「やっちゃいけないこと」だから続けられた。
ー 1年に363日もゲームセンターに通ったのは、純粋にゲームがしたいと思ったから? それとも自分にそういうタスクを課したような感じでしょうか?

梅原:うーん、なんだったんですかね。別に毎日行こうと決めていたわけでもないんですよ。台風の日とかはゲームセンターに行っても人がいないし。いないのに何で行ってたのかな(笑)。
ー 毎日ゲームをしないと腕が落ちるとか?
梅原:自分の格闘ゲームの実力が何によって保たれてるかというと、やっぱりほかの人がやっていないときにやっているからだと思っていた部分はありました。だから、1日でも行かなくなると魔法が解けちゃうみたいな感覚があったのかもしれないですね。と同時に、そういうムダなこと、いつかはやめなきゃいけないことをムキになって毎日やっている自分がちょっと誇らしくもありました。
ー 363日、8年間にわたってなにか一つのことを続けるって、並大抵のことではありませんね。
梅原:最近気付いたんですけど、「やっちゃいけないこと」だからできたんですよね。僕は昔から、学校の先生や親の言うことを全然聞かない子供だったんですよ。例えば「これをやっておけば将来役に立つ」みたいなことを言われても、「役に立つからなんなの?」「そんなんで人生うまくいっても面白くないじゃん」とか思ってしまう性格で。むしろ逆に「そんなことやってても将来なんの役にも立たないぞ」と言われることが逆にモチベーションになる人間なのかなって、この歳になってようやく自覚したんです(笑)。
ー それでも、一度は将来のことを考えてゲームをやめてしまったと。
梅原:はい。ゲームをやめて、生計を立てる手段として麻雀を始めたんです。その時点で僕は社会で通用するような学歴も職歴もなかったので真っ当な職に就けないと思ったんです。あと、年齢的にまだギリギリなにかにチャレンジできるんじゃないかと思って、勝負の世界だったら向いているかもしれないと。で、3年ぐらいかけて一応自分が思い描いていたぐらいには勝てるようになったんですけど、それ以上は続けられなかったんですね。

ー どうしてでしょう?
梅原:麻雀には、敗者がいるんですよ。もちろんゲームにも勝ち負けはあるんですけど、ゲームセンターの場合だと対戦相手は筐体の向こう側にいるので、相手の様子は見えないんですよね。大会にしても一人の勝者以外は全員が敗者なので、そんなに敗者に気を遣う必要がない。でも麻雀は、例えば負けが込んできた人の態度がだんだん悪くなっていったりするのが直に見えてしまうんです。
ー 雀卓を囲んで向かい合わないといけないわけですからね。
梅原:それが耐えられなくて。世の中には常に競争があって、誰もがどこかで誰かを負かしてるんですけど、負けてる人を見なくても済んでいるんですよね。そういう意味では麻雀は特殊で、負けてる人を直視しなければいけない。僕自身は、負けてるときは「次は勝つ」という気持ちでいたから平気だったんですけど、いざ勝つ側に回ったときに、負けてる人を見ながら生きていく生活は自分にはできないなと。それで麻雀をやめて今度は介護の仕事に就くんですけど、最後には……。
ー ゲームの世界へ戻ってくると。
梅原:27か28歳ぐらいのとき、友達から「『ストII』シリーズの新作が10年ぶりに出るからやりにいこう」と誘われたんです。でも僕としては、そのときは介護の仕事に集中していたし、それによって自分はようやく社会に溶け込めているという実感を得られていたんですよ。言い方を換えれば、体からゲームの中毒症状みたいなものが抜けてきたタイミングだったので「これは社会復帰できる最後のチャンスだ」と思って、新作が出るからといってやる気はなかったんですね。ところがその友達があんまりしつこく誘ってくるから「1回だけ」と決めてゲームセンターに行ったら、めちゃくちゃ勝てたんです。勝てたし、面白かったんですよ。
ー おお。
梅原:ゲームから足を洗ってから、麻雀は2年半から3年ぐらいの修行期間があって、介護の仕事も、やりがいは感じていたけれど初心者だからミスばっかりしていて。要するに、ゲームから離れていた3年から4年ぐらいの間は、自分はダメ人間であるということを思い知らされながら生きてきたんです。そこで久しぶりにゲームをやってみたら、ブランクもあるし気持ちも入ってないのに、勝てちゃうんですよね。そこでようやく「自分には一つだけ、一つだけだけど特別なことがあったんだ」と気付いちゃって、やっぱりこの特技をなかったことにはしたくないなと。さっきも言ったように僕は「とことんやる」か「まったくやらない」という性格で、つまり100か0かで考えていたんですけど、40か50ぐらいの感覚で趣味としてゲームをやってもいいんじゃないかって初めて思えたんです。