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COLUMN

成り上がり。

文:瀧川鯉斗

前座、二ツ目、真打ち。落語家にとって一番微妙なポジションが二ツ目かもしれません。前座時代の雑用から解放され、急にゆとりが生まれるからです。羽織袴姿は立派な一人前、でも寄席に出られる機会は限られ、噺家としてのネタ数やスキルもまだまだ。この約10年は芸を磨くための修行期間といわれています。鯉斗さんにとってもそれは同じ。あの思い出の場所で開いた勉強会には何とも意外なタイトルが付けられていました。

第五話 二つ目昇進。

身をスポンジのようにして落語家としてのしきたりを覚えた前座修行を終えて、2009年4月、晴れて僕は二ツ目昇進しました。

 

昇進を前にして、師匠に連れられて恵比寿の呉服屋「おくわや」に行きました。うちの師匠が贔屓にしているお店で、黒紋付と袴をつくるためです。そこで目にした着物の値段に驚いた…!

 

「二ツ目昇進までにお金を貯めとけよ!」と言われていたけれど、まさかこんなに高いとは思わなかった! なんと100万以上するものでした。

 

「この着物ならどこの落語会に行っても恥を欠かないし、生涯着れる!」と師匠に言われましたが、僕にはバイクより高価な買い物は初めてでした。

前座は羽織袴を身に付けて高座に上がることができません。二ツ目に昇進してから初めて身に着けて高座に上がることが許されるのです。

 

さらに、何といっても自分の手ぬぐいがつくれるんですよ! 手ぬぐいは噺家にとって名刺みたいなものですから、やっとつくれる嬉しさはひとしおでした。

 

嬉しいことに、二ツ目になると寄席で昇進の披露目をやることになります。「新宿末廣亭」「浅草演芸ホール」「池袋演芸場」「上野広小路亭」「国立演芸場」を十日間ずつまわります。この披露目が緊張するんですよ!

 

普通、二ツ目が寄席の高座に上がるは前座の後なんですけど、披露目の時はちょっと深い上がりなんですね。前座時代は、誰かの後に高座に上がることがないもんですから、身体が慣れないんですね。枕も前座の時は当然喋れませんから考えに考えた挙句、まったくウケないことを喋っていました(笑)。

 

高座の時間も、楽屋の兄さんたちが気を使って「お前の披露目なんだから長くやれ!」とか言われて20分も頂きました。初めてだらけで本当にドキドキしながらやりました(笑)。

 

「浅草演芸ホール」の披露目の時、春風亭柳太郎兄さんに「ちょっとついて来い!」と言われ、「二ツ目になったら良い雪駄を履かなきゃダメだぜ!」と仲見世のお店で雪駄を買ってもらったのも良い思い出です。もちろん今でも大事に使ってます!

   

当時、春風亭柳太郎さんに買ってもらった雪駄。

 
 

さて、二ツ目に昇進したからといって修行が終わるわけではありません。そこからは新たな修行が待っているんです。二ツ目は自分の落語会を開いたり、大きなネタを覚えて稽古をする時期なんですね。

 

寄席で二ツ目の出番は昼の部に一本、夜の部に一本の計二本しかありません。そこで例えば、知り合いのお蕎麦屋さんの座敷などで落語会を開いて、噺の修行をするようになるんですね。

 

もちろん、僕も二ツ目になってからすぐに、師匠と出会ったレストラン「赤レンガ」で月一回の落語会をやっていました。この落語会のタイトルは今でも忘れはしません。

「鯉斗で遊ぼう!」

二ツ目になって初めてのひとり会は緊張と不安でいっぱいだったのを覚えています。僕が初めて勉強会をやると聞いて、快くゲスト出演してくださった兄弟子や、仲の良い噺家仲間に今でも大変感謝してます。

この勉強会は、2009年5月から始まりました。内容は一月に二席ネタ下ろしをするというものでした。すると、一年で二十四席の落語を覚えられることになるので、持ちネタが少なかった僕には大変ありがたかったです。

前座修行が終わって楽屋に行かない代わり、落語の高座に集中するための大切な修行の場所になったのです。必死に落語を覚えては高座にかける、覚えては高座にかけるの日々を繰り返しました。

この頃は落語のテクニックなど当然なく、ただひたすら落語のストーリーを覚えるという作業に没頭しました。今は落語のテクニックを覚えるのではなく、どうゆう噺があるのかを知る時期だと思って、ただひたすら落語を覚えていました。

そして、落語との本当の付き合いが始まったのです。

二ツ目時代の瀧川鯉斗さん。

 

PROFILE

瀧川鯉斗
落語家

落語芸術協会所属。1984年名古屋生まれ。高校時代からバイクに傾倒し、17歳で地元の暴走族の総長に。2002年に上京。新宿の飲食店でアルバイトをしている時、師匠・瀧川鯉昇の独演会を観たことをきっかけに弟子入り。05年に前座、09年に二ツ目に昇進し、2019年5月、真打に。

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