第四十六回スマートじゃない時計
いろんなことに鈍感であるが、音もそのひとつである。外がうるさくて寝られないとか、音楽が耳について集中できないとか、そういうこともあまりない。
小さい頃住んでいた家が幹線道路脇に建っていたということも影響しているのか、あるいは若い頃、電車のガード下のアパートを借りていたというのも、感覚をさらに減退させたひとつの要因か。クラブのスピーカー前で鼓膜ビリビリしながら会話するというのも80年代頃にはよくあった光景。あ、これは耳がすこし遠くなっている理由か。
会社ではラジオを聴いたり、音楽を流して仕事をしているが、編集Hくんはそういうのがイヤだそうで、すぐにボリュームを絞る。いやいやいやとこちらは音量を上げる。トイレとか行って戻ると音量は下がっている。
知人の会社などはクラブかくらいの音量で音楽をかけて作業しているところもある。そっちの方がモチベーションが上がるらしい。さすがにそれは勘弁だけど、やはりシーンとしているところより、それなりのノイズがあるほうが落ち着く。
読書するときも無音より音楽をかけたほうが集中できる。無音の方が集中力が高まるなんて調査もあるらしいが、これは自分にはあてはまらない。
そんな鋭敏とはいえない感覚の男でもイヤな音がある。時計のチクタク音だ。なぜか若い頃からこれが苦手である。
夜中に目が覚めて、寝ようとしてもこの音が気になって眠りに戻れない夜もあった。どうしても夢の世界に戻れないときは電池を抜いたりしたものである。
だいたいにおいてデザインのいい目覚まし時計のほとんどが、このチクタク式なのであった。見た目で選んで機能で失敗する。これまで目覚まし時計で満足したことはない。
朝方の生活になり目覚まし時計が不要になって何年も経つ。目覚まし時計が必要なときはいまはスマホを使う。だから家にはもはや時計がない。
家の中で時刻を知るにはラジオの前面に表示されているデジタル表示を見ればいい。そういう生活をずいぶん長く続けている。
しかしこの数年、加齢のせいで近視が進んでブルーのデジタル文字が、ぼやけて見えるようになった。少なくともソファの位置からは時間がわからない。家にいるときは腕時計をしていないし、スマホも常に近くにあるわけではない。そんなときはよいしょとソファから起き上がり、ラジオの前まで歩いて行って時間を確認するのである。
これが結構億劫で、時間の配分を間違えたり、寝る時間を間違えたりする。
あるとき、ふと掛け時計を買えばこの問題が解決できると気づいた。それから長い時計探しの旅が始まる。といってもそんなに熱心ではなかったけど。
たまにインテリアショップや雑貨屋さんなどに行ったときに物色する程度。デザインと大きさのバランス、そして例の音という三拍子自分に合うものがなかなかない。
そして何年も経ったある日、代官山の八幡通りを歩いていたら新しい雑貨屋さんができていた。ちょうどここを運営しているのがサザビーリーグで、数日前にその役員と会ったばかり。
もうおわかりでしょうが、そこで見つけたのがこの時計。電池式で他の〈ブラウン〉は音がするのに、これだけは無音。デザインもすっきりしていいし、何より軽い。画鋲で壁にかけられる軽さ(自分比なので、個人責任で)。
使ってみて時計はやはりアナログ表示のほうがいいという発見もあった。目から脳に伝わる速さがこっちのほうが早い(これも自分比)。
ちなみにこのショップ、いわゆるギフトショップ。値段といい使い勝手といい、これちょっとしたプレゼントに最適だなと。
こういうサイズ、デザインでスマートスピーカーの機能が付いてればいいのに。amazonもgoogleも、なんでも液晶付ければいいってものではないのだよ。

¥5,500+TAX
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久展示所蔵品となった「ABW30」を忠実に再現した〈ブラウン〉のウォールクロック。立体型の文字盤が光の反射を抑えることで、どの方面から見ても美しいフォルムを保つ。静音設計もこのプロダクトの大きな特徴である。
PROFILE

マガジンハウス・ポパイのフリー編集者を経て、スタイリストらのマネージメントを行う傍ら、編集/制作を行うプロダクション会社を立ち上げる。2006年、株式会社ライノに社名変更。
アイ・ネクストジーイー
電話:03-5496-4317