PROFILE
ファッションバイヤー。セレクトショップ「エディフィス」にてバイヤーを務めた後に独立。自身の活動を経て、2015年に「レショップ」を立ち上げる。現在は同ショップのコンセプターを務めると共に、さまざまなブランドやレーベルの監修も行う。
PROFILE
1965年東京生まれ。2002年、中目黒にセレクトブックストア「COW BOOKS」をオープン。2006年より9年間『暮しの手帖』の編集長を務めたのち、2015年春からクックパッド株式会社に入社。同年にウェブメディア『くらしのきほん』を立ち上げる。2017年には株式会社おいしい健康の共同CEOに就任。さらに『DEAN & DELUCA MAGAZINE』の編集長としても活躍。これまでに多くの書籍を出版しており、代表作として『今日もていねいに』(PHP文庫)、『しごとのきほん くらしのきほん100』(マガジンハウス)など。
「どうやったらできるだろう?」という研究のようなものづくり。
ー今日はおふたりとも、白いポロシャツを着ていますね。
金子: 気が合いますね(笑)。
松浦: Tシャツを着ようか、ポロシャツを着ようか迷って、結局ポロシャツにしたんです。そこにチノパンを合わせて、足元は〈トップサイダー〉。夏はいつもこんな格好なんですよ。
金子: 弥太郎さんの初夏のスタイルってことですね。
松浦: どういうわけか、夏になるとキャンバスのスニーカーを履きたくなるんです。〈コンバース〉の「スキッドグリップ」もそうですね。80年代の中頃かな、原宿に「マドモアゼルノンノン」っていうお店があってよく通っていたんです。お店に行くと、真っ黒く日に焼けた肌にショートパンツを合わせたかっこいい大人がいて、足元を見ると「スキッドグリップ」を履いているんですよ。それで仲の良いスタッフの方に「このお店のオーナーの荒牧太郎さんだよ」って教えてもらったのを覚えてますね。のちに〈パパス〉をはじめた方なんですけど。
金子: へぇ~!
松浦: すごくかっこよかったんですよ。それを見て、ぼくもキャンバスのスニーカーを履きたいと思ったんです。
金子: もう40年近く前のことですよね。当然のようにかっこいいものしか売ってない時代。
松浦: いまでいうヴィンテージのデニムが普通に買えていた時代ですね。「マドモアゼルノンノン」はどこかフレンチっぽいテイストもあってぼくは好きでした。働いているスタッフのファッションも群を抜いて可愛くて、憧れてましたね。それでぼくもキャンバスのスニーカーを履くようになって。これが夏の定番になったんです。
ー前回の対談の際も「弥太郎さんが〈パタゴニア〉のフリースを着ていると、秋を感じる」って金子さんが仰ってましたよね。
金子: そうそう、弥太郎さんの服を見て、季節の移り変わりを感じるんです(笑)。
松浦: 季節によって着る服がぼくにはあるんですよ。夏はこれ、秋はこれ、冬はこれっていうのがね。本当にワンパターンなんで(笑)。
ー前回の対談を経て、おふたりの交流は変わらずに続いていたんですよね。
金子: ぼくがキュレーターを担当した〈ゴート〉のフォトTのプロジェクトに弥太郎さんに参加してもらったり。
松浦: 京都や広島、福岡でトークショーもしましたよね。
金子: そういうことをしながら、一方ではこのシャツも進めたいなって思っていたんです。すごくゆっくりなペースで意見を交わしながらつくっていたんですよ。
松浦: 今回つくったシャツもぼくがすごく気に入って長年愛用しているもので、それを金子さんのものづくりの選択肢に入れてもらえたらうれしい。ぼくからのそんな提案からはじまったんです。
ーニューヨークの中華街にある古着屋で見つけた、「U.S. AIR FORCE」のデッドストックというお話をされていましたよね。オックスフォードの生地がすごくよくて、購入から何十年も経っているのにまだまだ着れる、と。他にもプラスチックのボタンやボックスシルエット、白いステッチなどなど、いかにも“Made in USA”な佇まいに惹かれるというお話もありました。フランシス・フォード・コッポラが似たシャツを着ていたというエピソード付きで。
