neat【意味】きちんとする、こぎれいな、行儀の良い
辞書で調べるとそんな意味が書かれている単語「neat」。それをブランド名に冠し、「Tシャツやスニーカーと合わせてもきちんと見えるパンツを」と、5年ほど前に誕生したのが西野大士さんの手がけるパンツ専業ブランド〈ニート(NEAT)〉です。
こだわり尽くしたファブリックと緻密に計算されたシルエットで仕立てられたパンツは、シーズンを重ねるごとに進化し、数多くのファッション巧者を虜にしています。そんな〈ニート〉によるオーダーサロン「ニートハウス」が9月16日(水)にオープン。
しかし、聞くところによると完全予約制、住所非公開、インスタグラムのアカウントまで承認制と、どんなスタイルにも馴染むパンツと打って変わって、なんだか敷居が高いような気がしてしまった。その真意を聞きたくて、西野さんと店長の石崎さんに直撃。
「西野さん、どうしてオーダーサロンだったんですか?」
PROFILE
「NISHINOYA」ディレクター
PR会社「NISHINOYA」を主宰する一方、パンツ専業ブランド〈ニート〉のデザイナーとしても活動する。2020年春夏シーズンからは新ブランド〈ドレス(DRESS)〉をスタート。そのほか「レショップ」の金子さん、〈ヘリル〉の大島さんとの週末の活動「WEEKEND」でも邁進中。
「NISHINOYA」オフィシャルサイト
PROFILE
西野さんの右腕的存在。「NISHINOYA」でのPR業務だけでなく、ショップスタッフでの経験を生かし、「ニートハウス」では店長としてオーダーの提案をする。
オーダーサロンだから描けた理想的なスタイル。
ー〈ニート〉を立ち上げられて5年半。お店の構想はいつ頃からあったんですか?
西野:3年くらい前ですね。でも、その当時は曖昧なもので、ゆくゆくお店がやれたらいいなくらいの感じでした。
ーショップという形態ではなく、オーダーサロンにされたのは何か意図があったんですか?
西野:一番の理由は、ブランドを始めた頃と同じように希少なファブリックを使ったパンツをお客さんに届けたいと思ったからなんですよね。昔は片手で数えられるくらいの取引先しかなかったので、多くても50本とかだったんです。だから、「20本限定で販売します」みたいなことができたんですけど、いまはそれができない。限定を謳うにしても、100本くらいは用意しないといけないんですよ。
石崎:ここ3シーズンくらいはヴィンテージのものを使えてないですよね。
西野:もうそれくらい経つよね。もちろん、取引先が増えたことは嬉しいんですけど、自分がいいと思ってる生地を届ける方法がないってジレンマがずっとあったんですよね。それをしっかりと届けるためには、オーダーサロンというスタイルが一番いいのかなと。
ーオーダーサロンは〈ニート〉のブランドイメージと近いですよね、古き良きテーラーというか。お客さんにとっても自分に合ったサイズで、しかも希少なファブリックの一本が手に入るのはきっと嬉しいことだと思います。予約制だけでなく、1日5組限定にされたのはどうしてなんですか?
西野:3組でも5組でもよかったんですけど、5組以上は絶対にできないなと思っていて。営業時間が8時間で8組制にしたら、1人1時間しかないじゃないですか。もし何かの都合で到着が遅れてしまい、あと30分ってなったら、めちゃくちゃ焦りません?(笑)そんなお店はいやだなと思って。
ーせっかくオーダーするんであれば、ゆっくりできるに越したことはないですよね。
西野:はい。それとイベントでいろんなショップに立たせてもらうことが多くなってきて、そのなかで気づきもあって。ありがたいことに、オープンと同時に来てくださる方も多かったりするんです。でも、そうするとゆっくり穿けない、試せないみたいなこともあって。しかも、遅く来たら来たで、売り切れて買えない方もいたりするんですね。早い者勝ちみたいなものはナシにして、お客さんにゆっくりしてもらいながら同じ時間や空間を共有したいと思ったのが最初なんですよね。
ーブランドをはじめてからの数年間の経験値があって、自然とオーダーサロンという形に行き着いたわけですね。「ニートハウス」をオープンするにあたって、イメージしたものはあるんですか?
西野:ぼくは〈ブルックス ブラザース〉で、石崎は〈ユナイテッドアローズ〉出身。二人ともクラシックなテイストがベースにあるので、ぼくらの描く「オーダーサロンはこういうことです」っていう空間になったと思います。“サヴィル・ロウのあのお店”みたいな具体的はイメージはなかったよね?
石崎:なかったですね。架空のテーラーハウスみたいな感じですよね。いろんなイメージが混ざり合ってできたのが、「ニートハウス」だと思います。
ー「ニートハウス」は住所も明かさず、インスタグラムも来店した人だけがチェックできる、かなりハードルが高いように感じました。それはどうしてなんですか?
