このお店のこだわり、その一端。

ビリヤニは、マトン、チキン、オマール(海老)の全部で3種類。写真はマトンビリヤニで、付け合わせにライタが付く。
ー おいしさを科学するという話は面白いですね。ぜひ詳しく聞きたいです。
たとえば、おいしく感じる状態の一つとして、生物として栄養を吸収しやすい状態があるんじゃないかなと。たとえば料理の味そのものではなく、生物的にこれを摂取すると脳が喜ぶというような。それを突き詰めたのが「二郎ラーメン」なんじゃないかなと思うんですよね。グルタミン酸を大量に合わせると、塩分をせっせと口に運べるみたいに、何か脳に訴えかけているのかもしれない。
とにかく、何かをおいしいと感じる状態は結構絞られるので、そこにたどり着くための方向をいろいろな角度から導き出して料理をつくっているんです。
ー つまり、条件を変えてどういう結果が出るみたいな、研究のようなこともしていると?
それは、店を始める段階ではなく、もう最初からですよね。最近ようやく別の流れが出てきたけど、これまでのスパイス業界におけるゴール設定は、インドの本場のおいしさだったんですよ。でも、日本でやっている限りはその劣化版になってしまう。ぼくも最初はインドの味を日本で再現して誰でも食べれるようにしようと思っていたんですけど、それならインドに食べに行けばいいじゃんと。そこから先は、単純にビリヤニをよりおいしくするには、どうしたらいいかっていうことをただ1人で研究してます。だから、ゴール設定はただおいしいビリヤニをつくること。
ー シンプルな答えですね。
一旦その前に、“おいしさ”について説明しておくと、習慣のおいしさともの自体のおいしさの二種類があるとぼくは思うんです。習慣のおいしさは、味噌汁のようにそれを食べると安心感を得るようなもの。物自体のおいしさは、初めて食べる人でもおいしいと思うもの。ビリヤニは、物自体のおいしさの割合が大きい料理だと思っていて、ちゃんと物自体のおいしさを突き詰めていけば、日本人でも、インド人でも誰が食べてもおいしく感じる。そこを目指しています。

ー そのおいしさの秘密を少しだけ解剖していきたいんですが、大澤さんのビリヤニはお皿に盛られた時に、黄色に染まっていない白い米がかなり残っていて、それが珍しいですよね。
一体感があるのがビリヤニではあるんですけど、どこを食べても同じ味だと飽きてしまうので、ひと皿の中でいろんな味を楽しめるように、レイヤーをつくってます。実は、インドは地域や町によってビリヤニの味が違っていて、ビリヤニがまだらなものと一色の地域があります。うちは盛り方でわざとそうしているのと、鍋がこれだけでかいので単純に混ざらない(笑)。

ー 下ごしらえとして、大量の玉ねぎを揚げていると。炒めるのではなく。
高温で揚げると苦味が出てしまうのですが、低温で長時間揚げることで苦味を出さずにすべて旨味に変えることができます。

ー 炊き上がった鍋の中を見るとお米が立っている! そして食べるとお米が本当にふわふわです。
蒸気が抜けるときに米が立ちます。あと、炊くときにお米を寝かせて敷いていきます。そのために、40回くらいに分けてお米を鍋の中に入れています。
ー 合わせる飲み物は、コーラを強くプッシュしています。しかもお客に提供するタイミングは、大澤さんが見極める。
スパイスを摂取して、口の中がちょうどいいタイミングを見計らって出します。以前はマイナス1度のコーラでしたが、いまはマイナス2度にしています。

ー スプーンも、ホーローでコーティングされているものをわざわざ使っているとか。
金属だと味を邪魔してしまうのと、プラスチックでは匂いが移る。その点ホーローは無味で匂いも移りません。

ー このカウンターのみで、ビリヤニと向き合うシステムも独特です。
別にいいんですけど、以前のお店でビリヤニを提供したときに、お客さん同士でずっと話をされていて、ビリヤニが乾いてカピカピになっちゃったことが結構あったんです。そういうことは絶対に起きないように、提供した瞬間に食べる以外の選択肢がない空間にしました。BGMもないし、一度にできる最大予約人数は3人なので、知り合いは最大3人。あとは知らない人になるから、あまり話す感じでもなくなるんですよね。
ー 大澤さんは、経堂のレストラン「ガラムマサラ」で働いた経歴もあるので、他にもいろいろなスパイス料理がつくれるわけですよね。付け合わせとか、別のスパイス料理までメニューの幅を広げることは考えなかったんですか?
ビリヤニにこれだけ入れ上げているのは、ビリヤニのポテンシャルを信じているから。一皿でこれだけの満足感を提供できるものは他にないんですよ。たとえば、店の夜営業だと、マトンビリヤニはレギュラーサイズが2,200円で、フルサイズが3,000円。土曜のチキンもそう。オマールのビリヤニは一人前5,500円なんですけど、安くないその金額で出てくるのは米料理一皿だけ。でも、満足感は提供できている自負はあるんです。それができるのはビリヤニという料理だけだなと。まあ、1年後には潰れているかもしれないけど(笑)。
ー (笑)。まあ、でも他の料理は不要ということですよね。
ビリヤニはすごいポテンシャルの高い料理なので、おいしくつくれたら、それ一つだけですごい満足感を提供できるんです。ビリヤニ以外を提供するっていうのは、実は楽なんです。ビリヤニで失敗したとしても、他のメニューがおいしければ、満足することはできるわけなので。逆に、うちは米炊くのに失敗したら終わり。だからぼくに言わせると、ビリヤニ以外のメニューの付け合わせがあるのは、もう甘えなんです。以前、有名な寿司職人がここに食べにいらした時に、「ここは崖っぷちの店だね。炊くのに失敗したら、もう終わりだから」と。確かにそうなんですよね。
ー それは毎日、毎回が勝負ですね。だからなのか、なんとなくこのお店には緊張感を感じますね(笑)。
はい、ぼくも命をかけてつくっています。おいしくなかったら、すぐ潰れてしまいますから。