FEATURE
ごちそうさまに生きる人。  カタネベーカリー 片根大輔
ごちそうさまに生きる人。

ごちそうさまに生きる人。
カタネベーカリー 片根大輔

世界でも有数の食の国、日本。人びとの関心は常に高く、新しいお店が続々と誕生しています。では、どんなひとたちがいまのフード業界を支えているのか? そのなかでもフイナムではスタイルをもったひとたちに注目しました。今回は、代々木上原「カタネベーカリー」の片根大輔さん。「カタネベーカリー」は、パン好きの間で“一度は行きたいお店”と評判で、行列の絶えない名店です。しかも、カフェやビストロ、餃子屋など人気店が集まる注目のエリア。一見、華やかなイメージですが、実は片根さん自身が18年間朴訥と続けているのは、近所の人々に向けて“日々の糧になる、毎日食べても飽きない味のパン”をつくること。パンを介して人びとの“日常”を支えている片根さんに、お話を聴きました。

  • Illustration_Michiko Otsuka
  • Text_Ayano Yoshida
  • Edit_Yuri Sudo

PROFILE

片根大輔(かたね・だいすけ)
「カタネベーカリー」オーナーシェフ

1974年、茨城県生まれ。22歳のときにパン職人を志し、フランス系のパンの名門「ドンク」に就職。パンづくりの基礎を覚え、チーフ、店長を務めた後、独立。2002年11月、代々木上原の住宅街に「カタネベーカリー」をオープン。07年にはベーカリーの地下でカフェもスタート。近年はナチュラルワインの提供にも熱中している。

ギタリストからパン職人へ

10代半ばからパンクロックに明け暮れて、高校を途中で辞めて音楽活動に没頭していました。担当はギター。でも、22歳の時に結婚して、違う仕事をしようと思ったんです。そうしたら、妻とその友人から「大輔くん、早起きが得意だからパン屋になったらいいんじゃない」って言われて。もしかしたら記憶が間違っているかもしれないけど、パン屋になったきっかけはその程度でした。

「ドンク」に就職して、パンづくりの基礎を教わりました。そこまで深く考えないでパン屋になったけど、やると決めたからには真摯に打ち込みました。

余談だけど、毎年夏に家族でフランスに1カ月くらい滞在して、車で移動しながらいくつもの地域をめぐっているんです。たまにパン職人さんにも会うんだけど、僕もパンづくりをしているって言うと、彼らが「Pain français? Pain japonais? (フランスのパンか、それとも日本のパン)」って聞いてくれるから、僕が「自分のベーカリーではバゲットなど、フランスのパンをつくっているよ」と答えると、すごく喜ばれるんですよね。彼らの言う「Pain japonais(日本のパン)」が、あんぱんなのか、何を指しているのか、ちょっと定義はよくわからないけど。言っている彼ら自身も、そんなに深く考えてないんじゃないかな(笑)

目標は28歳で独立、西原で見つけた理想の物件

ドンクに就職したときから、28歳で独立する、と決めていました。僕がやりたかったのは、「毎日そこにあってくれたらうれしい、日常のパン」を売るお店。立地は、住み馴れていたこともあり、代々木上原がいいと最初から思っていました。

物件との出会いは、偶然でしたね。近所を歩いていたら、空き地を見つけたんです。代々木上原駅からも幡ヶ谷駅からも歩いて10分くらいの位置で、住宅街のどまんなか。今でこそ代々木上原、西原界隈は飲食店が密集する人気エリアになっているけど、2002年頃はこの通りにはお店はほとんど何もありませんでした。あるのは、何十年もそこに住んでいる人の家や、ファミリー層向けのマンションなど。地域に密着した、食卓に寄り添うパンを売りたいと思っていたから、まさにそこは理想の場所でした。

「カタネベーカリー」をオープンしたばかりの頃は、近所の人にもそれほど知られていませんでしたね。最初の数年は、近所の人が買い物のついでに立ち寄る程度の地味なお店だった。ガラス張りにして工房や売り場が外から見えるようにはしているけど、建物自体は真っ白い壁で特に大きな看板も出していないし、ベーカリーの上の部分は僕たち家族が実際に住んでいる家なので、パン屋ってわかりにくかったのもあると思います。でも、敢えてそうしていた部分があって。人々の生活のなかに溶け込みたい、という思いをそのまま店の設えにも反映させていたんです。

