ラグビーワールドカップが行われる今年2023年。フイナムとしてはやはりこの方々に話を聞かねばと思い、〈ノンネイティブ(nonnative)〉デザイナーの藤井隆行さんと、〈カンタベリー(canterbury)〉ブランドディレクター兼デザイナーで、ラグビー日本代表のユニフォームも手がける石塚正行さんの元を尋ねました。
ふたりが立ち上げた〈ハーフテン カンタベリー(halfTen canterbury)〉は、今年で3年目。過去2回に渡り、さまざまな角度からお話を伺ってきました。ラグビーをもっと身近に感じてもらえればと誕生したこのレーベルは、石塚さんが培ってきた土台の上に、藤井さんが柔軟にしなやかに味付けをしていく、そんな「ファッションとスポーツ」の融合。
今シーズン、どうやらそのレシピにも変革のときが訪れているようです。終始ラグビーで盛り上がるふたりの会話のなかに垣間見えた、交わす言葉の数や時間では測れない確かなナニカを紐解いていくことにします。
高まるふたりのラグビー熱。
ー フイナムで〈ハーフテン〉を取材させていただくのは今回で3回目になります。
石塚正行(以下石塚):ありがとうございます。
ー 初回がお2人の対談で、前回は藤井さんとプロラグビー選手の山中亮平さんの対談を、秩父宮ラグビー場にてセットさせていただきました。ところで今回新作の〈ハーフテン〉を拝見したのですが、ガラッと変わったような気が…。
藤井隆行(以下藤井):そう、変えたんです。
ー やはり。そのへんのお話は後ほど伺うとして、まずは目の前に代表ユニフォームがあるのでそのことから。今年はラグビーワールドカップの開催年ですが、これが今回の代表ユニフォームということですね。
石塚:はい、ちなみにこれはフォワード用です。
藤井:ポジションによって素材が違うんですよね。
石塚:フォワードはコンタクトが多いので、プロテクター的な役割を果たすための生地選びをしているんです。また、スクラムを組みやすいように肩口の生地を滑りにくい素材に変えています。一方でバックスは動きやすさを重視し、軽量性やストレッチ性に優れる素材を採用。ニッティングする工場だって違うんです。
ー 〈カンタベリー〉のオンラインサイトでは、大きいサイズの売れ行きが好調みたいですね。
藤井:服の上からウェアを着て観戦するからでしょうね。冬だとダウンの上から、なんてのも見かけますし。ファッションシーンと同じで、ビッグサイズが好まれがちな風潮もあるんだと思います。
ー ワールドカップ開催まであと約1ヶ月。街でこのユニフォームをたくさん見ることになりそうですね。
石塚:そうなってくれると嬉しいです。
藤井:〈ハーフテン〉の構想が始まったのが前回のワールドカップ後だから、なんだか感慨深いものがあります。
ー 2019年に始動して丸3年が経過しました。振り返ってみていかがでしょうか。
藤井:いろいろありましたね。そもそもコロナみたいなものが来るなんて思いもしなかったですから…。正直、このプロジェクトが止まりかけたこともあります。ただ、それでいいのかと。我々のラグビー精神が負けてしまっていいのか、と。
石塚:何度も熱い会話を重ねたのを今でも覚えています。そういえば千葉県の柏市に“ラグビー校”ができることをご存知ですか?
藤井:ついに日本にもできるんですか。
石塚:はい、イギリスのラグビー校のような施設ができるみたいです。誰かがフットボールの試合中にボールを手で持って走ったのが1823年。そこからラグビーというスポーツが誕生して、今年でちょうど200年ということになります。
藤井:日本のラグビー界も盛り上がっていきそうですね。
石塚:元々ラグビーは、教育的スポーツなんです。背が高いと有利だとか、太っていると不利だとか、足が遅いと活躍できないなんてことはなくて、全員参加。ポジションによって役割が違いますから。そういう意味では、ポジションごとにウェアのつくりが異なるというのは必然なんです。
藤井:そしてスポーツの中で唯一、ナショナリズムを掲げていないんですよね。
ー 言われてみると、チーム内にさまざまな国籍の方が所属しているイメージです。
石塚:いわゆるワンチームというものですね。国際大会でも、国籍に囚われずにチームとして闘う。とても素晴らしいことだと思います。
藤井:あらためて、9月から始まるワールドカップが楽しみです。
石塚:実は今年のワールドカップ開催に合わせて、青山にある〈カンタベリー〉の旗艦店をリニューアル予定なんです。
〈カンタベリー〉の変化と、それに呼応する〈ハーフテン〉。
ー 旗艦店リニューアルの背景には、石塚さんの考え方の変化があったのだとか。
石塚:はい。“アフターマッチファンクション”というのを知っていますか?
