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加賀美さんと梶さんに質問です。 「カッコいい」ってなんですか?
What is Cool?

加賀美さんと梶さんに質問です。
「カッコいい」ってなんですか?

現代美術作家の加賀美健さんと、スタイリストでありファッションブランド〈サンセサンセ(SANSE SANSE)〉のディレクターでもあるの梶雄太さんは、古くからの友人同士。ふたりのは何事に対してもフラットな目線をもち、誰にも媚びず、独自のスタンスを貫いていてカッコいい。単に奇をてらうのではなく、きちんと意味があって筋が通っているのです。そんなおふたりに「カッコいい」について語ってもらいました。いつになく真面目(?)なトーンで話す加賀美さんと梶さんによる回答は、表現者として持っていたい矜持のようなものでした。

ファッションもアートもオチが必要。

ー 今回は「カッコいい」をテーマに話したいんですが、まずファッションに関して、おふたりはいわゆるメインストリームに対して距離を置いている印象なんです。

加賀美:自分たちはメインストリームだと思ってやってるんだけどね(笑)。

梶:そうだよ! 俺もメインだと思って超やってるよ(笑)。

一同:

加賀美:だけどズレてるってことでしょ、それがいいんだよね。

ー おふたりの表現を見ていると、メインには行かないというか、どこかアンチな姿勢が見え隠れするというか。

加賀美:行かないっていうよりも、呼ばれたら行きたいと思ってるよ。だけど、だからといって浮足立つようなことはしたくない。仲のいい写真家の題府(基之)くんだって〈ルイ・ヴィトン〉の写真撮ってるのに、全然普段と変わらない。それがカッコいいんだよね。

梶:俺はスタイリストだし、メインストリームで絶えず動いていると思ってる。ファッションのメインを分かっていないと仕事にならないから。健くんはアーティストだけど、きっと肌感覚ではメインストリームについて理解してると思うよ。だけど、話をファッションっていう言葉で括ってしまうと狭くなっちゃうんだよね。

加賀美:そうかもね。日本のファッショニスタとかインフルエンサーと呼ばれる人たちって、ファッションしか見てないような気がする。もちろんアートとかも見ているんだけど、立ち位置がすごく中途半端な感じがするんだよね。でも世間的には“すごい人”って認知されてるでしょ。だからこの人はアートに対してもすごい審美眼を持った人なんだって思われがちというかさ。

梶:結局、ファッションというフィルターを通したモノの見方になっているんだよね。それをやめて、もっと俯瞰で眺めることによって自由になれるはずなんだけど、ファッションにしがみついてそれができない。

ー やはりおふたりは、中心地よりちょっと離れたところからモノを眺めていますよね。

加賀美:20年くらい前にふたりでよくディキシーダイナーとか行って話したよね。「あの作品見た?」とか、「あれはカッコいい」「あれはダサい」って。

梶:そうだね。あと、「あの子かわいくない?」とかね(笑)。

加賀美:そうそう(笑)。そうやって話し合いながら、お互いの感覚を認識しあってた。

ー 「ダサい」っていうのはラクだし分かりやすいと思うんです。だけど、一方で「カッコいい」というのは理解しづらかったり、言語化できない何かがあるような気がします。

梶:「カッコいい」って強いよね。それに、俺たちいまだに「何がカッコいいかな」ってカッコいいを探してる。それがいちばんの原動力というか、大切にしているものだよね。

加賀美:お互い結婚して子供も生まれたけど、いまだにモテたいって思ってるしね。それがなくなったら一気にカッコ悪くなると思う。

一同:

梶:俺ってさ、みんなから自然体って言われるんだけど、実はカッコつけてるんだよ。

加賀美:そうそう! 俺もそう!

