作品の時代や世界観にリアリティを与える役割。

長岡:自分がギタリストとして認識されていることもあるし、ギターを使った音楽を作るために選んでいただいたのかな? と思っていたらそうじゃなくて。監督の話を聞いてみると『スパイの妻』の舞台背景になっている1940年代の音楽には、エレクトリックギターを使ったものが殆どないから、ということでギターは使わない方向になったんです。
曽我部:なるほど。楽器も時代に合わせていたんですね。
長岡:監督の音のイメージが弦楽器や管楽器を使った、映画音楽としてはスタンダードなイメージだったので、そういう編成でやってみようと。未経験でしたけど。
曽我部:ギターを使っていないのは意外。もっとアブストラクトなギターのサウンドかと思ったら、ピアノや弦楽器を使っていて、かなり作り込んでいましたね。

ー 曽我部さんが手がけた映画『劇場』は、アコースティックギターがメインでしたね。
曽我部:最初からアコギの指定があったんですよ。ひと昔前の4畳半に住んでいるような、貧しいカップルの話だから、アコギくらいしか持っていないだろうっていう設定で。音楽をゴージャスにしなくていいし、上等な音楽じゃなくていいから、部屋で寝転んで素朴にアコギを弾いているようなテイストにしてもらいたい、と言われました。
長岡:『劇場』も作品の世界観が音楽に反映されているんですね。
曽我部:かっこいい音楽を作ってみると、かっこよすぎるからNGでした。まだ成長段階だから未熟なほうがよかったみたい。
ー 人物の心境を描いたんですね。
曽我部:逆に、主人公のライバルみたいな、かっこいい劇団が登場するシーンがあるんですけど、そこはいい音楽にしました。
長岡:対比ですね。
曽我部:そうそう。主人公が憧れているイメージを音楽にしました。話を盛り上げるというより、主人公の心境を色付ける感じ。


ー 『スパイの妻』も、人物の心境に寄り添った音楽のほうにウエイトを置きましたか?
長岡:この作品には、戦時中の不穏な空気や未知数の恐怖があります。そういう空気感とその中で生きる主人公の心のなかを描ければな、と思いました。
曽我部:緊張感がよかった。不穏って言いましたけど、ゾワゾワとするものがずっとあって。これからなにが起きるんだろうって、目を離せなかった。
長岡:ありがとうございます。オーセンティックな耳触りでありつつも、印象的になるように心がけました。録音時の楽器編成も極力少なくして、楽器の音色の生々しさを強調することによって緊張感を出そうとしたんです。
曽我部:それが大げさじゃないからいいですよね。

長岡:監督に初めて会ったときの印象がそうだったんですよ。勝手にですけど、余計なものはいらないという雰囲気を感じたので。あと、少しいびつな音のイメージにしました。楽曲のようなものではなく、その場面の空気が音になったような。
曽我部:このストーリーだと、めちゃくちゃ豪華なオーケストラでも合うと思うんですよ。でも、そうじゃない音楽だから、心に残っているんだと思う。
時代背景としては、例えば、『カサブランカ』とか『風と共に去りぬ』みたいな映画の音楽も合うじゃないですか。でも、『スパイの妻』は、ミニマルでメロディを抑えた素朴な音楽が狙いどおりの暗さになっていて。最後のシーンは、戦争映画らしい空気感で、バッドエンドでもあるしハッピーエンドでもある。
長岡:すごいバランスでしたよね。
曽我部:そう。そこの音楽がうまくはまっていて本当によかった。
長岡:褒めすぎです(笑)。