松浦: ぼくと金子さんって似ているところがある気がするんです。金子さんはファッションバイヤーとしていろんな服を見つけてきて、ぼくも本を紹介したり、いろんなおもしろいことを見つけて発信している。ふたりともなにかを見つけて、それをインプットして、自分のフィールドでアウトプットする仕事だから、中身は違くてもやってることは似ていると思うんです。だから気が合うというか、お互いを理解し合える感じがする。
松浦: このシャツに関しても、前回の対談でお話をさせてもらって、金子さんもそのストーリーに共感して、なぜこれが好きなのかをすぐに理解してくれて。それで「つくってみよう」となったんです。
金子: あの対談のあとに一度シャツをお預かりして、袖を通してみるとサイズバランスが抜群によかったんですよ。たとえば〈ブルックス・ブラザーズ〉のポロカラーシャツって、ポロカラーだけどドレスの文脈でつくられていると思うんです。だけど、こっちはユニフォームなんですよね。あとはちょっとワークっぽいディテールもあったりして、普段着として着るのにちょうどいいんです。
松浦: とはいえ、これをビジネスとして絡めたくないという気持ちがあったんですよ。だからお互い急ぐこともなく、「いつかできたらいいね」的なスタンスで無理なく取り掛かっていたら、いつの間にかできちゃったっていう(笑)。
金子: たしかに、1年前の対談後にすぐに取り掛かったというわけでもないですよね。
松浦: すこし時間が経って、「あの生地がつくれる」っていう朗報を聞いたんです。ぼくらは当然、トラディショナルなブランドのオックスフォードの感触を偏愛していましたが、このシャツはそれとは違う。それで似たような生地を探すのではなくて、いちからつくれるという話を聞いてグッと力が入るようになったというか。
金子: この生地でつくらないと意味がないというか、パターンだけ再現しても弥太郎さんが感じている旨味みたいなものが上手に表現できないと思ったんです。
松浦: オリジナルは50年代につくられていて、ここに前回の対談で紹介した「U.S. AIR FORCE」のシャツと、まったく同じデザインの〈ヴァン・ヒューゼン〉のシャツを持ってきました。これは50年代の高級シャツメーカーなんですけど、このブランドがつくった生地だっていうことがあとから分かって。心地よいコットンの肌触りや柔らかさが、このシャツのいちばんの魅力なんですよね。ぼくも金子さんも、この時代のオックスフォードのニュアンスに惚れ込んだんです。
ー実際に触れてみると、どこかしっとりと柔らかくて、なんとなくドレープ感というか、とろみも感じますね。
松浦: そこにちょっと武骨さもあるんです。
金子: たしかにそれも感じますね。きめ細やかに織られているわけじゃないというか。
松浦: あとは縫製ですよね。このシャツもそうですが、洗濯を繰り返すことによって生まれるパッカリングの雰囲気は、ぼくらみたいな古着好き、デニム好きからするとたまらないものがあって。そうゆうディテールがいっぱいあるんですよ。だから「絶対に再現しよう」って力みながらつくるというよりは、「これってどうやったらできるだろう?」ってちょっと研究に近いような感じで話をしましたよね。
金子: ただ、あくまで弥太郎さんはエッセイストで、ぼくはバイヤーなので、実際につくるとなったときにデザイナーの存在が必要だったんです。そこで思い浮かんだのが〈バウワウ〉の権守さんだったんですよ。それで相談したところ、「生地がつくれる」となって。
ー以前、金子さんと一緒にものづくりをさていましたよね。そのストーリーも「着ぶくれ手帖」で追いかけました。
金子: そうですね。権守さんはとにかく古着好きというか、服が大好きなひとで、その熱量が尋常じゃない。つくりたいものをつくるために、とにかく足を動かして、汗水流しながら生地屋さんや工場に掛け合って納得のいくものづくりをしている。とにかく気持ちがアツいんです。ぼくも弥太郎さんも完全再現というよりは、ふたりの「ここがいいよね」っていう部分を探り合いながら気持ちの部分でものづくりがしたいと思っていたので、権守さんが適任だと思ったんですよ。
松浦: ぼくと金子さんが共鳴して理解し合い、言葉細かに説明しなくても分かり合えたように、そのデザイナーさんも多くを語らずとも理解してくれましたよね。