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BACK TO BAG vol.2 あの頃とこれから。バッグと巡る旅の記憶。
MONTHLY JOURNAL OCT.2020

BACK TO BAG vol.2
あの頃とこれから。バッグと巡る旅の記憶。

コロナ禍により失われた最たるものの1つに、旅があります。中でも、海外への旅はいまなおハードルが高いといえるでしょう。さて、旅の必需品といえばバッグということで、今回は旅とバッグにフォーカスしました。モノにはそれにまつわる記憶が刻印されていきますが、バッグにはとりわけ旅の記憶が刻まれます。辺境地へ向かう写真家、ニューヨークを毎年訪れるフードディレクター、アメリカを縦横する古着屋オーナーの3人に、旅とバッグについてお話を伺いました。コロナ禍が明けたら、あなたはどこへ行きたいですか?

02 フードディレクターとニューヨーク。

PROFILE

フードディレクター、「Dress the Food」主宰

CMや広告、雑誌などで幅広く活躍するフードディレクター。モノクロの人物写真の上に野菜などの食材を乗せて撮影する作品「Food On A Photograph」が注目を集め、個展を開くなどアート × フードの活動も話題に。食に目覚めたきっかけなどそのルーツはこちら(ごちそうさまに生きる人。 フードスタイリスト 「Dress the Food」主宰 薫)の記事からどうぞ。
www.dressthefood.com
instagram@dressthefoodkaoru

旅先で買った旅バッグ。

機内にはデンマークのレインウェアブランド〈レインズ(RAINS)〉のバッグを持ち込む。

ー このバッグにはどこの旅先の思い出が詰まっていますか?

薫: ほぼニューヨークですね。近年、ニューヨークに固執していると言ってもいいくらいで。ニューヨークで頑張りたくて、ここ数年、年に最低2回は行ってます。この〈レインズ〉のバッグは、帰国するときに荷物が入らず、現地で買いました。

ー 選んだ際の基準はありましたか?

薫: これはいっぱい入るし、軽いし、ファスナーが防水仕様で、移動時に放り投げたりしても引っかからないのがいいですね。ソーホーのそのお店のスタッフもいい人で、私が展示を初めてニューヨークでやったときも来てくれて。ストリートなひとだったので、顔出してくれて「Yo congrats ! (ヨーおめでとう!)」って言ってストリート特有の腕握手みたいなのをしてすぐに帰っていきましたね(笑)。顔を出すことが大事っていうカルチャーだということです。

ー その後、バッグはどのように使っているものなのでしょう。

薫: よく食器を買って帰るんですが、巨大な食器を入れて、機内に持ち込みます。これはニューヨークの友人で陶芸家のシノ(タケダ)さんの作品で、向こうに行った特典なんですよ。彼女は日本では大きな作品を販売していないですし、重いので預け荷物に入れると重量オーバーしてしまいます。何より、こんな大事なものを割ってしまうなんで考えられない(笑)。なので器を洋服でぐるぐる巻きにしてこのバッグに入れてものすごく気をつけて持ち帰ります。

ー いつ頃からニューヨークに行かれているんですか?

薫: 定期的に行き始めたのは4、5年前くらいで、海外のフードシーンを知りたかったんです。向こうでは、世界でもトップのフードスタイリストの方の現場に入れてもらったりしています。だいたい春と秋頃になるんですが「この時期に行こうと思っているけれど現場に入れる?」と彼女に聞いて「いくつか現場があるわよ」などと返事があったら、そのタイミングで行こうかなと。彼女の撮影を優先して、その他の時間で行きたい場所や会いたいひとに会います。

旅先で買った旅バッグ。

2019年に発表した「Food On A Model」シリーズの1つ『ALEXA』。

ー どの国に行ってもフードカルチャーというものはあるわけですが、中でもニューヨークを選ばれた理由はありますか?

薫: 前述の有名なフードスタイリストの方が、写真家のアーヴィング・ペンと10年ほど『ヴォーグ』のフードページを一緒にやっていた方なんです。彼女がある日、私の「Food On A Photograph」の作品をインスタにリポストしてくれて。それでニューヨークかな。呼ばれてるかもって、思い込むことにしました(笑)。そこからですね、ニューヨークにこだわりだしたのは。それで初訪問時に、本屋さんとかに自分のZINEを売り込んだりしたことで、ニューヨークでの関係性がだんだんできてきたんですが、その人脈を途絶えさせちゃうのはダメだなと。

ー 同じ場所に行き続けるというのは珍しいですよね。

薫: ニューヨークは初対面のときが一番興味を持ってもらえる確率が高いという体感がありました。お会いした編集者などもどんどん質問してくれたんです。でも、2回目にも挨拶に行ったら「今回は何をしに来たの?」って感じで、常に新しい何かを持って来ることを求められます。東京でだらっとしちゃうときには、ニューヨークに今度いつ行くからそれまでにこれをやろうとか、ブック制作もちゃんとしようなどと思えて、いい刺激にもなっています。ニューヨークへ行くことをルーティンにすることで、人との関係性と自分のモチベーションを保つ場所になっているので、旅というよりも修行みたいな感覚に近いかもしれないですね。

