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BACK TO BAG vol.2 あの頃とこれから。バッグと巡る旅の記憶。
MONTHLY JOURNAL OCT.2020

BACK TO BAG vol.2
あの頃とこれから。バッグと巡る旅の記憶。

コロナ禍により失われた最たるものの1つに、旅があります。中でも、海外への旅はいまなおハードルが高いといえるでしょう。さて、旅の必需品といえばバッグということで、今回は旅とバッグにフォーカスしました。モノにはそれにまつわる記憶が刻印されていきますが、バッグにはとりわけ旅の記憶が刻まれます。辺境地へ向かう写真家、ニューヨークを毎年訪れるフードディレクター、アメリカを縦横する古着屋オーナーの3人に、旅とバッグについてお話を伺いました。コロナ禍が明けたら、あなたはどこへ行きたいですか?

01 写真家と辺境地。

PROFILE

阿部裕介
写真家

1989年、東京都生まれ。青山学院大学卒業。大学在学中にアジア、ヨーロッパを旅して得た情報を頼りに、ネパール大地震による被災地支援(2015年)や、女性強制労働問題、パキスタンの辺境に住む人々の普遍的な生活を撮影もしている。それと並行して、広告などの分野でも撮影を担当。
www.yusukeabephoto.com
instagram@abe_yusuke

バッグとカメラ。阿部さんのモノへのユニークな視点。

宿までは、バックパックなどをノースフェイクのバッグに入れて持っていく。

ー この大きなバッグは〈ザ・ノース・フェイス〉のですね?

阿部: 偽物です、これはノースフェイク(笑)。若かりし頃、ネパールで山登りをしたいけど、知識がなかったときにネットで石川直樹さんの道具を見て、見様見真似で偽物を買い集めていました。当時はそれでベースキャンプまで行っていましたが、びちょびちょになるし、寒くて本当に大変でした。

ー ギアの大切さが身に染みます。

阿部: そういう旅を20代前半にしていたら、2015年にネパールで大地震が起きたんです。それで鉛筆とかノート1000冊くらいを現地に送ろうと、ネパールで1500円ぐらいでこのバッグを売ってる友達から10個ぐらい買いました。薬やお米も中に入れて、ジープにくくりつけて現地に持って行ったんです。そのうちの1つを持って帰ってきたら、いい感じでそれ以来ずっと使っています。

ー 意外と使えてしまうものなのですね。

阿部: もちろんノースフェイクなので、ファスナーが壊れやすという欠点はあるんですが、まだ使えています。基本的に先にいろいろなことを決めておきたい性格で、例えばニューヨーク行ったらここでこれを食べるとか。決めておかないでテンパって、写真に集中できないというを避けたいんです。特にバッグは徹底的に決めてますね。

阿部さんが使い込んだ〈ザ・ノース・フェイス〉の「Cobra52 XP」。

ー 他のバッグはどのようなモノですか?

阿部: 他は全部、本物の〈ザ・ノース・フェイス〉のバッグですね(笑)。この白いバッグ、めちゃくちゃ頑丈なんですよ。フロントにもう一個網があって、ヘルメットとかアイゼンも入りますし、軽装備にしたいときは小さくもなります。これ1つで町歩きもと思っていたんですが、荷物が多いと旅人っぽいし、現地になじめないので結局街歩きには使っていないですね。昔から仲間外れになるのが嫌いなので、現地の方たちと変わらない服装でいたいなと。

旅の相棒は〈リコー(RICOH)〉の「GR」シリーズ。この日は「GR」と「GR III」の二つ。

ー 小さなカメラが2つあれば旅ができると聞きました。何を使われているんですか?

阿部: 〈リコー〉の「GR」シリーズです。故障や盗難に備えて2台持ちです。荷物が重いのが本当に苦手で、大きなカメラは基本的に持って行きません。初めて行く場所でどんな写真が撮れるか想像できないときは、まずは「GR」を持って行きます。

ー 広大なランドスケープ写真とかも撮られてますよね。

阿部: それも結構「GR」で撮ってますよ。旅のパターンは2つあって、1つが危ないとされる場所に行くとき。そういうときは取材がメインなので、最軽量にしています。iPhoneでも大丈夫です。もう1つは広告などの撮影で行くとき。広告にもなるので、大判や中判カメラを持っていくこともあります。こちらは行ったことのある場所が多いですね。

ー コンパクトカメラで撮られていると知って驚くひと、多いと思います。

阿部: カメラにこだわりがあるように見られるんですけど、実はそこまででもないんです。フィルムもデジタルも持っていて、ここ数年で何を持っていくか、試行錯誤してきました。去年の10月にパレスチナに行ったときもiPhoneで行くつもりだったんですが、たまたま羽田空港で「GR」が売っていて、買ったらいい感じで撮影できたんです。