西野:敷居は高いかもしれないけど、そうすれば本当に欲しいと思っている人が来てくれると思ったんですよね。
石崎:顧客さんともっと深い関係になりたかったってのもありますよね。
西野:うんうん。その想いは年々強くなっていました。ブランドやショップ経営って当然浮き沈みがあると思うんですが、苦境を乗り越えられるのは愛してくれるお客さんがどれだけいるかだと思うんですよね。地方のショップに行くと、そのことに改めて気付かされます。
石崎:ファンの方がいないと絶対に成り立たないですよね。
西野:うん、本当に。こういう考え方はやっぱりオンラインじゃ伝えきれなくて、直接話してみないといけないなと改めて思ったんですよね。「西野から買いたい」「石崎だから買いたい」みたいな風に思ってもらえることが重要だと。ブランドはただモノをつくって売るんじゃなくて、結局はヒトとヒトとの繋がり合いだと思っていて。そういう方が一人でも多くなればいいなと思ってます。
ーその強固な絆が、ショップやブランドの地盤となっていくんでしょうね。
西野:多くのお客さんにも来てほしいんですけど、まずは、「〈ニート〉のパンツを毎シーズン、オーダーするのが恒例行事」みたいな人が増えていけば嬉しいですね。
より細かくなったサイズ展開と、100を超すファブリック。
ーインラインと「ニートハウス」の一番の違いはどこですか?
石崎:サイズ展開ですね。これまでは44、46、48というサイズ展開だったんですが、ここでは45、47も加わります。いわゆるパターンオーダーというシステムですね。お客さんの体型に合ったものにするため、細かいサイズ展開にしました。
西野:細かく言うと既製品は4cmピッチなんですが、2cmピッチにしてるんですよ。「もうちょっとだけウエストを詰めたい」という場合でも1cm調節したくらいならシルエットが崩れないんですよね。できる限り〈ニート〉のデフォルトのシルエットが出るようにしたかったんです。
石崎:いままでだと、ワンサイズ上を選ぶと4cm大きくなりますもんね。
西野:そうすると結構大きい。ウエストって特に気になる部分だし。
石崎:1cm、2cmでハマるハマらないが大きく変わってきますから。
西野:あれなんなんだろうね、不思議だよね(笑)。ちょっと違うだけで履き心地やシルエットが変わる感じ。ご飯食べたあとで若干変わったりしますけど、一人ひとりのお客さんが納得いくフィッティングにしたかったんですよね。
ーファブリックについてもお伺いできたらと思います。壁一面に生地が並んでますが、何種類くらいストックしてるんですか?
石崎:100種類以上はあるんじゃないんですかね?
西野:それくらいあるよね。しかも、オープン前にさらに増えます。
ー数年前からテントクロスだったり、希少な生地を使ったパンツもリリースされてましたが、その辺の生地もずっと集められていたんですか?
西野:前のめりになって集めてたわけじゃないんですが、見つけたら買うって感じですかね。テントクロスやヴィンテージもずっとストックしてたんですが、量産でつくれるほどの長さはなかったんですよね。つくれても5本とかそのぐらいの量しか在庫がなくて。
ー量産できなかったとしても、ビビッときたら買うみたいな?
西野:ほんとそんな感じでした。ここ1年は「ニートハウス」の構想があったので、とりあえず買ってましたね。その前からも「なにかのタイミングで使えるんじゃないか」とか、絶対手元に置いておきたいっていうものは手に入れてましたね。パンツに仕立てられなかったとしても、オリジナルの生地をつくる参考になったりもするんですよね。デザイナーさんが着れないけどヴィンテージを買うのと同じような感覚かもしれないです。
石崎:こうやって見たら、結構な量ですよね。インラインの3分の1はオリジナルの生地があったりするんですが、「ニートハウス」は買い付けた生地のみで展開して住み分けしようと思ってます。
西野:オリジナルは細かい部分までつくり込めたりするので、どっちの良さもあるかなと思ってます。
ー思い入れのある一本はどれですか?
西野:やっぱりテントクロスじゃないですかね? ブランドの認知度をグッと上げてくれたアイテムでもありますし、代表的な一本だと思ってます。年配の方に聞けば、昔にもテントクロスを使ったアイテムはあったそうなんですけど、僕の中では発明だったんですよ。テントクロスの生地を発見したときに「これパンツにしたら、めっちゃカッコいいやん」って。
ーテントクロスのパンツは衝撃的でしたね。触るとモールスキンぐらい硬い生地で、「え?」ってなりました。この生地でスラックスに仕立てるってのが面白いし、西野さんらしい。
ニートとは西野大士のことである。
ー〈ニート〉は元々、西野さんが自分で欲しいパンツをつくったのがきっかけですよね?
