トラックのタープでできたタフなバッグ。〈フライターグ〉の一般的なイメージはせいぜいこの程度でしょう。しかしこのバッグが日本に普及するまでには、さまざまなひとが関わり、長い年月がかけられてきました。つい1ヶ月前、編集部員はスイスはチューリッヒにあるブランドの本社や工場、お店へ。そこで壮大な歴史に驚愕しながら記事にせねばとジャーナリズムが疼き、いま筆を取っています。この目で見て、肌で感じたことをここに記します。
- Photo_Ryosuke Hoshina
- Text & Edit_Yuri Sudo
ひとの経験からしか生まれないもの。
8月某日、編集部員は観光大国であるスイスへ。直航便で14時間。〈オメガ〉の時計がお出迎えしてくれるチューリッヒ空港に着いたのち、鉄道で揺られること10分ほど。スイス最大の都市・チューリッヒに到着します。
最低気温は15°C、最高気温は28°Cと過ごしやすく、小雨が降ったり急に晴れ間が差したり、変わりやすい天気はここが山の近くであることを気づかせてくれます。
目的はスイス生まれのバッグブランド〈フライターグ〉のプレスツアー。フイナム含め日本のメディア4媒体とインフルエンサー3組が集い、一同は本社に向かいました。
ところで十年ほど前、実はフイナムでは同じプレスツアーに参加していました。その詳細はこちらの記事を見ていただきたいのですが、今回の写真を見てもらうと〈フライターグ〉の製造方法がほとんど変わっていないことがわかります、それは非常にいい意味で。しかし時代の変化とともに一部アップデートされているところも。そんな変化を比べながら、ぜひ両記事をお楽しみください。
まず案内されたのは、タープが保管されているエリア。目に入ったのは、おなじみの〈フライターグ〉バッグの巨大版。チューリッヒ旧市街内にあるニードルフ店が建設中のときに、それを覆うものとしてつくられたそうで、全長15メートルほどにも及びます。象なんかは余裕で入りそう。
積み重なったタープは、スイス国内、そして近隣のヨーロッパ諸国から回収されたもの。創業当時の1990年代は、街中でタープに記載された社名を書き留め、電話帳でその企業を特定し、直接連絡を取る方法でタープを回収していたというのだから驚きです。最近では、インターネットや、トラック用タープ・物流・輸送関連の業界見本市などを活用して調達を行っています。
ちなみにそもそものアイデアは、創業者のマーカス兄弟が、雨の多いチューリッヒでデザインの図面を運ぶのに苦労していたところから。高速道路沿いに住んでいた彼らは、窓の外でビュンビュンと走るトラックを見て、頑丈なタープをバッグにする案を思いついたのです。
回収したタープに付いている金属部品を外し、使用できない箇所を切断するパート。金属部品はそのままリサイクル可能です。
選別されたタープは、約60℃の温水で1時間程度洗浄します。使われている水の50%は、本社敷地内の地下にある貯水庫の雨水だそう。ちなみにこの洗浄の仕方は10年前も同様でした。
さまざまな工程の中で、特筆したいのがバッグの型を切り出すパート。写真上は透明な型を用いて手作業で裁断。タープはそれぞれ経年変化の具合や状態が異なり、カビが生えている箇所は省きながら、どの部分を切り出すかを決定します。
写真下は2015年に新設されたエリアで、コンピュータを用いてデジタル画像の上にカット指示を入れていきます。ただし、単に配置するだけではなくジッパー部分がロゴに重ならないようになど、最後は人の判断が介在します。
アナログにしてもデジタルにしても、一点モノのバッグは担当者の長年の経験を生かした匙加減でデザインが決まる点は同じ。どこまでも個人に作業の裁量を任せるのは、ブランドの信念によるものでしょう。
製品を修繕するパート。部品を取り替える小規模なサービスから、すべて解体してから組み直すリッチなサービスまであります。壊れたら捨てるのではなく、直して長く付き合っていけるのが〈フライターグ〉の魅力です。
オンライン発送をするパート。最近ではアジア圏、特に韓国からの注文が多いそうで、デザインがどれになるかはお楽しみです。
整理整頓されたオフィスの中には、従業員の方々の遊び心が見てとれる。
ものづくりの全貌を見たところで、バッグの販売拠点へ。チューリッヒ中央駅から電車で3分ほど移動すると、ゲロルト通り17番地に旗艦店があります。
使用済みの貨物コンテナを19個積み上げてつくったというお店は、噂通りの迫力! ブランド背景をここまで端的に表した店づくりもそうありません。
