“おいしいご飯は正義である”。たしかにそうだ。でも、世界はよいか、悪いかの二元論で語れるほど、単純な世界でもない。おいしそう、映える、コスパがいいというものさしばかりで食をみてばかりいると、そこからこぼれ落ちるものもあります。
2022年10月、フードスタイリストのKAORUさんが自費出版で『shichimi magazine』を刊行しました。この雑誌から感じるのは、食文化が持つ、豊かで複雑な世界に対する新しい眼差しとビジュアルへのこだわりです。先行販売した海外では、「MOMA PS1」をはじめ、名だたる書店で取り扱いされるなど、早くも実績を残しています。
「YOKE Gallery」で10月16日(日)まで開催中の展示にお邪魔して、KAORUさんに『shichimi magazine』への道程やコンセプチュアルな展示について話を伺いました。
食材を見つめていると見える世界。
ー『shichimi magazine』の出発点となった思いはなんですか?
料理本が好きなんですが、普通のレシピ本とはちがう、見たことがないものをつくりたかったんです。というのも、レシピを情報と捉えるのであればウェブに無数にあるから、その情報さえあればレシピ本は不要なひともいます。私は、手に取ってくれた方が「絶対にこの本は手元に置いておきたい!」って感じていただけるような、情報だけではなく視覚的にも魅力的な本をつくりたいと思っていました。
ー写真集のような食の本ですね。
この本をローンチしたニューヨークでは、取り扱っていただきたい店舗や美術館に、あらかじめ本の概要とデータを送り、その後私が実際に足を運んだのですが、実物を持っていくと「想像していたものとちがった。こんな雑誌なんだね!」って反応もありました。
ー中をみて驚いたことのひとつは、カビた食材を使ったビジュアルでした。普通、カビって食にとっては悪じゃないですか。
タイトルに“The Framing Issue”という“枠組み”という意味の言葉を使ったのは、観察することについて考えたかったから。料理のビジュアルというのは、上品だったり、美味しそう、シズル感あるね、というのがすべてのように考えられがちですが、そうじゃなくてもいいんじゃないのかな。それはすごく自分にとって大切な視点なんです。
ーそれは、ご自身の経験からくるんですか?
普段お料理している時、食材を見つめているだけでもハッとするような、日常とはちがう風景が見えるんです。それが楽しくて。たとえば、ゆで卵を茹でる時の水の波紋がきれいだな、卵にあたってこんな風に湾曲していくんだな、枯山水の砂の波紋に似ているなとか。いわば、自分の目の前の小さな世界ではあるんですが、小さくも豊かなものがそこにはある気がします。
magazineにした意味。
ーKAORUさんは、普段はフードスタイリストであり、本をつくったりするのが専業ではありませんよね。どういう進め方で、ここまでの完成度に至ったんでしょうか?
たとえば、ユニークな形をした食材ってあるじゃないですか。私は面白い形をしているピーマンをずっと見ていられます(笑)。でもその面白さをどう伝えるのがいいのかって考えると、それはファッションともすごく似ているとも感じるんです。どんなものをどんな風に見せると一番そのもの(食材)の魅力が伝わるのかって。
ーたしかにそうですね。でも伝えるには技術も必要ですよね。
これまでにzineの形式では出したことがあるんですが、雑誌の編集長という立場は初めての経験でした。こうしたい、こういうビジュアルを作りたいというイメージはあるんですが、本をつくるということに関してはまだ知らないことも沢山あるので、尊敬しているアートディレクターに相談しながら進めていきました。
ー広告業界を中心に活躍されている、鳴尾仁希さんをアートディレクターに起用されています。
印刷会社の八紘美術さんも、鳴尾さんから教えてもらいました。皮をむくレシピというページがあるんですが、食材をむいた皮が美しいなと常々思っていて、でもそれをどう紙面に落とし込めばいいのかと悩んでしまって。グラフィックの知識が私にはないので、こういうことを伝えたいんですが、どうすればいいのかという始まりのところから鳴尾さんには相談にのってもらいました。
ー一線級のフォトグラファーさんが複数参加されています。たとえば卵をテーマに、5人のフォトグラファーが撮影しています。
普段、フードを撮っていないフォトグラファーさんがやるとどうなるのかという好奇心から出発した企画です。みなさんフードを撮るときの既成概念などがない方々なのでは、と。いろいろなフォトグラファーさんにお願いしたのも含めてなんですが、今回『shichimi magazine』という“magazine”にしたのは、いろいろな視点があってほしいと考えたからです。
ー雑誌は一枚一枚裁断されているので、額装して飾ることができるというのも面白い仕組みですね。
アートギャラリーなどにいくと、帰りがけにポストカードを買うのが好きなんです。じゃあ、料理本だったらどうだろうと考えて、飾れると日常でも目に触れるからいいなと。
明確な解説のない展示ギャラリー。
ー「YOKE Gallery」の展示では、飲みかけのワインや赤い糸など紙面にも見られる素材が、実際に置かれていたりと、紙面と空間が地続きのような展示がユニークです。
ここでは、「卵」「レストラン」「レシピ」「ファッションとフード」という紙面と連動した4つのコーナーを設けています。たとえば、「レストラン」では、ビジュアル含めてレストランをにおわせるビジュアルだけど、どういうレストランかまでは限定はしていません。想像する余白を残していたいんです。
ーこの展示では、解説がないのもその“余白”ですか?
解説をつけるとここを見てくださいと決めてしまっているようで…。やはり“観察”してもらいたいんです。たとえば、毎日展示内容が変わるコーナーがありますが、(取材日の)今日はみかんを置いています。みるひとにとってとは、みかんだねで終わってしまうんですが、カットしてあるみかんも置いておくことで、みかんの断面がきれいだなと感じてもらえるかもしれない。とにかく何かをこちらで決めずに自由に観察してもらえたらいいなと。
ー卵を茹でたりする調理映像がギャラリー内で流れているんですが、なぜかずっと観ていられるんですよね。
あの映像は、瞑想効果があるんじゃないかなと思うんです。ぼーっと観てられますよね。この展示には、ああいうなんでもない時間が必要だなということで、展示初日の2、3日前に急遽動画を入れることになったんです。自宅で撮影した映像を、映像ディレクターの山田修平さんに編集していただきました。
ープロの手を借りることでできることは広がりましたか?
以前つくったzineがそうですが、これまでは自分で全部やらなきゃ気が済まなかったんですが、それだと表現の幅が広がっていかないな、と。これからの理想は、さまざまな分野のプロの方の力を借りることで、自分のアイディアをより豊かな表現で、『shichimi magazine』を見て下さる方に伝えられるようになる、ということだと思います。本も展示も様々な方にお力添えをいただいたのですが、はじめに自分で思い描いていたよりずっと素晴らしいものになっていった実感があります。
ーでも、こうしたい、ああしたいというイメージありきですよね。
そうですね。今回ジャンルを超えたさまざまな方達とこのプロジェクトをすすめて、勉強になることが沢山ありました。どんな状況でも、自分自身のビジョンをはっきり持っておくことは、『shichimi magazine』だけでなく、今後さまざまな活動をしていくなかで、より一層大切にしなければならないことだと思いました。また、もっとこういうこともしたかった!とか最後になって思いつくことも色々とあり、それはまた次回に繋げていきたいなと思っています。
Photo_Toshio Ohno
Text&Edit_Shinri Kobayashi
Framing
場所:YOKE Gallery
住所:世田谷区下馬 1-20-13 コーワビル 2F
日程:〜10月16日(日)
営業時間:12:00〜20:00
公式インスタグラム