2018年の作品『Watch out!』。

2018年にニューヨークでつくった作品『Fresh On Set』。

ー 同じニューヨークへ行くでも、息抜きの旅行と、薫さんのように挑戦しに行くのでは位置付けが違いますよね。

薫: そうですね。あとは現地の友達ができたことも大きくて。おじいさんや自分より若い子とか年齢も性別もさまざまなひとと友達になりました。みんな考えてることもバラバラですし、東京にいるときとは全く違う会話やモノの捉え方に触れるのも楽しみです。ニューヨークに行く理由は、フードと友達とワーク、この3つですね。

ー ニューヨークには、1度にどれぐらい滞在しますか?

薫: 最低2週間強。これぐらいじゃないと、現地で出会ったひとに仕事に誘われても対応できないんです。2週間くらいいると次につながるお話とかなにかしらあるんですよ。長い場合は、ビザギリギリの三ヶ月弱いることもあります。

ファーマーズマーケット、人間関係。

ー コロナ禍がなければ、いまはニューヨークにいるくらいの時期ですかね。

薫: 正に行く予定だったんですよね…。ちょうど夏終わりから秋にかけて、ファーマーズマーケットが夏と秋の食材が入れ替わる時期で、向こう特有のカラフルなトマトから、秋のリンゴに移って行くんです。ファーマーズマーケットって食材を見るのが面白いんですよ。

薫: ニューヨークのファーマーズマーケットではそのまま畑から持って来ましたみたいな感じで食材をドーンっと置いてあって、葉っぱも全部つきっぱなしの、いまこれが旬! という、食材の生き生きとした姿が見られます。つくり手と繋がっている実感もより湧きますね。仕事の合間にファーマーズマーケットで買ってお昼を公園で食べるとか、買いだめせずに今日はこれを買ってつくろうとか。お魚もお肉もチーズもパンも全部あるので、作り手に相談しながら買えるし、ファーマーズマーケットで大体揃うんです。

ー ニューヨークでは、レストランに食べに行ったりも頻繁にしますか?

薫: 相当調べて行きますし、現地で会った味覚が合うひとの情報は信頼していますね。あとは好きなファーマーズマーケットの食材を使っているお店とかもチェックします。エスニックの範囲が広いから、ギリシャ料理や中東料理もすごい美味しいんですよ。あと、スパイスの使い方がうまいお店が多いですね。

ー 現地ではどこに泊まっているんですか?

薫: 友達の家に泊まらせてもらったりしています。最初は「Airbnb」だったんですが、高いんですよね。あるとき、ブルックリンの建物の3階に泊まったら、2階のひととすごい仲良くなったんです。日本のブランドでデザイナーをしているアメリカ人の奥さんと、イギリス人フォトグラファーの旦那さんのご夫婦なのですが、二人が日本に来るタイミングで、入れ替わりで私が向こうに泊まりに行くということができるようになって。いまはそれが一番いい泊まり方ですね。

ー 日本だとあまり聞かない関係性ですよね。

薫: それはニューヨークならではだなと。仲良くなったら家に呼んでもらって、またそのひとの友達を紹介してもらってみたいな。誰々も呼ぶねっていう文化が普通にあって、呼ばれて行ったら知らないひともいるとか、たまたま居合わせたひとと友達になるとか、関係性が広がりやすいんです。

薫さんのニューヨークのお友達。年代問わず、さまざまなひとと交流している。

東京だと縦横の関係とか、敬語がありますが、小さい頃にアメリカに住んでいたので、敬語は結構ハードルが高く感じてしまうんです。きっちり使うとその時点で上下の関係性とか、距離感ができてしまって。英語は普段の会話では敬語がないので80代のおじいちゃんとも、10代とも友達になれる。みんなを「friend(フレンド)」って呼べるのが好きですね。

ー それはニューヨークがオープンマインドとエネルギッシュな街だからっていうのがあるのかもしれませんね。

薫: みんなが基本受け入れ態勢だったり、興味を持ってくれますね。例えば、料理専門の本屋さんに行くとシェフや料理関係者と出会すことが多いんですが、そこで「その本なに?」「どのお店の話?」とか聞くと輪ができたり、気が合えば連絡先を交換したりもします。自分が声をかける勇気さえあれば、会いたいひとに会えたり、行きたいところにいけたりするんじゃないかな。

ー 会いたい人に会うチャンスがある街だなとも思うんですが、さっき話されたように2回目に会ったときに相手に何を与えられるかっていうのがないと意味のない街でもあるんですか?

