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ルーク・メイヤーが語る、OAMCはどこから来て、いまどんな場所にいて、これからどこへ向かうのか。
Interview with Luke Meier

ルーク・メイヤーが語る、OAMCはどこから来て、いまどんな場所にいて、これからどこへ向かうのか。

フイナムでたびたび取材してきた〈OAMC〉のデザイナー、ルーク・メイヤー。日本にも数多くのファンを抱える同ブランドは、ロゴアイテムやSNS映えするデザインが持てはやされる中で、トレンドからは幾分離れた地点で独自の美学を貫いてきた。とにかく、ものづくりの基準が全くブレない。一方で、「ピースメーカー」シリーズのヒットやサステナブルライン「RE:WORK」での挑戦、そして藤原ヒロシらとの協業を積み重ねながら、ブランドのあり方は着実に拡張している。実際に、ルークと話すたびにその内容はどんどんアップデートされていった。〈OAMC〉は、いまや孤高の光を放っている。このブランドはどこから来て、いまどんな場所にいて、これからどこへ向かうのかーー4年ぶりに来日したルーク本人に改めて訊いた。

  • Photo_Naoya Matsumoto
  • Text_Hiroaki Nagahata
  • Cooperation_Miuko Nakao
  • Edit_Ryo Muramatsu

PROFILE

Luke Meier

カナダ出身のファッションデザイナー。2014年に〈OAMC〉を立ち上げ、現在クリエイティブディレクターを務める。

ただ消費者として観察しているだけではなく、貢献したい。

ーまず、昔の話から少し聞かせてください。大学では最初、ファッション以外のことを学んでいたんですよね?

ルーク: そうです。最初は金融、その後メンズウェアを専門に学びました。金融に関しては、単にそれが実用的だからというだけで、それで一生食べていきたいというような情熱はありませんでした。何を学びたいかを17歳で決める必要があったので、実用的なことをやっていれば将来どこかで役に立つかなと。大学を卒業後、ニューヨークに移ってケータリングの仕事をしていましたね。

ーその時からファッションを仕事にしたいとは思っていたんですか?

ルーク: ニューヨークに移ってから、自分が本当の意味で興味を持っているものが分かった気がします。最初はファッションだけでなく、デザイン全般、それとスケートボードや音楽などのユースカルチャー全般に興味がありました。

ーそもそもニューヨークに移ったのはなぜだったんですか?

ルーク: まあそれは一応、金融の仕事をするつもりで(笑)。いざ来てみると、ニューヨークはあらゆる形のクリエーションにあふれていました。そこで自分が若い頃に影響を受けたものを目の前にした時、ただ消費者として観察しているだけではなく、自分も何らかの形で貢献したい、参加したいと思うようになったんです。具体的には、デザインの仕事がしたいと。そこで〈シュプリーム〉のメンバーに会う機会があり、すぐ(〈シュプリーム〉創設者である)ジェームズ・ジェビアと一緒に仕事をするようになりました。

ーここまで長くこの世界に留まることは最初から想定していましたか? ファッションのどんな部分に惹かれているのでしょうか?

ルーク:いまでも続けられている理由は、シンプルにただひとつ、ファッションが自分の好きなことだからだと思います。

ー狭い定義としてのファッションだけではなく、カルチャー全般を含めた広義の “ファッション” ですか?

ルーク:その通りです。

ー特定のコミュニティやローカリティをご自身のブランドを通じて提示しているという意識はありますか?

ルーク:ぼくは常に影響を受け続けるタイプなので、「この時期のこの場所にだけ影響を受けました」ということがないんです。東京、ニューヨーク、バンクーバー、パリで過ごした時間すべてがそれぞれ何らかの形で影響していると思います。いろいろな場所を訪れる度に、いろいろなひと、いろいろなやり方を見ることができる。いつも新たな発見があるんです。

ーなるほど。ぼくは2015年くらいに黒のビーニーを原宿の「ユナイテッドアローズ&サンズ」で購入してから〈OAMC〉を追い続けているのですが、デビュー時からいままで大きな変化を遂げたブランドだと思っています。アイテムの素材やシルエットに集中している職人的なブランドという印象から、ここ最近のコラボレーションワークに顕著なように、いまはプラットフォーム的、メディア的な印象が強い。そういった変化に関して、どのように捉えられていますか?

ルーク:その見方にはすごく共感します。確かにブランド初期は、どうやれば自分が求める質のプロダクトをつくれるか、その方法を深く理解することに焦点を絞っていました。ちょっと実験室のようなイメージですね。また当時、活動の舞台がニューヨークだったので、イタリアでものづくりを行うこと自体が初体験だったんです。だから自ずと、生地や技術などプロダクトに関することを掘り下げざるを得なかった。最近は良質なものを安定的につくることができるようになったので、コラボレーション相手の選定や、アートワークやシルエットの背後にある文脈など、コンセプトの面にも取り組めるようになってきました。

ーものづくりの地盤が安定した一番の原因は何ですか?

ルーク:一緒に働くメンバーを変えないことです。プロダクトの開発を行うアトリエや、スタジオ、パタンナーとは、何年も一緒に仕事をしてきました。だから、いいアイデアさえあればそれをしっかり形にできるという安心感がある。「何ができて、何ができないか?」ではなくて、自分たちの意志で何をやるのか決められるようになりました。それによって考え方が自由になって、コンセプチュアルなことに取り組めるようになったのかもしれません。

ーブランドの中のターニングポイントは何かありましたか?

ルーク:はっきりとした「この時に変わった」というポイントはなく、徐々に進化していったという言い方が正しいかもしれません。それがまたこの仕事の面白さでもある。クリエイターなら誰しもそういう進化を経験しているんじゃないでしょうか。何かひとつのことをはじめて、どんどん別のものに進化していくという。当初のものを放棄するわけではなく、ブランドに込めたスピリットはそのまま、気分やアイデア、環境だけが変わっていく。まさに先ほどお話された通り、〈OAMC〉は徐々に自分たちのアイデアを表現するための媒体(メディア)になっていきました。私はソングライターでも画家でもないんですが、自分のブランドを通じてアイデアを外に向かって表現している、ということですね。

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