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COLUMN

文・大島依提亜(おおしま・いであ)

これは、グラフィックデザイナー大島依提亜さんの映画のコラム。映画の周辺をなぞりながら、なんとなしに映画を語っていく、そんなコラムです。懐かしいものから、いま流行りのものまで、大島さんの目にとまった作品を取りあげます。第五回目は、3月26日(金)に公開された新作映画の話。

episode.5 『ノマドランド』

STORY

企業の破たんと共に、長年住み慣れたネバタ州の住居も失ったファーンは、キャンピングカーに亡き夫との思い出を詰め込んで、〈現代のノマド=遊牧民〉として、季節労働の現場を渡り歩く。その日、その日を懸命に乗り越えながら、往く先々で出会うノマドたちとの心の交流と共に、誇りを持った彼女の自由な旅は続いていく──。

例えば、駅に到着した電車に乗り込み、反対側のホームに停車する別の車両を眺めながら出発を待っている。しばらくすると、先に向かいの車両が発車した、と思っていたら動き出したのは自分の乗る電車だった。そんな経験に近い錯覚をこの『ノマドランド』に覚えた。

リーマンショックによる工場の閉鎖で、郵便番号まで抹消された街を離れ、キャンピングカーで米国各地を転々とする初老の女性ファーンの生活を追った物語。いわゆるロードムービーなのだが、そのロードムービー特有の移動する感覚がどこか希薄だ。

ファーンは行く先々で同じ境遇の“遊牧民”たちに出会う。出会うのだが、強調されるのはその者たちとの別れ──その場を旅立つ人々を見送るファーンの姿だ。移動する者を定位置から観察するロードムービーという側面がある。

別れた人々とは各地で再会するが、まるで近所を散歩中にばったり出会った隣人というような感じであっさりと描かれる。しかし、それぞれが再会を果たす場所から場所への距離は相当なはずだ。

ファーン自身が車で移動する場面は随所にあるが、車体に打ちつける雨や風、ワイパーが動く音などが強調される一方で、肝心の車の走行音は意図的に小さく抑えられている印象がある。それはあたかも、足のない幽霊が移動するような、どこか現実離れしていて、ドキュメントとフィクションの境界が曖昧なこの映画の特徴の中にあって、とても象徴的である。

ロードムービーでありながら、地に根ざした定位感があるのは、様々な場所で見られる壮大な景観によるところも大きい。

ベネチア国際映画祭の記者会見で、ファーンを演じるフランシス・マクドーマンドは、映画の中に観るマクドーマンドの顔について「国立公園を訪れるようだ」と評したジャーナリストのこの表現をとても気に入っているという話をしているが(『ノマドランド』プレスリリースより)、まさしくこの映画では、登場人物たちの成熟した大人の顔に刻まれた皺と壮大な自然の景観とが、夕暮れの陽光に等価に照らし出される。

それは、例えばテレンス・マリックの『天国の日々』に見られるような、人々と自然の対比のような表現とは一線を画す。

アメリカ西部の地形的な景観の延長線上に、石のモチーフが度々出てくるが、よくよく考えてみると、動かぬ物としてイメージされる石もマグマや川の流れによって運ばれてきた動的な存在という側面もあり、“遊牧民”たちの有り様と重ね合わせる事もできるだろう。

この静と動の間を行き来するかのような全体像は、編集のテンポにも表れていて、クロエ・ジャオ監督の前作『ザ・ライダー』が起伏ある濃密な物語をゆったりとしたリズムで描いているのに対して、今作は比較的平坦な物語を速いテンポの編集でさくさくと進行させる。たぶんカット数も前作よりも格段に多いのではないだろうか。

若者ならではの葛藤を描く場合はじっくりと、人生の機微に通じた老人たちの物語はテンポよく淡々と、一見逆に考えてしまいそうな、対象に対するリズムの的確さはクロエ・ジャオの才能の特筆すべき点である。

あっけなく終わる夏についての普遍性を謳ったウィリアム・シェイクスピア「ソネット第18番」をファーンが朗読する場面はこの映画における感動的なシーンのひとつだが、この映画に通底するトーンを象徴する詩のようにも思える。

余談だが、この映画全編に渡ってとにかく食べるシーンが数多く出てくる。美味しそうかどうかは別として…とにかく楽しい。

この連載の前回から味を占め、今回もレシピを掲載する。といっても…。

チキンヌードルスープ(3人分)

材料(2人分)
キャンベル チキンヌードル…1缶
缶一杯分の水

作り方
チキンヌードルスープを鍋に開け、分量の水と共に温める。

INFORMATION

今月の1本

『ノマドランド』(2020)
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド 、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー、ボブ・ウェルズ           

今月の1本

『ノマドランド』(2020)
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド 、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー、ボブ・ウェルズ           

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