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ワールドハイカーの物語。
a state of mind in New York

ワールドハイカーの物語。

かつてジェイ・Zとアリシアがそう歌った通り、この街ではきっと多くの人たちの夢がかない、あるいは散っていった。少年時代にイーストコーストのヒップホップに強く影響された大橋高歩にとっても、ここは特別な場所。多くの思い出がここで生まれ、予想もしない出会いや驚きをいくつも経験してきた。初めてここへやって来たときと同じく、ティンバーランドのブーツを履いた彼は、そんな思い入れの深い街で自身の半生を振り返る。生まれ育った東京から海の向こうの文化に焦がれた彼は、いま、NYの街で何を思うのか。

  • Photo_Sue Kwon
  • Text & Edit_Rui Konno
  • Cooperation_Shimpei Nakagawa

ヒップホップが教えてくれたこと

「恥ずかしいからあまり言えないんですけど、たぶん、生きている中でのマイルールは人より多いと思います。特に、絶対にしないようにしていることがたくさんある。一番は、みっともないことをしたくない。それが世間なのか、お天道様なのか、何に対してかはわかりません。でも、誰かに見られてるという感覚がある。一番はたぶん、自分にですね」。

だから、彼は人を大事にする。家族や友達、仲間はもちろん、街で出会う人々においてもそれは例外じゃない。自分を取り巻くものに敬意を払い、尊重することを彼に教えてくれたのもまた、ヒップホップという音楽だった。

「自分はナズがすごく好きなんです。ナズって自分のことよりもヒップホップのことが好きなんだと、大事なんだと思うんですよ。自分よりもヒップホップが先に来ている気がする。ブートキャンプ・クリックで言えば、一番好きなのはスミフン(・ウェッスン)のテック。それがなんでだろうと考えたときに、ブーキャンには“for my clique”みたいに自分たちのクルーのために、という考え方があると思うんですけど、そこへの忠誠心というかロイヤルティが一番強いのがテックだという気がしたんです。自分はそういう敬虔な信者みたいな人、信心深い人が好きで。それって宗教に限ったことではなくて、文化に対してもそういう感覚を持っている人が好きだし、自分もそうありたいです」。

自分自身は大きな流れの一部であって、自らを支えてくれたものに対して、何を還元できるのか。大橋の行動原理には、そんな価値観が強くにじんでいるし、その対象の最たるところがヒップホップという文化なのだ。それまではただクラブで踊るための音楽だと思っていた彼が、その別の側面に気づいたのは、中学校でナズの『イルマティック』に出会ったときだと言う。なぜ、彼はそれほどこの文化に傾倒したのだろうか。理由は、彼の生い立ちにあった。

「例えば、自分が物心ついたときに住んでいた家にはお風呂がなかったんです。風呂なしのアパートからその後団地に引っ越すんですけど、それも入居に所得制限があるような、家賃が3万円とかそこらの都営住宅で。結露がひどくて壁がボロボロ崩れるような家で、車もないしファミコンもないしで、小学生の身にそれが恥ずかしくて、家には友達を呼べませんでした」。

自転車が欲しくても買ってはもらえず、近所のお姉さんが成長して小さくなったからと譲り受けたピンク色の自転車を、父親はペンキで水色に塗り替えて彼に与えた。乗っているうちに塗装ははがれ、むきだしになったピンク色を年上の少年たちは「あいつ、女ものの自転車に乗ってるぜ」と笑った。自分の家が貧しいことに気づくには、十分すぎた。

「中学生になって、好きな女の子ができるようになったりしてもそれがコンプレックスで、ずっと恥ずかしかったんです。でも、そんなときに『イルマティック』に出会うんですけど、そのインナースリーブを見たら、ナズのフッドのやつらが団地にバーっと並んでるんですよ。あれ…? これってもしかして、団地に住んでるやつらがこういうことをやってるから格好いいんじゃないか…? みたいに感じて、初めてヒップホップの世界観に触れました。こういう団地もNYなんだ…。この価値観の中にいたら、俺が嫌だったいろんなことも恥ずかしくないかもしれないな…って」。

