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COLUMN

文・大島依提亜(おおしま・いであ)

これは、グラフィックデザイナー大島依提亜さんの映画のコラム。映画の周辺をなぞりながら、なんとなしに映画を語っていく、そんなコラムです。懐かしいものから、いま流行りのものまで、大島さんの目にとまった作品を取りあげます。第七回目は、エディ・マーフィが宇宙人…ではなく宇宙船の話。SFって鑑賞者の想像力におんぶにだっこなところがありますよね。

episode.7 エディ・マーフィは宇宙船。

人は映画に実人生では経験できない体験を求める。見たことがないものを見てみたい。
中でもSF映画は、そうした映像体験を満たす上でうってつけの題材といえる。

遥か未来の景観、あるいは少し先の時代の社会の有り様。有史以前の古代生物が、その生きた時代を、はたまた時代を隔てたニューヨークの街並みを闊歩する姿。

SF映画はこれまで様々なかたちで、未知の世界や存在を、それぞれの分野に特化したエキスパートたちが想像力を駆使して表現してきた。

とりわけ、地球外生命に関しては並々ならぬ探究心で、ある時は科学的根拠に基づいて、またある時はシュルレアリスムの美術作家(『エイリアン』のH・R・ギーガーや『宇宙人東京に現わる』の岡本太郎など)の飛躍した想像力の力を借りて、ありえない異生物の形状や生態、知的生命であれば、その文化や文明、それらが用いる機械や建造物を創造してきた。

しかし、広大な宇宙の只中にあって、はたして宇宙生命とは人知を超えた存在ばかりなのだろうか。案外、よく知った姿形の宇宙人が偶然の一致でたまたまいてもおかしくないんじゃない? そう考えて作られた映画が少なからず存在する。

例えば、1986年のアメリカ映画『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』に登場する知的生命体はアヒルそっくりだった(のちにマーヴェル映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー)』(2014)でもカメオ出演している)。『エクスプロラーズ』(1986)の宇宙人は形態こそいかにもな姿ではあるが、宇宙の彼方から地球のTV電波を受信していた彼らは、すっかり地球の文化─ポップカルチャーに毒され世俗的だったいう設定で、まさしく未知の生命に対する映画的好奇心に肩透かしを食らわせる悪意に満ちた秀作などもある。

不肖、筆者自身も映画製作を志していた学生時代に、映画の企画書を作る課題でそのようなプロットを企てたことがある。

進化の過程でたまたま地球人類の─とりわけなぜか西田敏行そっくりの外見の宇宙人が飛来し、意思疎通が全く得られないことから、そのネゴシエーションの任務に俳優の西田敏行(本人役で宇宙人と二役)が大抜擢されるという話で、門外漢の任務を理不尽に押しつけられた本物の西田敏行は最初こそ右往左往していたものの、常に西田敏行特有の満面の笑みをたたえた宇宙人が、その平和的印象とは裏腹に、その笑みこそ攻撃的ジェスチャーとばかりの邪悪な存在であることに、本物の西田敏行が内なる心象風景と対峙することによってつきとめるという展開で、ちょっと面白いプロットだと思うのだけど、実際の映画企画としてどうですかね、どなたか。

さて今回の本題の『デイヴは宇宙船』(2008)である。
主演のエディ・マーフィの役どころは宇宙船。宇宙人じゃなくて宇宙船の役。

先に述べたような予想外の宇宙人像としては、エディ・マーフィがありのままの姿とパーソナリティで宇宙人を演ずるのでも充分成立しそうだが、それに輪をかけて“宇宙船”の役という人を食った設定は、ともすると『マルコビッチの穴』や『脳内ニューヨーク』のチャーリー・カウフマン脚本でミシェル・ゴンドリーやスパイク・ジョーンズが撮っていてもおかしくない奇想だが、単なる量産型馬鹿コメディとして作られているところもまた味わい深い。

体長4.4cmの極小宇宙人が人類文明の環境下で擬態するために建造したヒト型宇宙船で、そのエディ・マーフィ扮する宇宙船に何百人ものちっこい宇宙人が搭乗しており(その宇宙船の船長もエディが二役で演じている)、手・足・表情など各パーツごとにそれぞれの宇宙人が操縦しているため、恐ろしく不審な動きをする。

船内が「スタートレック」風のクリーンで理想的な未来社会のミッドセンチュリー的内装に対し、船の外観はエディ・マーフィというギャップも可笑しい。

まあ、とにかくギクシャクした挙動不審のキモ男にしか見えないエディ・マーフィ型宇宙船なのだが、この映画が作られた頃のエディ・マーフィは低迷期で、彼のキャリアの出発点でもある話芸を封印し、特殊メイクによる一人何役もの形態模写や動きそのものといった身体性で見せる演技を模索中の時期だった。その後、同じ監督と組んだ『ジャックはしゃべれま1,000(せん)』では、一言言葉を発する度に死に近づくという呪いにかけられたエディが、文字通り言葉を封印する映画であった(ちなみにこの映画、幼い頃に父親を失ったエディの実人生を反映したかのような感動の作品で、結構号泣した。邦題に騙されないで!)。

キモ男といえば、少し遡ること1995年にスティーブ・マーティンと共演した『ビック・ムービー』のキモオタ青年の演技っぷりも実に見事で(そういえばこの映画でも売れっ子のアクションスターと二役だった)、饒舌な喋りとは違うエディ・マーフィの身体的演技力こそ素晴らしい。

考えてみれば、膨大な予算と人材をかけた特殊効果やCGなどに頼らなくても、未知なる物を着眼点や役者の身一つで表現しうる映画とエディ・マーフィの可能性はまだまだ未知数である。

PROFILE

大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー・アートディレクター

栃木県出身、東京造形大学卒業。映画まわりのグラフィックを中心に、展覧会広報物や書籍などのデザインを生業としている。主な仕事に、映画は『パターソン』『ミッドサマー』『旅のおわり、世界のはじまり』、展覧会は「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍は「鳥たち/吉本ばなな」「小箱/小川洋子」がある。

INFORMATION

今月の1本

『デイヴは宇宙船』(2008)
監督:ブライアン・ロビンス
出演:エディ・マーフィ、エリザベス・バクス、ジュダ・フリードランダーンほか          

今月の1本

『デイヴは宇宙船』(2008)
監督:ブライアン・ロビンス
出演:エディ・マーフィ、エリザベス・バクス、ジュダ・フリードランダーンほか         

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