07 : INTERVIEW WITH YUKA MURASE(Le Yucca’s) 目の肥えた大人にこそ履いてもらいたい。

PROFILE
シューデザイナー。短大卒業後、プロアスリート向けのシューズ製作におよそ8年従事したのち、渡伊。〈シャルル ジョルダン〉〈ヴィヴィアン・ウエストウッド〉〈ストール・マンテラッシ〉で手腕を発揮して2000年、〈レ ユッカス〉をローンチした。
〈レ ユッカス(Le Yucca’s)〉はメディアへの露出度は控えめながら目の肥えたカスタマーならみんながみんな支持するブランドです。靴を形容する表現としては相応しくないかも知れませんが、〈レ ユッカス〉からは気高さが感じられます。今回、これまでほとんど取材を受けてこなかったデザイナー、村瀬由香さんの話を聞けることに。モニター越しにインタビューを行いました。
ー 近頃は若い世代の間でも人気が高まっていると聞きます。改めて〈レ ユッカス〉の魅力を教えてください。
村瀬:人間工学に基づくコンストラクションに私なりの感性を加えています。〈レ ユッカス〉に共通するのは足に優しくて、スタイリングにも悩まないというもの。つまりフィジカル、メンタル双方で履きやすい靴です。だから仕上がってみれば至ってシンプルですが、中身はとても複雑です。
私はデザインを起こすとき、木型に鉛筆で(デザイン画のもととなる)線を入れていきます。描き終わったら、床に並べて置いて、次の日にまた眺めて、数ミリ単位で修正を加えていきます。自分が納得のいくところまでああでもない、こうでもないとやって、ようやく油性マジックで決定線を入れます。
ポイントは骨が当たるところと屈曲するところ。ここにはステッチもハギも入れません。
ー この春のラインナップも素晴らしいですね。個人的に履きたいと思ったのはペッカリーブーツ。トゥスプリングが控えめで、そこからトップラインへと続くシルエットが本当に美しい。
村瀬:このブーツはボロネーゼ製法を採っています。その構造上、アッパーが下方に引っ張られるんです。歩き方の個人差はありますが、個々にトゥスプリングが自然に付いて行きますので、つま先が引っかかるようなことはありませんよ。
もうひとつのポイントは、足を滑り込ませると甲や足首、踵の革がたまって、クシュクシュッてシワが寄るところ。セクシーでしょ。


見るからにしなやかなペッカリーブーツ。ボロネーゼ製法で仕上げたこのブーツはトゥスプリングが控え目で、トップラインへと続くシルエットの美しさも見どころだ。¥187,000
ー つまり、機能ありきのデザインがユニークな印象を醸し出す。
村瀬:そう、機能がなによりも大切。こだわりは細部に及びます。例えば、カウンター(芯材)。靴をバラさないと見ることはできませんが、〈レ ユッカス〉の靴はすべてに超のつくロングカウンターを入れています。というのもいまの子たちはスニーカーに慣れて足の形が崩れているから。歩くのに必要なアーチ(筋肉などが形づくる足裏のカーブ)が無いんです。アーチが無いと、疲れやすい。これをできうる限りサポートするカウンターです。
リアルモカシンのブーツはそんな子たちも気持ちよく感じると思う。この靴、ぐにゃりと曲がるんです。筒の部分までモカ縫いを入れていますから、これをかたちにするのも大変でした。完成までに1年かかりましたね。


リアルモカシンのブーツ。トップラインのキワまで入れたモカ縫いには高度な職人技が求められる。コバを排した二枚構造の革底はスニーカーのようにぐにゃりと曲がる。¥178,200




