自分の家の中でぽつんと歌っている状態を盤に落としこみたかったんだなって。

ー さて、ここから先は座りながらゆっくり喋りましょうか。miuちゃんにも気になることを聞いてもらおうと、質問を考えてもらいました。
miu:えー、どうしよう。どれを聞いたらいいかな……。お互い興味を持ってバンドを始めたと思うんですけど、続けていく中でおふたりの中で新たに生まれたことや、変わっていったことなどはありましたか?
茂木:だんだんと緊張感が高まっていったかな。最初は、ふたつ年上の才能ある先輩とバンドを組めて嬉しいみたいなところから始まって。でも、佐藤くんの楽曲のクオリティがどんどん変わっていく中で、曲のクオリティに自分は追いつけていないんじゃないか?って想いが増していき、緊張感が高まっていったんです。バンドってデビューまではワイワイ楽しいことだらけって感じなんだけど、だんだんと自分のセンスが問われていくようなことが増えていくんですよね。
ー バンドとして求められることが変わっていくというか。
茂木:映画でも語られていますが、基準や求められるものが常に上がっていくというのをすごく感じていて。特に『Just Thing』以降の1年間はすごく緊張してたのを覚えています。ちゃんと佐藤くんの楽曲に応えられているかなって。ぼくの実力は全然足りてないって思う時期が長くあって。

ー それは茂木さんだけでなく、みなさんも映画の中で言われていましたね。
茂木:本当に佐藤くんの進歩のスピードが早かったからね。リスナーなら、いい曲じゃんで済むんですけど、この曲に磨きをかけられるのかは自分たち次第だから。出会った当初とは完全に違う季節に入っているなって実感したよね。でも、佐藤くんは、全然違うって一度も言わなかったんですよ。むしろメンバー同士でアドバイスし合う感じがあって。いま振り返って聴き直しても、全然応えられてなかったって曲が、『Just Thing』ぐらいの時期にはあります。このドラム物足りないって曲が。
miu:映画の中で印象的だったのが、こだまさんが「彼らにあるいろいろな葛藤が、どんどん曲をつくっていく」みたいに話てたのがあって。そういう葛藤はあったんですか?
茂木:『Chappie Don’t Cry』をつくる時とか、すごくあったね。こだまさんと出会って、曲を一度全部ロックステディにトレースするって作業を無我夢中に取り組んだんです。こだまさんがくれたカセットテープからヒントを探して、一気にアプローチの引き出しを広げなきゃって頑張った記憶が……いま蘇ってきました(笑)
必死だったけど、『Chappie Don’t Cry』に入っている演奏は、いまでもすごく愛おしいんですよ。うわ~ヘタって恥ずかしいんですけど、アンサンブルに向けて、できる限りのことをやった愛おしさが詰まってます。佐藤くんもすごく葛藤していて、ひとりのリスナーに向けた歌い方をしたいって初めて気づいたと思うんですよね。それがうまくいかなくて、こだまさんとのやりとりで佐藤くんが泣いたって話を覚えています。いま思うとそれが『空中キャンプ』の歌い方に向かう最初の一歩だったというか。

ー プライベートスタジオとして「ワイキキ・ビーチ ハワイ・スタジオ」を持った時ですね。
茂木:一般的なレコーディングの環境から変わって、周りに誰も観ていない状況で彼はひとりで昼間にずっと歌っているんですよ。佐藤くんがデビュー当時から目指していたのは、自分の家の中でぽつんと歌っている状態を盤に落としこみたかったんだなって、その時に初めて気づきました。
ー その頃、佐藤さんは歌っている姿をあまり見せなかったんですね。
茂木:いつも歌い終わったらただぽつんと手紙を残してくれてて、それを夜の時間帯に残りのみんなで聞きに行くって感じだったんだけど、『BABY BLUE』なんかは最初に聴いた時に「えぇー!? これでいいの?」って感じで。音程が危うかったり、技術的に上手なボーカルじゃなかったりしても、佐藤くんの詰め込みたいのはそこではなくて。世田谷の日常にある一部分みたいなところを録音に落とし込みたかったと思うんだよね。佐藤くんは『空中キャンプ』の歌いっぷりはすごい満足していると思う。
ー 映画でもありましたが、佐藤さんは日常のなんてことないところをフッと切り取るのがうまいですよね。歌唱法とかも含めて。
茂木:『ナイトクルージング』は初めてプライベートスタジオでレコーディングした曲だったんですが、最初は歌い方が少し違ったんですよ。その時だけ歌い方がちょっと違うかもしれないって、ぼくらが唯一リクエスト出したことがありましたね。『空中キャンプ』の時は生ドラムの音を鳴らせない環境だったからか、midiドラムって呼んでいたサンプリングされたドラムの音のタイミングだけを送るっていう感じでレコーディングしていたしね。タイミングはフィジカルだけど、鳴ってる音はヒップホップっぽい感じというか。ドラムの音をひとつ取っても、鳴り響く音が変わっていて。それもあって違うフィーリングで歌って欲しいというのもあったよね。
ー そんな風にして、フィッシュマンズを聴く時に感じる、ひとりに向けている感覚が生まれたんですね。
茂木:やっぱりひとりぼっちだし、そこは徹底してたと思うんですよ。ただそれは大音量で浴びてもすごく気持ちいいサウンドに仕上げるっていう。ミニマムな世界を歌い込んでるんだけど、歌詞の意味を気にせずに聴いても大丈夫なようになってるんですよね。