昔のカラックスの映画にはたくさんあって。そういう意味では、『アネット』はちょっと違うのかもしれない。
曽我部:うん、そう思う。「あのカラックスの最新作」って感じで構えて観ないで、オープンな状態で観ることができるひとにとって、今回の『アネット』はまったく違う響き方をするんじゃないかな。俺はわかりやすいエンターテインメント作品も大好きで、今はわりとそういう作品ばかり観てたりするんだけど、ひとって、特に若いときは、心のどこかの部分で、簡単にはわからないものを欲してると思うのね。それがアートってことだと思うんだけど。そういうものを欲してるひとにとって、新作の映画として、これ以上のものはないと思うね。
大下:心にスッと入ってくる作品じゃなくて、自分の頭の上をすごいスピードで通り抜けていくような作品って、大切だと思うんですよ。
曽我部:そうだね。それを手を伸ばして掴み取ることができるかどうかは自分次第みたいな。そういうものが、本当の意味で心の栄養になると思うんだよね。
大下:はい。自分にとってカラックスの映画はまさにそういうもので。
曽我部:だから、あの歳になっても『アネット』みたいな作品をつくりつづけているカラックスは、やっぱり自分にとってヒーローなんだよね。また本人に質問してみたいな(笑)。


曽我部:〈PHIGVEL〉シャツ ¥39,600(PROD)、〈Radiall〉Tシャツ ¥6,600(Radiall HeadShop)、〈REMI RELIEF〉スエット ¥16,280(UNITE NINE)、ユーズドのパンツ ¥4,290(HARAJUKU CHICAGO JINGUMAE)、〈パンセレラ〉ソックス ¥4,840(MASHIMO&CO.,LTD)、その他本人私物
大下:〈CHAOS FISHING CLUB〉ジャケット ¥32,780(CHAOS FISHING CLUB)、〈Radiall〉ロングスリーブTシャツ ¥14,300、ソックス ¥1,650(ともにRadiall HeadShop)、〈O-〉パンツ ¥34,100、〈bagjack〉ベルト ¥10,890(ともにOVERRIVER)