安心安全な食品を、まっとうな価格で売る

開店当初から、限りなく自然に近い素材を使って、日常的に買える適正な価格でパンを売ることをモットーにしています。現在では100%国産小麦を使い、その他の素材もなるべくオーガニックのものにしています。フィリング(中に詰めるもの)はすべて自家製です。でも、それをわざわざプライスカードに書いたりしないし、お客様にアピールすることもない。なぜなら、自然に近い素材の、安心安全な食品を食べることは当然のことだと思っているからです。

価格も、クロワッサンやクイニーアマン、スコーン、イングリッシュマフィンなどを含め、ほとんどの商品が100〜200円台。食パンは4種類あって、例えば一番売れる山型食パン・パン・アングレは一斤280円です。一般的にオーガニック食品は少し値がはるように、うちのパンも材料を考えるともう少し高くしてもいいのかもしれない。でも、なるべく価格を上げないようにしています。それでどうやって経営しているのかというと、とにかく頑張ってたくさんつくって、たくさん売るだけ。薄利多売ですね。

コンビニやスーパーで手頃な価格でパンを買うのと同じように、うちでも気軽にパンを買ってほしいと思っているんです。近年のパンブームの影響で、オシャレでおいしい、ちょっとリッチなパンが世の中に増えてきたけど、僕はそれを“ハレの日のパン”って呼んでいます。それに対して、僕がつくるのは“日常のパン”。

日常食って、飽きずに食べ続けられることが大事ですよね。だから、うちのパンも、近所の人が毎日食べても飽きない味にするために、スタッフ全員で毎日パンを試食して、味を微調整しています。開店当初から売り続けている定番のパンも、定期的に味見する。僕たちが毎日食べ続けても飽きなければ、お客さんも飽きないだろう、ということです。

住宅街の素朴なお店から、行列の絶えない人気店へ

「カタネベーカリー」が近所の人やパン好きだけではなく、一般の人に表立って注目されたのは、2015年にうちの食パンとバゲットがブルーボトルコーヒーで提供され始めたことがきっかけでした。ブルーボトルコーヒーが日本に進出すると決まったとき、都内の何十軒ものパンをブラインドで試食してカフェ用のパンを選んだらしいのだけど、そのなかにたまたまうちのパンが含まれていたそうです。

メディアで「ブルーボトルに選ばれたパン」と取り上げられるようになって一気に、遠方から買いにくるお客様が増えました。常連さんの印象もすこし変わったみたいで、「前からおいしいと思っていたんですよ」なんて声をかけられるようにもなった。ずっとひっそりとやっていたから、近所の人たちは「ここのパン、おいしい気がするけど、安いし、良いパンなのかな、どうなのかな?」ってちょっと不思議に思っていたんでしょうね。でも、あのブルーボトルが選んだ、となったら、急に「やっぱりここのパンはおいしかったんだ!」って自信を得たみたいで(笑) 

コロナ禍で再確認した“日常のパン屋”のあり方

これからも僕が貫きたいのは“日常のパン”をつくること。新型コロナウイルスの流行で今年の春に世の中全体が外出自粛を必要とされるようになったときにも、いつもと変わらずに朝7時から夕方6時までの営業を続けていました。なぜなら、普段の食卓で僕たちのパンを食べてくれる人に、できる限り“日常”を続けてほしかったから。

そのかわりに、かなり早い時期から感染予防は徹底していました。店内に白線を引いてお客さまがパンのカウンターやスタッフから一定の距離を保てるようにして、さらに、天井からビニールのカバーを下げて飛沫対策も実施。こじんまりした店内なので一度に入店できる人数を2名に限定して、金銭の授受も必ずキャッシュトレーで行うようにしました。

それから、3月末からSNSで「カタネベーカリーは通常通り営業いたしますが、街の食料品店としての営業ですので遠方からのお来店はお控えください」と発信し続けました。常連さんから「“遠方”って、どのくらいの距離ですか? いつもパンを買っていますが、徒歩圏内よりすこし離れているので悩んでいます」と相談されたりしたけど、僕のなかでの意識は“普段の食事としてうちのパンを食べている人のための営業”でした。だから物理的な距離で示すのは難しかったけど、もともと近所の人のために開いたお店だから、コロナによって感染予防以外で何かが大きく変わったという気はしませんでした。

街がどんどん栄えて賑やかになって、社会も変化してきたけど、“地域に密着した、食卓に寄り添うパン屋”という僕の意識は変わりません。

INFORMATION

カタネベーカリー

東京都渋谷区西原1-7-5
www.facebook.com/kataneb/

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