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COLUMN

ヒップなエディトリアルシンキング

文:蔡 俊行

編集に関わる仕事をずいぶん長くやってきた。雑誌を作るだけではなく、そのアイデアをテコにしていろんな仕事にも首を突っ込んだ。うまくいったのもあれば、そうでないのもある。この仕事でなければ入れない場所にも入れたし、会えない人にも会えた。どれもがとてつもなくおもしろく、自分の宝になった。遊びが仕事で、仕事が遊び。編集仕事ってそんなところがある。この仕事の面白さと広がりをこの仕事に興味を持ってくれる人に向けて書いていきます。

  • Text_Toshiyuki Sai
  • Title&Illustration_Kenji Asazuma

第3回ヒップな価値観

すでに書いたように編集思考は誰もが使っている能力のひとつ。

どんな仕事をしていても経験を積めばそれなりに身につけられる。しかし大事なのは、その思考法に至るアイディアの整理であるし、その元となるものである。

アイデアを広げ、合理的に整理し、好悪を検証すると前々回で述べたが、そのアイデアを考えるときに、それがイケてるかイケてないかというのはとても大事だ。

料理に例えるなら思考法が調理法。食材がアイデアだ。どんなに腕のいいシェフでも腐った食材では美味しい料理は作れない。

スタート地点を間違えばゴールはできない。

センスは天から授けられたものと考えられがちだが、そうではない。後天的に獲得することもできる。センスのいい人たちに囲まれれば、自ずと判断力が磨かれていく。

センスといったけど、価値観かもしれない。感覚的な美的センスではなく、もっと論理的なものだ。

そっちよりこっちがいい。なぜなら、という考え方。

こう考えると獲得能力といえるのではないか。

参考になるかどうかはともかく、編集の仕事の流れとぼくの考えている「イケている価値観」の話をしよう。

もちろん世の中にはいろんな価値観があるので、自分のがいちばんイケてるとは言い切れない。あくまでぼく個人の好みである。しかしその好みに共鳴してくれる人たちが、ぼくが作るもの、あるいは書くものに共感してくれるのだ。今日まで第一線とはいえないが、それなりのポジションで仕事ができたのはそのおかげである。

ヒップとはなにか?

イケてる、と何度も書いた。それを数年前から「ヒップ」という言葉に置き換えている。2015年3月に自身で発行しているWEBマガジン『フイナム』の雑誌版『フイナム・アンプラグド』を創刊するときからである。

流行や風俗、文化的なものを修飾するのにいろんなカナ形容詞がある。スタイリッシュ、クール、ラグジュアリー、アーティスティックなど。これら形容詞から想起されるイメージはどちらかというと正統派。ヒップはこれらを含有し、それをひねったような感覚とでもいえばいいのだろうか。

90年代に某雑誌の別冊ムック本の編集のため、ひとりでロスアンゼルスに行ったときのこと。現地在住のコーディネーターに注目エリアを案内してもらった。

「ここら辺がいまヒップなんだ」

あちこちでこう囁かれた。どこもまだ個人でやっているカフェやレコード店、ブティックが散見されるエリアで、大資本商業業態はほとんど入ってないところ。例外としてスターバックス。

「スターバックスは市場調査がとてもうまくて、ヒップな場所に敏感なんだよ」

昼間は人通りもまばらだが、夕方には学生を中心とした若い人が集まってくる。どこからかマリファナの匂いが漂ってくるようなそんな場所。

こうしたヒップなエリアには、世界的チェーンのホテルなどはない。あってもブティックホテル。のちのポートランドブームはずっとアメリカの各都市の小さな町から始まっていたのだ。

若い頃からこうしたヒップな価値観に自分自身を置いてきた。高級品で着飾って、高級ホテルに滞在するより、擦り切れるまで着たお気に入りのジーンズで、ローカルなレストランでナチュラルワインを飲む。逆のことをやっている人たちをむしろディスるような視線で見ていた。

若い頃はお金がなかったからこうだったのかもしれない。ロマネ・コンティを飲みたいけど飲めない。要するに負け犬の遠吠えだ。

ともかくそんな価値観が身についた。

ぼくのアイディアの立脚点はここにある。言い換えれば好きなテイストだ。できていることもあればできてないこともあるが、ここにいくつか書き出してみよう。アンプラグドの創刊時に媒体資料としても使ったものだ。

(古い価値観)     (ヒップな価値観)
 ・いっぱいモノをもつ ー モノは少ないほうがいい
 ・最新式の製品をもつ ー 愛着のある古いモノを大切に使う
 ・ブランド品を持つ ー アートを愛でる
 ・無理して家を買う ー 賃貸で2拠点生活を始める
 ・そのためにがんがん働く ー 働く時間を減らそう
 ・予約のとれない店の席をもつ ー ローカルの居心地のいいレストランの常連になる
 ・夜遊びする ー 犬と朝散歩する

編集思考とはこうした思想・信条を立脚点にして、そこからアイデアを膨らませていくことである。芯が通っていれば、枝葉末節はどうなろうがコンテクストは続いていく。

これはぼくのケースであるが、みなさんには自分自身の好みや哲学がある。その価値観から自分のベースになる譲れないものを築き、言語化していけばいい。

仮に自分でビジネスをやろうと思うなら、これがないと成功はおぼつかない。狙いがわからないビジネスに共感は得られないからだ。

価値観を得るために。

それでもそうした価値観が形成できてないとか、まだぼんやりしているという人も多いかもしれない。いや、成人した人なら価値観はすでにある。ただ自信がないだけだ。自信がないと発言もできないし、相手を説得できない。どうやったら自分自身の価値観=自信を身につけることができるのか。

上でも書いたが先天的なものではない。これは獲得能力である。

下に例をあげる。

・おしゃれしよう
・アートに関心持とう
・話題の店に行こう
・コミュニケーションしよう
・本を読め
・ひとを笑わせよう
・大口開けて笑おう
・マーケット感覚を持とう
・ゼロから考えず前例を探せ
・海外を見よう
・語学力
・思想・信条を持て

これについては次回以降、また書いていきます。

PROFILE

蔡 俊行
フイナム・アンプラグド編集長 / フイナム、ガールフイナム統括編集長

フリー編集者を経て、編集と制作などを扱うプロダクション、株式会社ライノを設立。2004年フイナムを立ち上げる。

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