CLOSE
COLUMN

文・大島依提亜(おおしま・いであ)

これは、グラフィックデザイナー大島依提亜さんの映画のコラム。映画の周辺をなぞりながら、なんとなしに映画を語っていく、そんなコラムです。懐かしいものから、いま流行りのものまで、大島さんの目にとまった作品を取りあげます。第六回目は、国境を超えて共鳴しあっているかもしれない?、ふたりの奇才監督の話。

episode.6 レオス・カラックス越しの松本人志

先日、レオス・カラックスの新作『Annette』の予告編が公開された際、前作『ホーリー・モーターズ』を観た直後の自分のこんなツイートを思い出した。

その時以来、レオス・カラックスと松本人志を共に考察してみたいと思っていた。

とはいえ、映画の領域において、作品の質も評価もキャリア※においても、真逆というか天と地の差がある二人の監督、そもそも比べるのも論外と思われるかもしれない。

(※ちなみにキャリアに関して言えば、年齢はほぼ同年代、カラックスが6本のフィルモグラフィに対して松本人志は4本。ではあるが、松本人志は映画進出以前のオリジナルビデオ等の映像作品もある。さらにちなみにカラックスは『ボーイ・ミーツ・ガール』で長編デビューしているが、その年の1983年に松本人志はコンビ名を“ダウンタウン”として活動を開始している)

しかし、これにはある推論があり、端的に言えば、『ホーリー・モーターズ』は松本人志監督の『しんぼる』からの影響があるのではないか、という可能性だ。

映画の冒頭、監督自身が演じるパジャマ姿の男が、所在不明の密室で目覚めるところから物語は始まる。出口を探し部屋を調べる過程で突如現れた鍵を用いて、何もない壁から隠し部屋を探り当て脱出する。

冒頭を要約すれば、それが『ホーリー・モーターズ』なのか『しんぼる』なのか区別がつかないほど酷似している。

『ホーリー・モーターズ』の場合は、パジャマ男の指がいつの間にか鍵に変化し、それを使って隠し戸の扉を開けるのだが、これが松本人志の着想であっても何ら不思議はない。

製作年は『しんぼる』が2009年で、2012年の『ホーリー・モーターズ』を4年先行しているので、仮に影響を受けているとすれば、『ホーリー・モーターズ』の方である。

しかし、たかだか4年の差で完全主義のカラックスの作品に影響を及ぼす事は考えにくいとも思うが、『ホーリー・モーターズ』はかなり短期間に構想された作品のようなので、その可能性もなくはない。

しかも『ホーリー・モーターズ』のこの冒頭のシーンは、その後展開する物語との関係性がなく、後から追加してもおかしくないような独立したパートだ。

松本人志の映画史的文脈からは生まれ得ない独自性が、カラックスの映画的創造力を刺激したことをつい夢想してしまう。

所詮夢想に過ぎない根拠もなにもない無謀な推論だが、冒頭のツイートの引用のように、『ホーリー・モーターズ』は全編に渡り、作られなかった松本人志の映画の完全体を幻視してしまう瞬間に満ちている。

まず全体の物語の構造。ドニー・ラヴァンが様々な人物を演ずるそれぞれの人生のエピソードは、ゆるやかに連動しつつも個々が独立していて、半ばオムニバスのような形式だ。これは『しんぼる』の並行して描かれる2つの(のちに幾重にも分岐する)世界もそうだが、『大日本人』の各怪獣のエピソードの独立性とも共通する。

各々の人物に変身する際に使う衣装や小道具の脈略のない多様性も、『しんぼる』の白い部屋に次々出現する道具類を彷彿とさせる。

あるいは、伊福部昭作曲の「ゴジラのテーマ」と共に『TOKYO!』で東京都内にも出現したメルドの怪人性も、松本人志とも共有するライダー怪人的であるが、シリアスであったはずの作品のトーンが突如ギャグになったり安っぽくなったり、とにかく物語の情緒に一貫性がなく、映画というよりどこかコント的だ。

そう、『ホーリー・モーターズ』は、シリアスで悲劇的でありながら大いに笑える作品である。
そして『しんぼる』は、笑いに根差していながら、あまり笑えない実に真面目な作品である。

作品の質の差とは別に、この2作の大きな相違点はこの点にあって、松本人志の映画で爆笑するはずだったカタルシスが『ホーリー・モーターズ』に見事に具現化されている。

余談だが、とうとう現実に松本人志作品のフォロワーを公言する海外の映画監督─『シンクロナイズドモンスター』のナチョ・ビガロンド監督─が現れ、いまひとつ映画的資質に恵まれていないとされる松本人志の着想の萌芽が、それが断片であっても少しづつ映画に波及しているのかもしれない。

かく言う自分も、過去4作品すべて好きという、数少ないであろう映画監督としての松本人志のフォロワーであることを最後に小声で公言しておく。というかもう新作は撮らないのかな。

PROFILE

大島依提亜(おおしま・いであ)
グラフィックデザイナー・アートディレクター

栃木県出身、東京造形大学卒業。映画まわりのグラフィックを中心に、展覧会広報物や書籍などのデザインを生業としている。主な仕事に、映画は『パターソン』『ミッドサマー』『旅のおわり、世界のはじまり』、展覧会は「谷川俊太郎展」「ムーミン展」、書籍は「鳥たち/吉本ばなな」「小箱/小川洋子」がある。

INFORMATION

今月の2本

『ホーリー・モーターズ』(2012)
監督:レオス・カラックス
出演:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデスほか           

今月の2本

『ホーリー・モーターズ』(2012)
監督:レオス・カラックス
出演:ドニ・ラヴァン、エディット・スコブ、エヴァ・メンデスほか          

『しんぼる』(2009)
監督:松本人志
出演:松本人志

『しんぼる』(2009)
監督:松本人志
出演:松本人志

このエントリーをはてなブックマークに追加

連載記事#シッティング・ハイ

もっと見る