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COLUMN

ヒップなエディトリアルシンキング

  • Text_Toshiyuki Sai
  • Title&Illustration_Kenji Asazuma

第12回海外へ出よう

この連載も今回でまる一年。ちょうどそれくらいで終わるつもりだったのだけど、もうすこしだけお付き合いを。まだ書き切れていないことがあるので。

で、今日は海外を見よう、という項だ。

その前に、このお正月休みに『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(佐々木チワワ著、扶桑社新書)を読んだ話からしよう。

「ぴえん」が若者の間で使われているのは知っていたが、「ぴえん系」というジャンルがあるのをこの本で初めて知った。これは新しいファッションでありカルチャーである。その中に「量産型」と「地雷型」というスタイルがあり、10代から20代前半の女子に浸透している。前者は女の子らしい甘めのテイストが特徴で、ジャニーズや地下アイドルなどの「推し」を応援に行くときの現場スタイル。そして後者は「病み系」をさらに色濃くしたジャンルで、精神が崩壊したような泣き顔メイクが特徴だ。両者には共通の好きなブランドがあり、両者をミックスしたようなスタイルも好まれる。

このぴえん系のファッションは最近ではジャニーズや地下アイドルだけではなく、ホスト推しのオタク女子の間にも広がってきたようだ。ホストにハマり夜の仕事を始めて貢ぐ、そんなカルチャーを煽る雑誌もあるという。そういや昔、キャバクラ嬢のスタイルマガジンのようなものもあった。

このホストクラブ文化とそこに群がる女子たちの話に関しては、驚きばかりだった。ある女性の「宝くじで当たった100万円に価値はない。60分1万円で、100人のおじさんを相手にしてボロボロになったお金を、『推し』に使うから意味がある」という一文には、かなりの衝撃を受けた。

本書では、いまホットな「トー横キッズ」の生態にも詳しい。むしろこっちに興味があって本書を手に取ったんだが。大阪ではグリ下(グリコの下のスペース)、名古屋・栄ではドン横(ドンキ)界隈というのもあるらしい。

詳しくは本書を読んでほしい。近年読んだ新書の中でも出色の一冊だ。

なんでこんな話をしているかというと、彼女らの歌舞伎町での自殺カルチャーについて思うところがあったからである。ここには飛び降りの名所となっているビルがあり、多くの若い人がここから身を投げている。あるいは未遂も少なくない。

ホストに大金を注ぎ込んだ挙句、ホストとのトラブルやお金の問題などが理由だ。また内省を試み、自分自身の価値への過小評価が死に向かわせる。ホストクラブなどでお金を使わない私に価値がない、風俗店で売上を上げられなければ価値がない、などと苦しむ女性が多いのだ。

これはいじめを受けて自死する子供たちの問題ともシンクロする。閉じられた狭い社会で、自分の価値を見出せなくて、確立できないそんな苦しさが、それを選択させる。大人からみると、長い人生のほんの短い期間のことであるが、当事者はそんな考え方はできない。追い詰められた人間は心の闇に吸い込まれる、そんな病気にかかっているのかもしれない。

彼女、彼らの価値観は、その世界ではあたり前のことなのかもしれないが、その輪から外れて遠くから見ると極めて特殊なものである。しかし我々のようなおっさんがしたり顔でそんなことを言っても、その声は届かない。

固定観念をほぐすと幸せになれる

さて、その価値観。あるいは固定観念。社会での常識。そしてマナー。ぴえん系やトー横キッズとの違いもそうだが、日本と外国の間にも大きなギャップが横たわる。我々日本人が当たり前と思っていることは、この日本というホモジナイズされた文化の中では通じるが、異国ではまるで通らないということがある。

多様性という言葉が近年のトレンドであるが、国内にいてこの言葉を噛み締める機会は少ない。肌の色が違う、我々とは違う尺度を持ったいろんな人たちとの交流、そこまでいかなくとも生活を垣間見るだけでも大きなショックを受けることがある。

昔、トランジットのマニラ空港で、チップをせがむ子供の多さと強引さに芯からビビったことがある。

「あの犬、かわいいね」と言ったら「だめだめ、美味しくないから」と言った香港のコーディネーター。

台湾でトイレットペーパーを便器に流してはダメと言われたときも、初めてのパリでダムピピと呼ばれるトイレの管理人にチップを払うルールにも面食らった。飛行機のオーバーブッキングは、間違えてチケットを多く売った会社が悪くて自分のせいではないと開き直るアメリカの地上係員、午後5時閉店なのに4時に店を閉めるオーストラリア人。小さな通り名を伝えただけで最短距離で正確に送り届けてくれたロンドンのタクシー運転手。

日本はとてつもなくいい国だと思うことも、あるいはこんな部分ではものすごく後進国だなと思うような経験もあった。

世界にはいろんな考え方、やり方、物事の進め方がある。自分の地元、ローカルエリアだけに留まっているだけでは、多様な価値観は形成されにくい。

トランプ大統領を支持した共和党支持者の多くの人たちは、キリスト教原理主義でダーウィンの進化論を認めず、ヒトは猿から進化したとは思っていない。銃を携帯し、堕胎に反対する。それもひとつの価値観だ。彼らのほとんどは、海外はおろか自分の州以外に出たことがない人も多い。

彼らの考えを否定するつもりはない。ただ彼らのような凝り固まった考えでは、柔らかいアイデアは生まれない。つまりクリエイティブにはなれないというのが問題なのだ。

編集の仕事もそうだが、どんな仕事も創造的なアイデアが求められている。コチコチの固定観念では、面白いことはできない。

だから積極的に海外へ行こう。近隣諸国でも欧米でもどこでもいい。いまと違う場所にいって、見て歩いて、食べて飲んで寝るだけでも新しい発見、ものの見方がある。

そもそも旅行は、海外に限らずだが、脳にすごくよい刺激を与えてくれる。旅行は常に選択に迫られるからだ。どこに行く、どこに泊まるから、旅行中の行動のあれこれが前頭葉を刺激してくれる。前頭葉は脳の司令塔の役割を担うエリア。認知症にも旅行がいいというのはここからきている。

世界に目を向け、他者を認め、あらゆる経験を積めば、メンタルも向上し幸福度が上がる。仕事を通じ世の中をより良く、ヒップにするというのが当社の理念。フェアな社会作りの一端でも担いながら、ハッピーになれるのであればこれ以上のことはない。

コロナ渦で自殺者の数は増えている。

死に急ぐ若い人たちに、いまのその辛い真っ只中を抜ければ、まだマシな何かがあるということをわかってもらいたい。著名な人の自殺ニュースから後追いする事件を聞くたびに残念な気持ちになる。ぴえん。

PROFILE

蔡 俊行
フイナム・アンプラグド編集長 / フイナム、ガールフイナム統括編集長

フリー編集者を経て、編集と制作などを扱うプロダクション、株式会社ライノを設立。2004年フイナムを立ち上げる。

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