連載「憧れの逸品」No.207 70年代の反戦思想を先取りしたようなブランパンの腕時計。

〈ブランパン（BLANCPAIN）〉のタイムピースのひとつ、「フィフティファゾムス」は1953年にフランス海軍の特殊潜水部隊のために開発されたダイバーズウォッチだ。そうしてほどなくプロフェッショナルなダイバーズウォッチの嚆矢と言われるようになった。

その名声を揺るぎないものとしたのが「フィフティファゾムスノーラディエーション」である。

1960年初頭、発光塗料として時計製造に使われていた放射性元素のラジウムは健康に有害であることが報告された。〈ブランパン〉はいち早くラジウムフリーを宣言すると、これをデザインにも落とし込んだ。6時位置にスタンプされたのは、放射能マーク。そこにバツ印を入れ、“no radiations（放射性物質不使用）” の文字を刻んだ。まるで70年代の反戦思想を先取りしたようなグラフィックは好事家を唸らせ、アイコン的モデルに上り詰めた。

このたび登場したトリビュートモデルは丸ドット、長方形、12時位置のひし形のマークからなるアワーマーカーを施したマットブラックダイヤルはそのままに、チャプターリング、針、ベゼルのメモリスケールにオールドラジウムカラーのスーパールミノバ®を塗布することでヴィンテージ感を演出した。世界500本限定。

本格時計の世界に足を踏み入れたい読者のために、最後にその歴史を振り返っておこう。

〈ブランパン〉は1735年にスイス・ジュラ地方に誕生した現存する世界最古の時計ブランドだ。すべてのモデルに自社ムーブメントを搭載するスイスでも稀有なマニュファクチュールであり、いまなおひとりのウォッチメーカーが目に見えない部分まで手作業で仕上げる。世界最小の「コンプリートカレンダームーンフェイズ」や世界初となる「フライングトゥールビヨン」を考案したのもここ。進取の気象も持ち合わせている。