ー 「GR」というと、広角やスナップ的なイメージがあるのですが。

阿部: モノは1つに絞った方が旅がしやすいと思ってます。念のために望遠レンズも、とか昔は考えてましたけど、遠くを撮りたかったら寄ればいいし、撮れなかったら諦めようって気分で行った方が、いい写真を撮れる確率が高くなってきたんです。「GR」はすごく優秀で、広告の撮影も十分できるので重宝しています。もちろん、大判や中判のカメラもすごく素敵な写真になるので、場所や何を撮るかにもよるんですけどね。

相手を悪者にさせないようにすべきこと。

ネパールへは毎年訪れ、写真を記録している。写真は2016から2019年の1年毎の移り変わり。

ー 行き先は何度も同じ場所を訪れているんですよね。

阿部: もうネパール辺りは数えきれないぐらい行きました。表面しか知らないよりも、根気強くやった方が詳しくなれるので、徹底的に同じ国に行っています。観光地巡りに満足できず、そこから一歩離れて、誰も見たことのない場所で写真が撮りたいんです。撮り始めてみたら、そこで5年10年撮りたいって気持ちにもなってきて。ひとの成長を撮ったり、記録に徹したいんです。まだまだ満足できていないですね。

ー どうして同じ場所に行かれるのでしょう。

阿部: 基本的にめんどくさいのが苦手なのと、新しい場所は怖いんですよ。同じ場所なら荷物も悩まないですし、小さな鞄1つで行けるのがベストです。

ー 荷物を軽くしたいというのは、高地はともかく平地でもそうなんですか?

阿部: 例えば、宿が見つからないときに、重たいバッグを背負って歩くのって大変なんです。初めて行った場所で、怖い、暗い、言葉がわからないとき、路地をうろつくのがすごいストレスで。疲れると写真を撮る気力もなくなりますし。半年に1度なら気にならないかもしれませんが、毎月行っているのでその度に疲れてはいられません。

パキスタン・ギルギットの路上は、昼と夜でまったく明るさが異なる。

ー 身近で参考にしているひとはいらっしゃいますか?

阿部: 友人の上出遼平さん(テレビ東京系列『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』の企画、演出、撮影、編集を手がける)は、着替えすら持っていかないそうです。洗濯中は裸で靴も1足。僕もパンツ1枚しか持っていかないですね。メリノウールなら臭くならないし、洗っているときはノーパンでもいいですし。1度絞ってから、バスタオルに置いて一緒に巻けば、それだけで乾きます。

ー 怖いとのことでしたが、旅の中でひとから危険な目に遭わされたりした経験はあるのでしょうか。

阿部: 僕はかなり警戒心が強いので、ないですね。1度だけ、ネパールでバイクに乗っていたときに、川の向こう岸から山賊っぽいひとが数名追いかけてきたことがありましたが、逃げ切れました(笑)。もし荷物を大量に持っていたら無理でしたね。相手を悪者にさせない手段は常に考えています。

ー 相手を悪者にさせないようにって考え方はユニークですね。

阿部: 重要だと思います。アフリカの本当に危ないところは、僕みたいなのは襲われる可能性があるので、そういう場所へ行くときは現地ガイドを付けます。昔から地元に不良が多かったので、不良に良くしてもらう術を知ってるかもしれません(笑)。これは危ないので真似しないで欲しいのですが、パキスタンではその土地を仕切っているひと(警察ではない)に賄賂を渡したことで、無事に撮影できたという経験もありました。

日本で教えられたことと、世界で見たことのギャップ。

パキスタン・フンザ地区の集会。阿部さんをやさしく迎え入れてくれた。

ー 初めての旅はインドだとお聞きしています。

阿部: インドは大学生のときから回っていて、卒業後もバイクで旅行しました。北部のカシミール地方でインド・パキスタン戦争が起こっていて、インド人はパキスタンを大嫌いだと言うんです。当時、僕はそこで高山病になったんですが、インド在住のパキスタン人の方に助けてもらいました。勝手にパキスタン人=悪人ていうイメージがあったのにすごく優しくしてくれて。誤解がないようにですが、どちらの国のひともいいひとたちですよ。インド人はやたらと文句を言うひとが多かった印象がありますが。

ー そこから〈ザ・ノース・フェイス〉の撮影で行かれたんですね。

阿部: そうなんですが、パキスタンへは危ないから行きたくないと思っていました。でも、世界中どこに行ってもいいという企画で1ヶ月ほど行ったら、気候、人、声のトーンとか、どれも素敵だなと。パキスタン=危険とメディアの情報に影響されていたので、頭の中では危ないという考えが残っていて、そのときに洗脳されていたんだと思いましたね。

今年はパキスタンにあるアフガニスタン難民キャンプの取材もしてきました。危険なところもあるので冷静に考えなきゃいけないんですけど、ひとが行かないところこそ、行くべきだと思っています。

ー 阿部さんは伝えたくて行くのか、それとも現状を見たくて行くのか、どちらなのでしょうか?