この2足も代表作。上は甲のキワを走るスキンステッチと大きく口を開けたトップラインのバランスが美しいモデル。どこか懐かしくて、新しい、このさじ加減が〈レ ユッカス〉の真骨頂だ。下は木型の美しさがくっきりと浮かび上がるミニマルなデザイン、滴るようなレザーが堪らない、コードバンを使ったスリップオン。甲のセンターに入れたスリットとシュータンでフィットさせるコンストラクションだ。こちらは2017年の登場から継続的にリリースされている。上 ¥159,500、下 ¥234,300
ー 村瀬さんが影響を受けたデザイナーはいるんですか。
村瀬:70〜80年代の〈イヴ・サンローラン〉や〈ディオール〉〈ジョルジオ アルマーニ〉〈エミリオ プッチ〉〈クレージュ〉、靴なら〈ザパタ〉時代の〈マノロ ブラニク〉が好きでしたね。ただし、デザインというよりも生き方に影響を受けました。
彼らがすごいのは新しいものをつくる勇気を持っていたということです。自分が日和だすと、必ず彼らのことを思い出すようにしています。そういえば、〈エミリオ プッチ〉はデザイナー本人にお会いして、お話をさせていただいたこともあります。その頃、私はすぐ近くにアトリエを構えていたんです。
私はこんな質問をしたことがありました。「〈エミリオ プッチ〉は広告を打たない。それはなぜですか」って。プッチはこういいました。「〈エミリオ プッチ〉はプリントのプロセスにお金が掛かるし、決して安くないブランドです。広告を出すようになったらいま以上に高くなってしまう。そもそも数がつくれるブランドでもないし、本当に好きなひとにだけ愛されればいいんだ。それに〈エミリオ プッチ〉のプリントは目立つからね。お客さんがすれ違ったら気まずいだろう」ってチャーミングに笑いました。
売れなきゃないけないと思ったり、規模を大きくしようと思うと何かを犠牲にしなければならない。私は手の届く範囲でものづくりと向き合うことを心がけてきました。


写真はパリのギャラリー・ヴィヴィエンヌにあるショールームの風景。
ー 村瀬さんはアスリートのシューズづくりからはじまって、イタリアに渡って〈シャルル ジョルダン〉や〈ヴィヴィアン・ウエストウッド〉で仕事をされてきました。風変わりで、華やかなキャリアです。
村瀬:短大を出たあと、10年近くアスリートの靴をつくってきました。その話をはじめれば長くなってしまうので割愛しますが、当時はモールドソールばかりつくっていたのであだ名は “ゴムラセ” でした(笑)。
つくってきた靴ですか。それこそありとあらゆる競技の靴をつくってきました。カーレース、キックボクシング、テニス、アメリカズカップ…。レーサーならラバーソールは限界まで薄く仕上げなければなりません。彼らは足の裏でエンジンの声を聞く必要があるからです。薄くても耐久性のあるものをつくらなければならなかったので “ゴムラセ” と呼ばれたわけです。
アスリートの動きは競技によってまるで異なります。ヨット選手なら滑らない靴、ピットクルーなら1メートル四方を機敏に動ける靴、といった具合に。このキャリアはその後のデザイナー人生に大きな影響を与えました。
やりがいのある仕事でしたが、優勝インタビューはほとんどバストアップ。せっかくつくった靴がまったく映らないんです。これが悲しくてイタリアへ飛びました(笑)。一足つくって終わりというのも寂しかったですね。
でも考えてみれば惜しいことをしたかな、という思いもあります。アスリートシューズにはシーズンがない。出来上がるまでが仕事です。開発料はそれまでずっと発生するし、そもそもの単価も高かった(笑)。
私がドレスシューズをつくるきっかけになったのはいまもいろいろとやり取りをさせてもらっている〈エンツォ・ボナフェ〉に出会ったから。イタリアにはアルティジャーノといわれる素晴らしい職人世界があります。ところが彼らの腕を生かしたレディースというものはほとんどありませんでした。型紙からなにから持ち込んで私個人の靴をつくってもらったのが〈レ ユッカス〉のはじまりです。
ー ところで村瀬さんはいま、船の上で暮らしているそうですね。
村瀬:コロナが怖くてここのところはずっと海上生活です。ここならマスクもいらないからね。船は3年前に買いました。いまは新たな免許を取得すべく勉強中です。これが取れれば世界一周もできちゃうんです。


船上の村瀬さん。今回の取材の後もすぐ船に戻ると話していた。
ー 想像をはるかに超えたパワフルなライフスタイルです。
村瀬:〈レ ユッカス〉はこじんまりとやっていますが、フリーランスの仕事でしっかり稼いできましたからね。人生は一度きりしかありません。そこは全力で楽しまないと。そしてこの余裕はものづくりをする人間にとってとっても大切です。