藤井:試合後に敵味方関係なく、パブに行ってビールを飲むアレですよね。
石塚:そうです。そういうときに選手は正装をするんですけど、ラグビーウェアの上にブレザーを羽織って盃を交わす。なんだかすごく素敵じゃないですか? ラグビージャージに襟が付いているのもそういう理由で。伝統的なスタイルを重んじてるんです。
藤井:石塚さんがそういう背景をうまく汲み取って、“紳士のスポーツ”たる要素を今季の〈カンタベリー〉に落とし込んできたな、と感じました。いわゆるアメトラというか、ビシっと背筋が伸びるような。それを受けて〈ハーフテン〉も方向転換をしたんです。
ー なるほど、そういうことだったんですね。
藤井:今までは“スポーティ”というカテゴリーに絞らないと〈ハーフテン〉として成立しなかったんです。でも石塚さんが〈カンタベリー〉を意識的にトラッドなムードに路線変更したことによって、それを軸にする〈ハーフテン〉も考え方を変えたんです。〈カンタベリー〉がビシっとしているなら、〈ハーフテン〉はそれのちょっとゆるいもの、みたいな。
石塚:お店で対比できるようになりましたよね。ぼくはさっき言ったみたいな、ブランドの持っている本質を探っていこう、と思ったんです。それに藤井さんが見事に応えてくださいました。
ー おふたりの間でどういった会話がなされたのでしょう?
藤井:あえてディスカッションしないようにしていました。デザイナーとして感じ取ることが大事だと思っていましたから。ぼくが感じたものをぼくの解釈で形にすれば、それが〈ハーフテン〉としての最適解なのではないかと。
石塚:意外でした。今まではどちらかというとテクニカルなスポーツユースを継承してやってきていたので、今回もその延長線上だと思っていました。でもぼくのなかの変化を藤井さんが敏感に感じ取ってくれて、二言目にはすぐ“それでいきましょう”となりました。
ー ビジュアルも大幅に変わりましたね。
石塚:“シティーボーイの観戦スタイル”と勝手に解釈しました。
藤井:それ、インスタグラムのハッシュタグになってましたね。
石塚:えっ、そうなんですか!? 本当に書くとは思ってなかった(笑)。
藤井:突っ込もうとも思ったんですけど、言い得て妙だなとも。自分には“ファッション”という使命が与えられているから、〈カンタベリー〉の良さをその観点で広げていくべきで、それが石塚さんに伝わっているからこそ、そのフレーズが出てきた気がします。
石塚:このビジュアル、会社内の若手メンバーに好評なんです。ファッションに興味がある若い子たちから認められるっていうのは、素直に嬉しかったですね。
ー フィットもかなり大きい感じがします。
藤井:今までの〈ハーフテン〉には無かった、“肩が落ちる”感じにしています。シャツはラグラン仕様で、なんだか新鮮な見え方じゃないですか? スポーティなんだけどボタンダウンで。
石塚:このシャツ、1時間で完売しちゃって。ぼくは買えなかったんですよ。
藤井:嬉しいですね。
石塚:このヘンリーネックTは、ループネックになってるんですよね。
藤井:〈カンタベリー〉のラガーシャツのお家芸を踏襲しました。ボタンも、脇の縫製も。
ー ほかのアイテムも1点ずつ見ていきましょう。
ー この数字は…2023年ということですか?
