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COLUMN

ヒップなエディトリアルシンキング

  • Text_Toshiyuki Sai
  • Title&Illustration_Kenji Asazuma

第9回大口をあけて笑おう

年のせいか読んだ本や、観た映画の内容をすぐに忘れるようになった。小さい頃や若い頃に観たり読んだりしたものは比較的覚えているのだけど、最近のものは危ないくらい脳みそにひっかからない。もしかすると体の異変なのかなとも思うけど、まわりの友人たちに聞いても似たようなもんだから、あまり気にしないようにしている。

先日も初対面の人との会話で、最近「Netflix」で観た映画で面白かったのなんですか、と聞かれ、あれ? と口ごもってしまった。確か数日前に観た作品が面白かったなと頭に浮かんだが、タイトルがなんだったかまったく思い出せない。内容もおぼろげでシーンの断片は思い出すものの、どんな話かもわからない。かろうじて主演した女優さんの顔が頭に浮かんだのだが、その名前も出て来ない。ここまで出てるんだがなあ。お酒を飲みながらとか、飲んだ後に観るのはやめよう。

またコミュニケーションの話になるのだが、初めて会う人に話を振られる、あるいは振るときにはこういう話題はなかなかいい。雑談力というのがあまり高くないぼくのような人間でもなんとか会話が維持できる。こういう引き出しを持っておくと会話で困ることはないだろう。

編集者は人と会うのが仕事なのであるからね。なにかとこういう技術をポケットに忍ばせておいたほうがいいかもしれない。

例えばこんなこと
・欲しいもの
・最近はまっているもの・こと
・最近買ってものすごく生活に潤いがでたもの
・最近面白いと感じた、あるいは気になる、また生涯ベストの映画、本、音楽
・最近お腹をかかえて笑ったこと
・これまででいちばんの旅行先
・贈り物や手土産に何がいいか
・死ぬまでにやってみたいこと(バケツリスト)
・仕事のアイデア

この会話力、というか雑談力には性差があるという。脳の構造の違いが影響しているのだ。

アラン・ピーズとバーバラ・ピース著『話を聞かない男 地図が読めない女』が、この男脳と女脳の違いを解説している。

太古の昔、男は狩りに出かけ獲物を捕らえるのが役割だった。いつ獲物や敵が襲ってくるかわからない草原では、おしゃべりより空間認識の方が大切だった。

一方の女性は洞窟で子育てをしながら男が食料を持ってくるのを待っている。そこではまわりの女性と衝突せず、場を乱さない共感力とコミュニケーション能力が必要だった。

男女ともその能力に適合できないものはコミュニティからはじかれ、その遺伝子を後世に伝えることはできない。

もちろん例外もある。

男性でも会話が途切れず、ずっと喋っていられる人もいれば、逆に口数の少ない女性もいる。しかし仕事のように誰かと共同作業をするうえで、寡黙でいられてはあまり生産性は上がらなそうだ。むっつり真顔でいられる相手より、朗らかにおしゃべりしている人の方がとっつきやすい。

不機嫌は猫をも殺す?

先日、スタイリストの友人と自然派ワインとエスニックのお店に行った。店の雰囲気も客層もよく、ワインも豊富で食事も美味しい。いうことなしのレストランなのだが、ソムリエでありサービスしてくれる人の表情がむっつりで、愛想がないのである。こういう場合、なにかこちらに失礼があってはならないと、追加注文するときにもやたら気を使うのである。だからといってサービスが悪いわけではない。ただ表情だけが塩対応なのだ。

自分も含めてなんだが、こういう風にデフォルトの顔がむすっとしている人っている。悪気があるわけでも、悪意があるわけではない。しかしこれではいい波動は生じない。

生まれながらに笑い顔という人もいる。こういう人は多くの人に好かれ、人気者になれそうだ。誰もがそういう顔で生まれたかったに違いないが、遺伝ばかりはどうしようもない。

仕事もそうだがもっと広く人間社会を生き抜くうえで、表情というのはとても大切だ。欧米人がなぜいつも口角を上げて笑顔なのかというと、相手に敵意を見せないようにするためだという。石器時代以降、人口が増え小さな民族グループ集団の多かったユーラシア大陸は、集団同士の争い殺し合いが絶えなかったという歴史がある。握手も武器を手にしてませんという徴しというのは言うまでもない。

できれば笑顔でいるに越したことはない。

こんな風にいうとこれは生まれつきの顔なんです、なんて反応をする偏屈な人もいる。

しかし不機嫌は罪である。

人間は生まれながらに善人に設定されているから、不機嫌な人が目の前にいると機嫌を直してあげようと気をまわすようにできている。いつも不機嫌でいる人は、いつも誰かに構ってもらってワガママに育ってきたのである。気分屋で構われたがりなのである。いじけてもいつもお母さんに構ってもらったその体験をただひきづっているだけのガキなのである。

不機嫌が誰かを幸せにできるのであれば、いくらでも不機嫌でいてもらっても構わない。

すこしは周りを見回して愚かな自分を見つめなおすときである。

映画『ダークナイト』でジョーカーが、ギャングの親分にどうして自分の口が裂けているか理由を話しながら、その男を殺す。

「顔の傷がどうしてできたか知りたいか? 俺の親父は酒飲みで、残忍だった。ある夜、親父はいつも以上に荒れてた。母親は、キッチンからナイフを持ってきて自分の身を守った。親父はそれが気に食わなかった。俺の目の前で、親父は母親からナイフを奪い、笑いながら刺した。それから俺の方に向いて言ったんだ。”何でしかめ面してるんだ?”って。ナイフを持って近づいてきて、”何でしかめ面してるんだ?”って言うんだ。親父は、俺の口の中にナイフを入れて、”笑顔にしてやろう”って言って・・」

ぼくもあなたたちに聞きたい。

なんでしかめ面してるんだ?

PROFILE

蔡 俊行
フイナム・アンプラグド編集長 / フイナム、ガールフイナム統括編集長

フリー編集者を経て、編集と制作などを扱うプロダクション、株式会社ライノを設立。2004年フイナムを立ち上げる。

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