演技は現場ごとに学んできた。
ー昔の話になりますが、ナン・ゴールディンに街中でスカウトされてモデルをされたのが、この世界に入るきっかけですよね。最初から俳優を目指していたんですか?
Shibukawa: いや、元々はバンドをやりたくて上京してきたんだよね。とにかく手段は何でもよくて、ずっとドラムをやってたから専門学校に行って。当時、ナン・ゴールディンとアラーキー(荒木経惟)が一緒に「東京の若い子を撮る」っていう企画をやってて、モデルを探してたんだよ。バイトに行く途中だった俺がそこで偶然声をかけられたのが最初。
ーそこから俳優へ、というのはどういう経緯で。
Shibukawa: それも結果というか、流れみたいなもんで。高円寺のライブハウスで受付をやってた友達が、たまたま大手事務所に入社したんだよね。そいつが「ちょっとうち来てみない?」って声をかけてくれて。それで事務所に入って、モデルをやりつつ俳優のオーディションにも行くようになったっていう流れだね。
ー俳優になるきっかけとなった豊田利晃監督との出会いも、その流れの中にあったんですね。
Shibukawa: 豊田監督の『ポルノスター』のオーディションだね。その時、豊田さんが自分の家にナン・ゴールディンのポストカードを貼ってたらしくて。その被写体が俺だったのかな。「あ、こいつ見たことあるな」って。そこから使ってもらって、いままでずっと。
ーご自身から積極的にというより、流れに身を任せて俳優になったという印象です。
Shibukawa: 元々「表に出たい」っていう気持ちはあったんだよね。それがバンドだろうが俳優だろうが。それに映画も好きだった。と言っても、ロカビリーバンドをやってたから、アメリカの50,60年代を舞台にしているような映画ばっかり観てたんだけど、ジェームス・ディーンとかマット・ディロンが好きで、ああいう世界観には惹かれてたね。俳優の勉強なんて一回もしたことないからね。
ー渋川さんは俳優の勉強を、あえてされないのかなって。
Shibukawa: あえてではないよ。ずっと現場、現場でやってる感じだから。でも、絶対に勉強はやったほうがいいなと思うよ。上手さが全然違うから。わかりやすく言えば演劇だよね。毎日稽古して舞台に立つ。あれはやっぱり「演技」をしているし、芝居は「技術」だと思うから。俺はその技術をやってこなかった。自分から劇団に飛び込もうっていう感じでもなかったし、現場ですこしずつ勉強しながらやってきた感じだね。
ーそれでも演劇ではなく、映画の現場に惹かれつづけるのはなぜでしょう。
Shibukawa: 現場が好きだし、やっぱり映画監督っていうひとたちがおもしろいんだよね。いちばん個性があるというか。あとは単純に映画ってかっこいいじゃん。ファッションとか、自分も影響されて真似したりしたしね。