内装は、商品のカラバリやラインナップが一目でわかる工夫がなされていました。圧巻の物量をまえに、物欲も掻き立てられるわけです。ちなみにお店の横には、リペアステーションも。
本社ツアーを振り返って感じたのは、〈フライターグ〉は全てを効率化させればいいという考えではなく、あくまで主導は人間であるということ。ひととひとが繋いできた歴史や、人間の頭・手・経験でしか生まれないものに期待していて、AIが台頭してきているいま、励まされたような気持ちになりました。
冒頭に記した10年前の記事と比べると、ブランドの形は変化しているけれど、軸は変わっていない。これが〈フライターグ〉のバッグが日本にまで普及している要因、そして世界的な認知を獲得している要因なのかもしれません。
ルールを破り、現状に挑む。
商品へのこだわりはもちろん、魅せ方にもこだわりがあるのが〈フライターグ〉。らしさがありながら、バッグブランドの枠に収まらない表現の多様さは目を見張るものがあります。そんなクリエイティブの裏側には仕掛け人あり。クリエイティブディレクターのトーマス・ウェイクフォードにミニインタビューを行いました。
トーマス・ウェイクフォード(Thomas Wakeford)
1983年生まれ、ジュネーブ出身(スイスのフランス語圏)出身。「セントラル・セント・マーティンズ」ファッションデザイン修士。 その後〈ヴィクトリア・ベッカム〉にてシニアデザイナーとして複数ラインを担当し、そのほか〈ジェイソン・ウー〉のデザインディレクター、〈ザランド〉のスタイリング、ブランディング&アートディレクション、自身のブランド〈3000〉を手がけるなど、その経歴は多岐にわたる。2025年より〈フライターグ〉のクリエイティブディレクターを務める。
ーブランドについての話を聞く前に。日本には、スイスのファッションやトレンドについての情報があまり入ってこないこともあり、まずはそのあたりを聞かせてください。
“トレンド” というのは大きな言葉で、周囲と同じことを追いかけたり真似したりする傾向を指しますが、スイスはそのトレンドの取り入れが遅いと見られがちです。それは実用性・機能・長持ちすることをベースにした、やや健全な消費アプローチを持っているからだと思います。
とはいえ、昨晩市内でやっていた「Blood Orange」のコンサートに行ってきたのですが、若い観客たちは多様性とスタイルに溢れていました。Y2Kの要素やテックウェア、ロマンティシズムのミックス、表現のしなやかさを感じ、世界中の大都市で見られるような素晴らしいエネルギーがありました。それを見られたのは本当に美しい体験でした。
ークリエイティブ事情についてはいかがでしょう。
クリエイティブについては、正直なところスイスに戻ってきてまだ1年半ほどなので、直接的なコメントをするのは難しい部分もあります。ただ、従来クリエイティブ産業といえばヨーロッパの主要大都市へと集中しがちでしたが、過剰消費や私たちの関心とお金を奪おうとするアルゴリズムの波に対抗するように、より穏やかな場所やスローなライフスタイルを求めるひとが増えていると感じます。パリ、ロンドン、ベルリンなどで長年働いていた友人たちが、その国際的な経験を小さなコミュニティで活かすためにスイスへ戻ってくるのをよく目にします。
また、若い世代も都会へ移住せず、地元で文化を育てようとしています。こうした流れが自然と一極集中を和らげ、スイスだけでなく世界中の小さな都市や国、コミュニティのクリエイティブシーンを豊かにしていくことを期待しています。
ー本題に入ります。あなたから見て、〈フライターグ〉の魅力はどこにありますか?
まずひとつは、すべてのバッグデザインの原点である「実用的で機能的な課題解決」。ふたつ目は、バッグの素材から自然発生的に生まれた、伝統的なグラフィックデザインとタイポグラフィです。
さらにこのブランドは、スイスのなかでもオルタナティブな、つまり反骨精神のあるアプローチをすることがあります。美しい山々や保守的な国民性、そのほかラグジュアリービジネスといったスイスの典型的なパブリックイメージとは対照的に、都会的で破天荒で、反体制的な姿勢を持ち、尖った視点でデザインや機能をとらえています。それでいて、スイスならではの製造クオリティはしっかりと維持している。これらすべての要素に惹かれました。
ー本社を拝見して、会社自体の雰囲気もとてもいいと感じましたが、その点はいかがでしょう?