西野:そうですね。一番最初に生地を買ったのは、服飾学校の中にある生協ですからね(笑)。余った生地が学生向けに安く売られてて、上等な生地でもかなり格安で。だけど、生地によって残りのメートルもまちまち。3日に1回は行ってましたよ(笑)。
石崎:もう服飾学生ですね(笑)。
西野:ほんとにそんな感じ。朝、生協に行ってから出社するみたいな。商品の入れ替わりが激しいから小まめに見ておかないとすぐになくなるんですよ。お昼過ぎは学生で賑わうから、授業中を狙うみたいなこともやってました(笑)。
ー自分用のパンツづくりから、ちゃんとしたブランドにするまで、どんな経緯があったんですか?
西野:自分でつくったものを穿いてたら「それいいね、おれのもつくってよ」みたいな声が徐々に増えてたんですよ。それで友達から「展示会でもやってみたら?」と言われて。それまでずっとPRをやってきていて、展示会のやり方もバイヤーさんも知らなかったんですけど、まあ欲しいって言ってくれてる人が何人かいたし、やってみるかって感じで。そのときは個人オーダーだけ。しかも生協で買った生地(笑)。
ーその展示会で「レショップ」の取り扱いが決まったんですか?
西野:いや、金子さんが来てくれたのはその次の展示会ですね。「レショップ」さんは1stシーズンから取り扱ってくれてるんですけど、実はその前があったんです。
ーシーズン ゼロみたいなことですね。
西野:そうです、そうです。そのときは個人オーダーが49本ついてて。でもこの49本をつくるのにかなり苦労したんですよ。「よし、49本つくるぞって気合いを入れて、生協に行くんですけど、生地が全然ないんですよ(笑)。ついこの間まで山積みにされてた生地がどこにもない。しかも、50近い本数をつくったこともなかったので、こんな数どうやってつくろうかと。それまではパタンナーさんに縫ってもらってたんですが、ダメ元でお願いしたらやっぱり難しくて。展示会をやったもののつくれない、ヤバイって感じでめちゃくちゃ焦りましたね(笑)。
ーそれからどうなったんですか?
西野:それからがまだ紆余曲折があって。あるとき飲んでた友達のなかに、たまたまOEM会社で働いている人がいて。そいつが「ウチでできるか聞いてみようか?」と声かけてくれて。「いけんの!?」って感じですぐに乗っかって。
ー藁にもすがる思いですよね。しかも、生地もない状態で。
西野:そうなんですよ、3ヶ月後には納品しないといけないので時間もなかったんですけど、そこが引き受けてくれて。それに色々と生地屋さんも紹介してもらって、似たような生地を探してもらってつくれたって感じなんですよ。それが〈ニート〉のはじまりですね。
ー現在、「にしのや」でのPR業務や〈ニート〉のデザイナーとしての顔以外に、金子さんや大島さんとされている〈ウィークエンド〉など、活動の幅がどんどん広がっていますよね。別のチャンネルが増え、さらにブランドが円熟味を帯びてくるなかで、変わらないのはどういったところですか?
西野:体現できているかは別として、目の前のお客さんに良いものをっていう気持ちは何年経っても、どの仕事をしていても変わらないですね。
ーそれと、西野さんにとっての〈ニート〉はどんな存在ですか?
西野:「〈ニート〉を構成する3つの要素は?」みたいなことを聞かれたときに、そのひとつとして「西野(大士)」って答えたことがあって。そのときは冗談半分だったんですけど、なぜか周りの人に「すごくわかる」って言ってもらえて。
〈ニート〉という名前を掲げてブランドをスタートしたものの、「商売しよう」なんてことは全く思ってなくて。だから、かなりザックリとしてるんですよ。ブランドを始めるんであれば、ロゴをつくって、ルックを撮って、こんなラインナップで、こういうショップのこんな人に買ってほしいみたいな。そういう戦力的なビジョンを持つはずなんでしょうけど、それを頑なにやらず、1年、2年と経ち、いまに至るんですよね。
基本的には僕がいいなと思ったものだけを形にしようというスタンス。その意識は変わらないんですが、その一方で自分が置かれている立場だったり、ブランドの見られ方によってモノづくりの仕方も変わっていて。やっぱり人間だから、その時々によって好きなものが変わったりするんですよね。去年いいと思わなかったものが、今年はすごくカッコよく見えたり。周りが思うニート像を取り入れつつ、僕自身ととも〈ニート〉も変わっていければいいかなって思います。だから〈ニート〉=西野はあながち間違いじゃなかったんだと思います。