薫: ビジネスと友情は違いますよ。クリエイターとして認められたいって気持ちで行くときは、ビジネス関係のひとたちと「今こういうことやってるよ」っていう話ができた方がいい。そのときはクリエイターとして進化していないと興味を持ってもらえないかもしれません。毎日同じようにアンビシャスなひと達が訪れている訳なので、進化していないと忘れられちゃいますよね。ただ、単純に会う友達とかはそんなシビアな関係ではないです。

アメリカでの経験が変えた仕事への取り組み。

ー ニューヨークと日本でフードスタイリングのシーンって違うんですか?

薫: 全然違いますし、それが行く理由でもあります。一番の違いは、食材をある種ファッション的な感覚で撮っている部分だと感じています。食べ物をファッションシューティングするように撮るといいますか、表現方法が全然違う気がします。

薫さんの撮影時の必需品たち。ハケやピンセット、小さなスプーンなどを使用した細かな作業が要求される。
トレーはアメリカの丈夫な給食用。

薫: 日本では、食べ物をいかに美味しそうに見せるかを追及する場面が多いのに対して、あちらではもう少し遊びの余白というか、表現や個々のクリエイティヴィティーを求められるイメージです。クライアントがいたとして、こういうことを表現して欲しいという依頼が来たとします。そこで、スタイリストとフォトグラファーでクレイジーなアイディアを出し合って、NGぎりぎりまで攻めたことをやってみるというような場面もあったり。もちろんすべての案件でそうという訳ではないですが。

ー ニューヨークに行って、ご自身の表現は影響を受けたと思いますか?

薫: 受けたと思います。ニューヨークで入らせてもらうスタイリストの現場は毎回全然違っていて、どれも新たな発見だらけでした。周りのクリエイターも彼女のようにトップレベルの方が多いので、そのときに得たものを大事にしています。東京でもそのときの感覚を思い出しながら現場に入るようにしていて、日本で全然違う現場だとしても、あのひとたちだったらどうしてるかなって考えたりしますね。

薫: そういう気持ちでやると自然に変わりました。より遊んでみるとか、自由に考えてみるとか、提案することですね。自粛期間中、「インスタグラム」のストーリーズで日々のお料理の工程やレシピなどを毎日アップしていました。その活動をきっかけに、それを熱心に見てくださっていた方たちとの関わり合いや、最近はお仕事の方向性もやや変わってきているように思います。

ー ストーリーズによって、仕事の発注が変わったというのは?

薫: 具体的には雑誌『シュプール』さんから、ストーリーズでやっていたことをそのままやりたいですってお話をいただけただけて。そのストーリーズは食べ物を歴史の観点から紐解いて楽しんでいくという内容で、始まりはブラックライブズマターからでした。みんながマインドを変えないといけない深刻な出来事を、どうにか知ってもらいたいと思って。私に興味を持ってくださっているひとは食が好きな方がほとんどだと思ったので、食の観点からブラックライブズマターを紐解いたんです。

ー それは、どういうことなのでしょうか?

薫: アフリカンアメリカンのひとが作ってきたソウルフードというジャンルってなんだろうっていうことから、フライドチキンやポテトサラダとか、日本人にとって身近な料理だけど、実は知らない歴史的な部分を勉強していくというものです。毎日頭痛がするくらい、勉強しました。その甲斐あって、『シュプール』さんからそういう目線でレシピとヴィジュアルを作って欲しいというお話をいただけたんですが、そのときに好きな写真家のTOKIさんとご一緒できたことや、現場で編集の方が寛容で、かなり自由な表現をさせていただき、その辺りからファッションの方とお仕事する機会が増えましたね。

ー それはいいですね。ニューヨーク以外で食のルーツをたどるような旅は行かれたりしますか?

薫: ほんとは行きたいんですけど、いまニューヨークに固執してしまっている分難しくて。コロナでこういう風になったから、一旦離れてみてもいいのかなって思うんですけど、迷いどころです。コロナが明けたらすぐにニューヨークに行くのか、その時になってみないとわからないですね。

ー 近場では、アジア圏内もご飯は美味しいですよね。そっち方面は行かれないんですか?

薫: 近年行ってなくて、行きたいという気持ちはあります。学生時代に1年間上海で暮らしたんですが、そのときに上海のご飯は最強だなと思っていました。中国全土から出稼ぎに来るひとで溢れていたので、いろんな州の料理が集まってくるんです。何でも食べられて、物価も安い。上海料理ってものによってはとても繊細で出汁が効いてて美味しくて、やっぱり中華料理ってすごい、と思いましたね。

ー 他にもアジア圏内は行かれましたか?

薫: 学生時代に結構行ったんですよね。タイとかインドネシアとか、中国もいろんな地方に行ったし。なので、何となくアジアはいろいろ食べた気になっちゃってます(笑)。もちろんまた行きたいです。

ー では、コロナ禍がもし明けたら、ニューヨーク以外で行きたいところはどこでしょう。

薫: いつかスペインには必ず行きたいんですよ。食べ物が美味しいっていろんな人から聞きますし、この仕事やってる身としては行ってみたいです。ただの食いしん坊精神でもありますが(笑)。

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