自分はここには大きな可能性があると感じています。まさに磨けば光る原石であり、真摯な企業価値と、「From Truck Till Bag(トラックからバッグへ)」という唯一無二のストーリーを持っています。私たちはまだ比較的小さな会社ですが、より大きな影響力を生み出せる潜在能力は絶大だと思っています。
それに、ブランド全体にとてもオープンで謙虚、気取りのないクリエイティビティへの姿勢がありながら、ルールを破り現状に挑みつづけています。こうしたアイデア、知識、情熱を持ったひとびとに囲まれて働けるのは、本当に光栄なことです。
トーマスが手がけたビジュアル。
ーあなたが関わっている最近のブランドビジュアルも、非常に刺激的でユニークな印象です。クリエイティブの出発点について教えてください。
私たちは常にプロダクト、その機能、あるいはコンセプトからクリエイティブをスタートします。そこから「どんなユーザーが使っているか」を想像して、ストーリーを構築し、〈フライターグ〉らしいプロセスやヒント、素材のルーツを感じさせるエッセンスを加えていきます。これら全体を、最終的にはアイロニー(皮肉)や予期せぬ視点と結びつけます。
さらに最近では、コンテンツの見た目やストーリーづくりだけでなく、それを各メディアでどう展開するのか、そしてどのように消費されコミュニティと相互作用するのか、といったところまで考えるようになりました。
ー本質を捉えながら、表面的なこと、リリース後の広がりも考えているのですね。あなた自身はインスピレーションはどこから受けることが多いですか?
街を行き交うごく普通のひとびとからインスピレーションを受けています。個性を定義する細かなニュアンスや自らをユニークな方法で表現する姿にとても興味があります。ひとは誰もが自分の人生をデザインし、機能を改善し、独自のアイデンティティをつくり上げています。それが私を魅了してやまないのです。たとえば、選んだ一足の靴から、そのひとの音楽の好み、属しているカルチャー、子供の頃の関心事、スポーツ、あるいは政治的な視点までもが見えてきたりするものです。
ーあなたのインスタグラムの投稿にもそれが反映されていますね。
そうですね、趣味趣向が詰まってます。あと、手仕事によって生まれたプロダクトや、それが経年変化していく様子にも心を掴まれます。私は蚤の市で木型のオブジェクト、陶器、絵画などをよく収集するのですが、それらはすべて、だれかが意図を持って飾り、使い、つくった「過去のストーリー」を持っています。人間はそうした創作をせずにはいられない存在であり、それこそが人間らしさなのだと感じます。
最近は何でも “クール” になりすぎていて、ファッションや大量消費がメインストリームにいて、ポップカルチャーの中心になっていますが、飾らない平凡な瞬間の方がはるかに刺激的だと感じます。
ー最後に、フイナムは感度の高い人々、モノ、カルチャーをフィーチャーしているメディアです。現在、あなたが住む街で最もヒップなスポットを教えてください。
2つあって、ひとつは「KIOSK」。〈フライターグ〉旗艦店から歩いて数分のところにあって、もともとブランドで働いていたスタッフがオープンしたお店です。ヨーロッパやスイスのヴィンテージ家具を扱っていて、イベントも定期的にやってるみたい。
大きな倉庫を自分たちの手で改装。週末にはイベントを開催することが多く、ある種のコミュニティを形成している。
家具は買い付けだけではなく、個人から購入することも。
建物内には「KIOSK」のお店だけではなく、建築事務所やレコード屋なども。
もともと〈フライターグ〉で働いていたという「KIOSK」のオーナーのLeiv。
ーもうひとつは?
旧市街にある「Souvenir Sport」で、スイスの伝統的なヴィンテージ用品やミリタリーを扱っています。あと〈アッペンツェラー グルト(Appenzeller Gut)〉というスイスの伝統的なハンドクラフトのレザーベルトブランドを取り扱っていて、若い層にも支持されています。
店内に入ると、両脇にはヨーロッパヴィンテージやミリタリーものがずらりと並び、中央のショーケースには〈スウォッチ〉のアーカイブが陳列されている。
写真に写っているのは、オーナーのCaspar。30歳という若さにも関わらず、古着のトレンドに左右されない確かな目利きの持ち主。前のめりに話をすると、裏からとっておきのレア物を出してくれた。
SHOP1. KIOSK
Adress:Geroldstrasse 11, Zürich, Switzerland
Open:11:00〜19:00(Wed-Fri)、10:00〜18:00(Sat)
Instagram:@kiosk.io
SHOP2. Souvenir Sport
Adress:CH–8001 Zürich, Switzerland
Open:15:00〜18:00(Wed)、11:00〜18:00(Tur-Fri)、11:00〜17:00(Sat)
Instagram:@souvenirsport
SNSの台頭がはじまって久しく、そしてAIの脅威を感じる今。トーマスとの会話を通して、国を問わずクリエイティブが直面している問題は同じであること、どのブランドもそれを乗り越えるための策を講じていることがわかりました。
ただ目に留まるキャッチーなものをつくるのではなく、ブランドの文脈やプロダクトの背景に基づきながらクリエイティブを考える。そのアウトプットは、ブランドの受け皿の広さとトーマス自身の個人的な視点の集積が支えている。このシンプルで健やかなものづくりは、そう簡単にはできません。これからも〈フライターグ〉の一挙手一投足に注目していきましょう。