阿部: 伝えたいからですね。美味しい中華料理屋に、美味しいから行こうよっていうのの延長です。僕が伝えられる範囲は写真を好きになってくれるひとぐらいなので、誰が観てもすごいなって思ってくれるぐらいには、写真をレベルアップしたいですね。

ー 刷り込まれた先入観が覆されるというのは、旅の醍醐味の1つですよね。

阿部: 高校生のときは、教科書で勉強したことがすべてだと思っていました。そして、先生が言うことや、教科書に書いてあることが正しいことであると。しかしこんなに一方通行な教育なんだなと、いまとなっては思います。パリコレのランウェイにはアフガニスタンのデザイナーもいたし、映画の悪役みたいなヒゲモジャのひとも沢山いました。中東に対して怖いと思うひとは多いですが、優しいですし、真実は行かないとわかりません。高校生のときに思ってたことと、海外に行って思ったことが真逆すぎて、そこから真実を追い求める旅をしています。

ー それがまた写真の原動力になっていると。

阿部: 実は写真じゃなくてもいいんですけどね。僕はトークの方がいいと言われることもあって、確かにそうだなと。伝えたいことが明確なので、会って話した方が早いですし、実際トークショーとかの方が盛り上がるんです(笑)。あと、僕は作風や見た目で真面目そうと言われることが多いのですが、それにはギャップがあって、話したときのがキャラがちゃんと伝わるんですよね。

何をどう撮るかを自分で編み出すことが写真。

ー 最近、国内だと〈ザ・ノース・フェイス〉の撮影で屋久島に行かれていましたよね?

阿部: はい。屋久島に限らず森に興味があるんです。〈ザ・ノース・フェイス〉の撮影では、環境問題をベースに国を選んでいるんですが、実はパキスタンはアジアで初めてプラスチックを禁止した国でもあります。バッグはもちろん、スプーンもプラスチックは禁止で、アプリコットの木でつくるんです。日本でも最近プラスチックレスが始まりましたけど、そういう点では世界中で最下位ですから。

ー すみません、全然知りませんでした。

阿部: パキスタンにはカラコルム氷河というのがあって、目に見えて溶けてきています。そこから、まずいって彼らは気づいているんです。必死に環境問題に取り組んでいる姿から意識し始めて、調べているうちに森にたどり着きました。森がどのようにでき、どれだけ自然が大切なのかと。なので、まずは本を読み、ひとに会って話しを聞かないと写真を撮れないかもしれません。その方がアウトプットに落とし込みやすいですし、僕自身アートをつくっている意識はないので。

アフガニスタン難民キャンプにある八百屋。みんな笑顔で暮らしている。

阿部: 写真の撮り方も国によって違います。パキスタンやアフガニスタンでは、みんな自分の土地がピンチなことを必死にアピールしています。それが写真だと思うんです。日本ではみんな女の子の横顔を撮るし、ハレーションを起こした写真が流行れば、みんなそう撮るじゃないですか。僕はそれって写真じゃないと思います。自分で編み出すことが写真だと思うので。

ー 自分と対話して、作風や撮り方を突き詰めたほうがいいってことですよね。コロナ禍が自己対話の時間になったというひとも多いと思いますが、阿部さんはどう自粛期間を過ごされましたか?

阿部: 自粛中は溜まってた疲れが全部出ちゃって、写真は撮れなかったです。なので、まず毎朝10km走ろうとか、一旦健康になることを徹底しました。海外に半年行かなかったり、2ヶ月以上同じ土地にいるのも10年ぶりぐらいで。それまでめまぐるしく移動していたので、落ち着いて考える時間が増えましたね。

ー 最後に、コロナ禍が落ち着いて海外に行けるようになったらどこに行きたいですか?

阿部: いま行きたいのは、パレスチナのガザ地域です。コロナで騒がれる直前に取材で伺う予定でしたが、ロックダウンのためキャンセルに。元々、難民のひとに会うことが多かったので、彼らがどんな生活をして、どういう訴えをしてるのかを写真におさめたいんです。撮るだけでは何も変わりませんが、撮れるひとは撮るべきですよね。難民になる経緯はいろいろですがそういうひとたちのストーリーに興味があるんです。

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