藤井:はい。そして〈カンタベリー〉が生まれた1904年を“04”という数字で表しています。
石塚:実は来年でブランドが120周年なんです。
藤井:複雑ではない、むしろ単純な数字を入れているのには意味があって。お店でお客さまから「これってなんですか?」って聞かれた時に、「実はこの年にブランドができて……」みたいに会話のきっかけになるかなって。
ー 藤井さんがプリントものをつくるのは意外でした。
藤井:今年がワールドカップイヤーで来年が120周年、と節目が続くんですよ。なんかいいなと思って。
ー これは石塚さんが今日着用されているTシャツの色違いですね。
藤井:バスクシャツって首元がゆるくなりがちなんですけど、伸びにくい工夫をしているんです。少し狭めにもしていますし。
石塚:身幅もかなり大きめ。〈ハーフテン〉のサイズ展開は0〜4(XXL)まであるのも魅力ですね。
藤井:前回、山中選手でも問題なく着られていましたから。
ー こちらは半袖のスエットですね。
藤井:裾のリブがしっかりしているから、タックインしなくても清潔感が出るのがいいんです。
石塚:これもオンライン上でとても人気のアイテムでした。
ー 展開色もいい感じです。
藤井:ブラック、ネイビー、オリーブ。どれも後染めで。
石塚:後染めならではの風合いがしっかりと出ていますよね。
藤井:同じく後染めのオックスフォード。洗いもかけているから、最初からこなれた感じに見えてくれます。
石塚:ボタンは〈カンタベリー〉のものですね。
ー やはりラグラン×ボタンダウンというのが新鮮ですね。
藤井:チノショーツとカーゴパンツは、どちらもワンタック仕様で太めのシルエットです。
石塚:サイズ感もそうですけど、風合いがやっぱりいいですね。
ー 価格的にも手を出しやすそうな。
藤井:シンプルで着回しに使えそうなアイテムばかり。着やすいと思いますよ。
石塚:やはり今回のアイテムは、今まででいちばん反響がありますね。
ブランドネームに込めた意味をいまいちど。
ー お話を聞いていると藤井さん自身にも変化があったように感じます。
藤井:そうですね。「ベンダー(vendor)」、今でいうと「カバーコード(coverchord)」に置いたらお客さまにどう映るのかという考えから、〈カンタベリー〉の店内でどういう見え方をするか、という考え方に変わりました。
ー 客層も全く違いますもんね。
藤井:そう。さらに言うと生産国も変えたんです。日本の工場に依頼したことも、変化を感じられるポイントのひとつなのかなと思います。
石塚:綿しか使ってないんですよね?
藤井:そうそう、そこも大きな変化。前までは逆だったんですよ。
ー 逆というと…?
藤井:スポーツメーカーとせっかく何かをするなら、ジャージをベースに料理しなければと思っていたんです。そこで最初の話と繋がるわけです。
石塚:ラグビーを実際にプレーしている十数人の選手に対してベネフィットを上げることは当たり前のこと。そこからさらにライフスタイルまで再構築していこうと。冒頭でも述べたように、ラグビーの“紳士的”や“伝統的”という本質の部分を追求していきたかったんです。
ー その心境の変化がアイテムに見事に反映されていますね。
石塚:〈ハーフテン〉というブランドネームには“異なる領域同士を繋ぐ役割”という意味合いを持たせています。
藤井:ラグビーでいう、いわゆる司令塔のポジションである“フライハーフ”を由来としていますから。試合を俯瞰でみて考える司令塔のように、〈ハーフテン〉にもそういう役割を果たしてほしいと思っています。
ー スポーツとファッションの領域を超えて、ということですね。
石塚:はい。そういう意味で、青山の〈カンタベリー〉旗艦店にも大きな意味を持たせたいんです。多面性が出てしまうとお客さまはインプットしづらいと思うので、〈カンタベリー〉とはこういうブランドだ、というのが一目で分かるお店づくりや服づくりをしなければと。当然そこには〈ハーフテン〉も並ぶし、それも含めてひとつのブランドとしての世界観を演出できるようにしたいです。
ー リニューアルオープンはいつを予定しているんですか?
石塚:8月24日、ラグビーが誕生した日です。
藤井:それはふさわしい、いい日ですね。
Photo_Yu