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老眼鏡
2011.11.29
産経関西の人気連載「夕焼けエッセー」に老眼鏡の「老」の字がちょっとねという文章が載っていた。確かに「老」というのは、あまり前向きな言葉ではないように思う。そういうことから赤瀬川原平の「老人力」という本が生まれた。
この老人力は、老いるについて出てくる肉体などの弱体化をポジティブに捉えることである。
「最近、耳が遠くなったんじゃない?」
「うむ、おれにも老人力がついてきたか」という塩梅である。
老いるという一般にはネガティブな変化を「力」がついたといって陽性側に捉える。痛快である。
一方、若い人たち、特に若い女のコたちは20も超えるとおばさんだよ、などといって自虐的に自分を老成させる傾向がある。あれは社会相対的に見て自分が若いと分かっているのに、わざとそう言って楽しんでいる。
ぼくも40台に入り乱視が出てきて、メガネをすることになった。それがすこし嬉しかったことを思い出す。子供の頃から裸眼でずっと2.0人生。メガネとは無縁の生活だった。
人から「老眼ですか?」なんて聞かれるのも悪い気はしなかった。10台の女のコとは言わないが、根っこの部分でそうした部分を楽しむ自分がいたと思う。
件の夕焼けエッセーを投稿された方は、64歳。「老」という字の入り口にいらっしゃる。10台の女のコとは感受ポジションが違う。微妙なお年なのだ。
実はぼくの誕生日はすぐそこ。ひとつ年を取る。一年「老」へ近づく。
乱視もやや進行中。去年作ったメガネの前に使っていたもののレンズを変えに行こうと思う。
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