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Retreat for tomorrow. Vol.2三拠点生活がもたらした移動そのものに見出すリトリート。
MONTHLY JOURNAL Jan. 2022

Retreat for tomorrow. Vol.2
三拠点生活がもたらした
移動そのものに見出すリトリート。

日常から離れ、自分の心とカラダと向き合う「リトリート」。横文字だとちょっとお飾り感が強い言葉ではありますが、要は休息してリフレッシュするということ。つまりは、せわしなく生きる現代人にとってはとても重要なことなのです。今回は、東京〜御代田〜伊那谷という三拠点生活を送る編集者・プランナーの村松亮さんに、その暮らしぶりがどのように心身に作用しているのか、そしてリトリートに必要なことを一緒に考えてもらいました。

  • Photo_noru journal/ 住まいnet信州 / Ryo Muramatsu
  • Text_Shinri Kobayashi
  • Edit_Ryo Komuta

身体こそ強い記憶装置。

ー ちょっと話を戻しますね。フィジカルな移動をすることで、スマホ越しの情報ではなく、フィジカル=身体を通じて得られる情報というのもすごく重要だなと思うんです。

村松:そうですね。ある意味、自分のカラダって、センシングじゃないですか。情報の取り方一つもマネジメントだなと思うんです。僕は当時高城剛さんが発信されていた情報ダイエットにそのまんま影響を受けて、二十歳くらいでテレビを手放していて、今も観たいものはYouTubeやTverで観ています。

村松:情報を何を通して取り入れるか、それで色々なことが決まるかなと思います。例えばどうやって身を以て体験するのか。常々思うのは、自分が学生時代に机の上で学んできたことは、何一つ身についていない。植物の名前もたいして覚えてないし、星座もいまいちわからない。いまや子どもたちの方が詳しいくらいです。

個人的な感覚だけでいうと、フィジカルという一つの装置を使わないと、身に付かないというか、カラダを使って覚えたことってそうそう忘れない。知識ひとつとっても、ではどうやって身につけていくかというのはよく考えますね。だから、その過程でどうカラダを休ませるか、フレッシュで良い状態をキープしておくかは重要だなと。

「noru journal」的に言うと、常々自分のカラダこそ乗り物だという意識があるんです。カラダをどう乗りこなすか、これは永遠の課題なんです。例えば、運動しなきゃ当然動きづらくなるし、深夜にラーメンを食べたら次の日の胃に残っていてカラダは重たいわけです。自分のカラダの感度は改めて重要だなと。だから休ませたり、移動してスイッチを切り替えたり。僕の場合は東京にずっといなさいと言われたら切り替わらないし、ある程度フィジカルな移動をしないと、緩急が付かない感じがありますね。

御代田のご自宅の書斎。

ー フィジカルを移動させてとりあえず意識を切り替えるということにも通じるかもしれないんですが、リトリートは、ヨガをするにしてもホテルでやったりとか、断食道場に通ったりとか、そういう強制力が重要なのかなと思うんです。

村松:なるほど。実は年末にクリスマスのオーナメントを庭で採集していたら、珍しくヒノキの木で肌がかぶれてしまって、病院でステロイドの塗り薬をもらったんですが、なるべくなら使いたくなかったので、別の東洋医学にも精通している先生に診てもらい、断食をすすめられました。それで年始に数日間やったんですけど、治すという目的の断食だったこともあって全然苦じゃなかったんですね。

東京に住んでいたときも断食はやってみたりしていましたが、あくまでライフスタイルとしての断食というか、続ける理由も明確になかったので、毎回そこまで厳密にやってなかったんです(笑)。すごく当たり前のこと言ってますけど、目的こそ大事だなって。

村松:伊那谷と東京の二拠点生活をしていたときは、家族と会うためという休む目的が明確でした。今はうっかりすると、御代田なら平日でも家族と会えるし、つい休むことも忘れてしまうんです(笑)。だから、休むこと一つとっても、目的が大切で、多拠点をするようになって、それまでは手段だった移動が、目的としての移動になっていった。休むことも、移動することも、目的を持つことで濃度も上がって、違う意味を持つようになったな、と改めて思いますね。

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