効率よりも履くひとの気持ちを優先させたい。
ーおふたりは〈ムーンスター〉に対して、どんな印象をお持ちですか?
江部: やっぱり久留米ですよね。前に所属していた編集部で取材をさせてもらったことがあって。ものすごくていねいなものづくりをされていて、日本っぽいなぁって思った印象があります。
梶: ぼくは「月星の交差点」かな、やっぱり。10代とか20代のときに、意味もわからずにそこで待ち合わせしてた。
江部: 外苑西通りですよね。
ーどうして「月星の交差点」っていうようになったんですかね?
山田: もともとあそこに〈ムーンスター〉の自社ビルがあって、屋上に看板があったんですよ。それがランドマークみたいになっていて。
梶: へぇ~! そうだったんだ。
ー〈ムーンスター〉はもともと、足袋をつくっていたんですよね。
山田: 座敷足袋の製造を契機に1873年(明治6年)に福岡県久留米市で創業しました。そこから1920年にアメリカのキャンバスシューズの存在を知り、日本で初めて足袋にゴム底を貼り付けた地下足袋の研究・開発がはじまりました。これが〈ムーンスター〉のヴァルカナイズ製法のはじまりです。そこから久留米の工場が生まれ、ヴァルカナイズ製法のスニーカーも生産するようになりました。久留米は“ゴムの街”と言われるほど、ゴムの開発も盛んなんですよ。だから今でも他のシューズメーカーさんも工場を構えていたり、タイヤもつくっていたりして。
ー開発が盛んなんですね。
山田: 〈ムーンスター〉と同時期に他の久留米のシューズメーカーでも地下足袋の製造がはじまり、切磋琢磨しながらゴム産業を盛り上げていきました。座敷足袋に加え地下足袋は農業や炭鉱業などで特に活躍し、久留米から全国的に需要も伸びていたそうなんです。
近代になるとヴァルカナイズ製法のスニーカーの生産に各社取り掛かるんですが、品質の管理が難しくて、現在は〈ムーンスター〉を含めて3~4社ほどしか国内の工場は稼働していない状態ですね。
ー日本製のスニーカーって、どんなところが優れているんですか?
山田: ヴァルカナイズ製法は硫黄と天然ゴムと合成ゴムを配合した生ゴムをアッパーにゴム糊で貼り付け、専用の窯にいれ、熱と圧力を加えながら化学反応させることでることで弾性のあるゴムに変化させる製法。
〈ムーンスター〉のヴァルカナイズ製法に限っていえば、100年近い歴史があるので、ノウハウが蓄積されているんです。たとえばカカトにあるカウンターと呼ばれるパーツは一般的にはプラスチックのように硬い物が多いのですが、それだと割れてしまうケースも多いんです。でも我々は柔らかなラバーを開発して復元性を高めています。
あとはクッションですね。ここもラバーを発泡させたものを使用していて、何日履いてもへたらないし、加水分解もしづらいんですよ。
江部: ちょっとしたことなんだけど、全然違うわけですよね。
ラバーの原料となる天然ゴム。これを加工して、シューズのさまざまな部位に使用する。
山田: そうですね。〈ムーンスター〉は、ユーザー目線に立ってゴムの配合を研究開発しているんです。そこに差がでるのかなと。アウトソールも耐摩耗性に強いラバーを採用することで、長期間履けるものにしていたりとか。
ー適材適所で素材の配合を変え、使い分けているわけですよね。それを扱う工場の職人の方々にも、なにか特徴はあるんですか?
山田さんが手にしているのが、生ゴムのフォクシングテープ。これをシューズの側面に手で貼り付ける。不安定なため、繊細な力加減が必要。
山田: アッパーにヴァルカナイズする前のゴム(生ゴム)を職人が一枚ずつ貼り付けていく工程から〈ムーンスター〉では“手貼り製法”とも言っています。生ゴムはチューインガムのように、一度伸びるとそのまま形が崩れてしまうほどとても不安定で繊細な素材なんです。一見わからない汚れや傷が不規則に発生します。なので要所で確認しながら微妙な力加減で貼るには職人の技術と経験がとても重要なんです。実際、ぼく自身が同じ作業をしても、傷を見つけたり左右でまったく同じ表情に仕上げることはできないんです。
梶: その難しい作業を職人さんがやられているわけですね。
山田: そうですね。貼る工程もですが、その前段階のパーツも手間をかけながらひとつずつ裁断しています。いろんな繊細な作業が必要で、それを我々の工場でやっているんです。そうした手作業が品質の担保につながるのかなと。
江部: 一般的なヴァルカナイズ製法では、そこまでやらないんですか?
山田: いまは機械化されているところも多いんですよ。例えばアッパーをラストに吊り込む作業も、海外生産のものはおそらく機械が主流です。でも〈ムーンスター〉の場合は、むかしながらの製法を守って、手で作業をしています。そうすることで、フィット感をコントロールしやすい。ただ、コストやスピードの合理性を求めて機械化する工場も多いんです。
裁断されたパーツはていねいに縫製される。ひとの足に合う立体的な靴をつくるには、職人の技術が必要。そこからラストに吊り込んで、ソールやフォクシングテープを貼り付けていく。
ー機械化する中で失われるものもあるわけですよね。
山田: そうなんです。だけど我々は、効率よりも履くひとの気持ちを優先させたい。
江部: その誠実さというか、愚直さが日本で美徳とされる価値観と共鳴しますね。
山田: もちろんすべてが手作業ではなくて、機械でやったほうが品質が上がるパートは機械に頼ります。今でも工場内には、「履く身になってつくりましょう」という標語が飾られていて、そうした精神は脈々と受け継がれているんです。