そして今日まで、彼はヒップホップという考え方に、価値観に救われて、生かされてきた。分不相応な贅沢をすることでも、暴力や危険を肯定することでもなく、大橋にとってのヒップホップというのは、ただそうやって真っ当に生きていく上での指標になりうるものだった。

「20代の頃とかは、確かに何者かになりたいっていうような気持ちもありました。でも、それは有名になりたいとか、お金持ちになりたいとかっていうことじゃなくて、どこかに自分の居場所が欲しかっただけなんだと思うんです。そういう意味では、30歳で自分に“洋服屋”っていう肩書きが付いた時点で自分としては完成形で、その先に何があるかは考えてもみませんでした。それがいい流れを生んでくれたのかもしれません」。

功名心や野心とは距離を置いて、出会う人々やチャンスとただ向き合うこと。大橋と仲間たちがそんな姿勢を崩さなかったからこそ、いまのジ・アパートメントの無二の個性と立ち位置は確立された。

「僕らが20代の頃、ヒップホップシーンの端っこで遊んでいるときって、月一回のイベントをやってみんなで集まって、ライブやDJを観たりしながらお酒を飲んでベロベロになって始発で帰るみたいな、そんなことばかりでした。自分にとってはそれだけで良かったんです。だけど、トラブルが起きたり、いなくなってしまうやつもいたりして、ずっとこのままじゃ続かないんだなと思ったんです。本当はその時間があるだけでいいはずなのに、そういう仲間との時間を維持するためにどうにかしなきゃ…と思ってしまってる自分もずっといて…。そのためにも上がっていかなきゃいけないと思ってたんでしょうね」。

世界的な影響力を手にして注目を浴びるようになり、順風満帆でしかないはずの大橋の表情には、どこか影が差す。自分の想像をはるかに超える成功を収めながら、「どこかでこんなはずじゃなかったのにな、みたいな気持ちもあって」と戸惑い気味に彼はつぶやく。彼にとってのゴールは、一緒にお店を切り盛りする仲間たちと、店の軒先で安い弁当を食べていたあの時間だった。

「スーとの撮影が終わったとき、『あなたはNYのレジェンドで、ヒップホップのレジェンドで、自分にとってはあなたに写真を撮ってもらうなんて夢みたいな時間でした』と、下手くそな英語で伝えたんです。でも、それはいつかかなえたい夢だったわけじゃなく、どこか現実味のない白昼夢のようなものでした。僕らがティンバーランドとコラボレーションをさせてもらうことだってそう。本当に嬉しいけど、まさかそんなことが起きるなんて思いもしなかったから達成感があったというわけでもなくて。自分にとっての幸せは、自分が大事だと思える人たちとリレーションシップが取れていて、その輪の中に自分もいること。狭いところでは家族や友達、大きい意味では社会ですよね。そこで自分が彼らのために何かができるなら、十分幸せだなと思うんです」。

彼の姿勢や幸福観と、身につけるものはあの頃のまま。ただ、取り巻く環境だけが変わっていった。それでも彼は顔を上げ、前を向いてまた下ろしたてのブーツに足を入れる。そこに行き交う人の数だけきっとある、悲喜こもごものストーリー。それを飲み込んで、NYの日常は今日もいつも通りに過ぎてゆく。このタフな街から学んだものと、ここで生まれた人の縁。それが大橋高歩と彼が大事にする人たちの等身大の幸せを見守ってくれることを、ただただ願わずにはいられない。

PROFILE

大橋高歩

1979年生まれ、東京都板橋区出身。2009年に吉祥寺でセレクトショップ「ジ アパートメント(the Apartment)」を開き、自身が感化されたニューヨークのカルチャーやその熱量を世に伝えている。
Instagram:@theapartment_tokyo

INFORMATION

ティンバーランド/VF ジャパン

電話:0120-953-844
オフィシャルサイト

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