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COLUMN

シッティング・ハイ

文・大島依提亜(おおしま・いであ)

幼少期にはまって以来、自主制作に明け暮れた学生時代を経て、いまや映画まわりのグラフィックデザインを生業としている。このコラムは、そんな映画に魅せられた大島依提亜さんが書き手です。懐かしいものから、いま流行りのものまで、なんとなしに語っていきます。第一回目は、タイトルの “シッティング・ハイ” にまつわる話。痛みと多幸感は背中あわせ、ですよね?

episode 1 機内映画

飛行機の中で観る映画がたまらなく好きだ。

映画好きを公言している上に、業界のほんの端っこではあるものの、映画にまつわる仕事をする身としては、声高に言うことではないのかもしれない。けれど、ひとたび海外旅行などの長時間フライトとなれば、旅の楽しみの半分はそれと言わんばかりに、搭乗後すぐさま機内上映作品のラインナップの冊子に手をのばす。

着いてすぐ仕事という出張の場合でも、きちんと機内で睡眠をとっておかなければならないところ、あの作品この作品…と気になって結局は8時間ぶっ通しで観てしまい、着いてからへろへろというのも一度や二度のことではない。

とはいえ、前の座席の裏側に申し訳なさそうに貼り付いているあのちっぽけな液晶画面を凝視し、飛行機の轟音の中、チープな付属イヤホンから聞こえる音声に耳をそばだてるというのは、映画を鑑賞する場としてはなかなかの劣悪環境である。

なので、飛行機で観る映画のジャンルには向き不向きがある。例えばホラーやサスペンスあるいは重厚なドラマなどの、画面が暗く静かな映画はあまり適さない。

以前機内で、オリバー・ストーン監督が9.11同時多発テロを描いた『ワールド・トレード・センター』を観たのだけど、物語の大半が、崩壊したビルで生き埋めになったニコラス・ケイジとマイケル・ペーニャのシーンで、ほとんどの場面が暗闇だったため、機内の液晶画面で見るにはもはや黒みでしかなく、ただひたすら、二人が力なく励まし合う声のみに耳を傾けていた。音だけ聞いた映画を “鑑賞” したことになるのかどうかはともかく、いい映画だった、気がする。

では機内映画に適した映画とは何か。それは間違いなくコメディ映画である。

ちょっと乱暴な分類だが、コメディ映画は画面が明るく、登場人物はだいたい声が大きく、時にはがなり立てる。もしくは物言わずとも、おどけた表情や仕草、派手な動作をしてくれるので、機内の劣悪な環境下でもすこぶる観やすい。

機内で最初に開眼したコメディ映画は『ミーン・ガールズ』(2004)だったかと思う(どの旅で観たのかは定かではないが、着いた先でもこの映画のことで頭がいっぱいだったことを記憶しているので行きの機内だろう)。

それまでもアメリカの学園コメディは好きで、体系的に観てはいたものの、まさかこのジャンルの記念碑的傑作に飛行機の中で出会うとは思わなかった。

Title 1. 『ミーン・ガールズ』

リンジー・ローハン扮する主人公ケイディは、生まれてからずっとアフリカ育ちで、アメリカのハイスクールに転校することに端を発したスクールカーストの抗争の話であるのと同時に、異文化ギャップのコミュニケーションになぞらえていて、学園内という等身大の物語でありながら、現実における、これから向かう異国への期待と不安などの機内鑑賞独特のシチュエーションが加味されて、稀有な映画体験となった。

今回改めて見直したら、この映画の一応の悪役 “プラスチックス” メンバーのレイチェル・マクアダムスもさることながら、アマンダ・セイフライドがずば抜けて可愛く際立っていた。脇役なのにその後の活躍も納得の存在感。

現代の視点で見れば、価値観の部分で多少の時代性を感じたりもするが、この映画の先には、たとえば『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』などの萌芽を見てとることもできるだろう。

というか、昨今のアメリカのコメディ映画の賞味期限の短さの中に据えても、引けを取らないというのは、それだけですごい。

それからというもの、飛行機に乗ったらまず真っ先にコメディ──とりわけアメリカのコメディ映画を意識的に物色するようになった。元々好きだったコメディ映画への興味が何倍も深まったのは、劇場ではなくテレビですらなく、飛行機の中で観たことがきっかけだったということになる。

飛行機内で傑作映画に遭遇したいという倒錯的ギャンブル性に魅了されてしまったとも言えるかもしれない。
実際、コメディジャンルに関して言えば、傑出した作品に出会う確率は極めて高いように思う。

加えて、機内にかかるアメリカのコメディ映画は日本劇場未公開作品が多い。いわゆるビデオスルー、DVDスルー(最近では配信スルーも)というもので、劇場公開されずにソフト化する際、せっかく字幕/吹き替え版を制作するならば、機内上映でも利益を出そうということなのかと推測するが、日本で劇場公開するほど役者や監督の知名度はないが、米国内のヒット作だったり、単純に面白い作品だったりするものをリリースするのだろうから、傑作が多いのもうなずける。

Title 2. 『泥棒は幸せのはじまり』

『泥棒は幸せのはじまり』(2013)も機内で観た傑作映画のひとつであるが、これも劇場未公開作品だ。

ジェイソン・ベイトマン扮する会計士が、メリッサ・マッカーシー演ずる詐欺師にクレジットカードをはじめとするあらゆる個人情報を盗まれてしまう話なのだけど、機内という国籍のない中立地帯でパスポートだけが自分の存在証明という頼りない状態で観ると、より感慨深い(原題はIdentity Thief)。

とはいっても、底抜けに明るい映画で、メリッサ・マッカーシーはどこまでも冗談めかしておどけてはぐらかすばかりだが、時折垣間見えるその泥棒の抱える闇や孤独が、ほんの微かな通奏低音として、けたたましさの傍らで弱々しく鳴り響いているのが、とても不思議なバランスの映画だ。そしてたまらなく切ない映画でもある。


こうして述べてきた映画は、飛行機という環境以外で出会えたのだろうか。

普段映画館に行く場合、観る映画はあらかじめ決めるが、飛行機の中で観る映画は閉ざされた空間で、より限られた選択肢の中で選んでいるに過ぎない。よって映画との出会いはより突発的だ。

考えてみれば、飛行機の中で映画を観ることは、それ自体が目的ではない。

移動するためにじっと座っていなければならず、じっと座るのを耐えるために、さしあたり、映画という娯楽があてがわれるのだ。

そんな飛行機で観る映画から座ることについての無駄話をたらたらと話していたら、この連載に誘ってくれた編集の須藤さんが「シッティング・ハイ」という連載タイトルを考えてくれた。

PROFILE

大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー・アートディレクター

栃木県出身、東京造形大学卒業。映画まわりのグラフィックを中心に、展覧会広報物や書籍などのデザインを生業としている。主な仕事に、映画は『パターソン』『ミッドサマー』『旅のおわり、世界のはじまり』、展覧会は「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍は「鳥たち/吉本ばなな」「小箱/小川洋子」がある。

INFORMATION

今月の2本

『ミーン・ガールズ』(2004)
監督:マーク・ウォーターズ
出演:リンジー・ローハン、レイチェル・マクアダムス、 ティナ・フェイ

『泥棒は幸せのはじまり』(2013)
監督:セス・ゴードン
出演:ジェイソン・ベイトマン、メリッサ・マッカーシー、ジョン・ファヴロー

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