梶:「ゆるくていいですねー」とか言われるんだけど、カッコはつけてるんだよね。最先端いってると思うんだけど。

ー 今年上がったフイナムの記事で、梶さんは「満点である必要がない」と仰っていました。

梶:カッコつけてはいるけど、そう言えるのもカッコいいじゃんってことかな。つまり、カッコつけ方の質を高めようっていうこと。満点なんてないし、カッコいいにも正解はないから。

加賀美:かっこいいの方向性もみんなそれぞれちがうからね。俺が「やべぇ、これ超カッコいいじゃん」って言うと、周りにいる人にキョトンとされることがあって。「どうしてそれがカッコいいんですか?」って言われたりする。

梶:だからカッコいいって難しい。

ー 「カッコいい」という言葉にはいろんな意味が含まれるような気がします。英語にすると“Cool”だけど、そこには“Smart”であったり“Unique”という意味も入っているのではないかと。ファッションの話題に話を戻すと、“おしゃれ”という要素も「カッコいい」の中に含まれているはずなんですが、おしゃれすぎると逆に頑張りすぎているような気がして、意味が変わってくるような気がするんです。

加賀美:ハイブランドの服を全身着てても、別にカッコいいとは思わないもんね。おしゃれの質にもよるのかもしれない。

梶:おしゃれの質だよ。おしゃれすること自体を俺たちは否定していない。なぜなら俺も健くんもおしゃれを楽しんでいるからさ。着飾るんじゃなくて、着ることを楽しむのはいいことだと思う。Tシャツ1枚でも、それを選んだプロセスとかに意味があって。その1枚を着て楽しむことを、本来は「着飾る」というのかもしれないよね。ファッション業界には、それができてない人が多い気がする。

加賀美:いろいろ足し算しちゃうんだろうね。

梶:それが課題だよね。これはファッション業界に限らず、どの分野にも当てはまると思うんだけど、その業界にいればいるほど頭でっかちになってしまう。これが人気とか、こういう組み合わせが正解とか、雑誌も一時期「HOW TO」ってなってたじゃん。きっとお店でも同じことが言われてたんだと思う。ファッションの人たちがそれに対して真面目になりすぎてたから、逆におしゃれじゃなくなってしまったんじゃないかな。ファッションってもっと自由でいいはずなんだけど、ルールに収まっちゃうというかさ。

加賀美:おしゃれを気にしている人は、いつもすごいキメて会社に行くの? 企業に勤めたことないから想像だけど、専門学校みたいな雰囲気で、負けてられないって感じで、いいブランドのアウターとか着たり、ツバの広いハットをかぶったりしてるのかな。どうなんだろう?

ー 企業それぞれのムードにもよると思います。どの会社も必ずしもキメキメにおしゃれしている感じではなさそうですが。

加賀美:俺がかっこいいと思うのは、メインストリームとはある程度距離を取りながらおしゃれをしている人。メインを知りながら、それとは距離を取って、だけどなんとなく匂わせるというか。

梶:たしかに。かすかに感じさせるか、もしくは自己満で終わらせない方法をもっているといいのかも。たとえば、笑いに振るとかね。ツバの広い帽子をかぶる気持ちっていうのは、ひとつのエネルギーなわけだから、それを他に転換させるというかさ。

加賀美:もっとツバを広くしたらいいんじゃない? 出社してドアから入ってくるときに、ツバの両端が「ガンッ!」ってぶつかっちゃうくらい(笑)。

一同:

梶:そうそう、そこまでするとおしゃれだよ!

加賀美:やるならそれくらいしたらいいのにね。

梶:ツバが広すぎるのは極端かもしれないけど、オチは必要だよね。それによってみんなとコミュニケーション取れるわけだから。

ー 「ファッションにもオチが必要」。これはメモを取る箇所ですね。

加賀美:アートもそうだよ。オチがあるアートはおもしろい。おしゃれすぎると、「オチがねーな」って思っちゃう。服もおなじだよね。最終的にオトすことが大事なんだね。

梶:ファッションもアートもオチが大事。表現の好き嫌いは別として、消化はできるから。意見を交わせるわけじゃん。ひとりで完結しちゃうとツッコミようがなくなるしね。

加賀美:〈サンセサンセ〉も、白い学ランがあったじゃん。すぐに「Lサイズくださーい」ってなったよ(笑)。

梶:あれもネタじゃなくて、おしゃれだと思ってつくってる。あの服を着てクルマ乗りたいって思ったし。ガソリンスタンドの人とか、どういう顔するんだろう? って思うじゃん。俺は普段大きめのSUVに乗ってるんだけど、そんなクルマに乗って白い学ラン着てるやつ来るんだよ?

加賀美:理解するのに時間かかるだろうね(笑)。

梶:白バイとかも二度見するだろうね(笑)。そういうのを含めて毎日おもしろくなるだろうなって。

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