彼らはスポーツとして取り組んでるけど、ぼくらがやってるのは散歩なんで(甲斐)
小林:(写真家の)石川直樹くんとグリーンランドに行った時、12月で全然日も昇らないから延々とホテルの食堂で話しててさ。その時に登山にまつわる話をいろいろと聞かせてもらったことがあるんだけど「やっぱりみんな、山登るのが好きだねぇ。アメリカみたいなトレイルの話は無いの?」って聞いたら、富士山の5合目より上に周るトレイルがあるって。それが本当に面白いらしくて、アップ&ダウンは全然無いけど、富士山ゆえにどんどん景色が変わっていくっていう。そういう平べったい所を歩いて面白がる感じが日本にもあるんだなって、その時にようやく思ったよ。みんな、頂上に登らないと気が済まない人ばっかりでしょ? 山が近いがゆえに、登らないと中途半端に感じてしまうんだろうね。
ー 山の高さを崇めがちなんですかね。
小林:苦しんだ先の開放感みたいなことが、みんな共通で持てる快楽なんでしょ。テキトーな格好でブラブラとそぞろ歩く感覚とは全然違うメンタリティだよね。そこが自分の話とは違うなぁと思うわけ。
ー ちなみに矢實さんご自身のアウトドア事情はどうなんですか?

矢實:アメリカに行って、スリフトとかフリマで中古のアウトドアウェアを見つけるのが好きっていう、ただそれだけですね、ぼくは。
小林・甲斐:(笑)。
矢實:自分自身を「服をつくること」に特化させてる状態なので、他にしてるようなことが今は無いですね。ただただ時間がないんですよ(笑)。できるならぼくもおふたりみたいにやりたいですけど、マジで仕事しかしてないんです。
小林:パターンメーカーとしてゴルゴ13化してるよね(笑)。矢實にパターン引いてもらったこういうものって、別にこちらが意図する機能をチェックしなくても、持ってるだけで「いつかはトレックに行けるといいよなぁ」みたいな感じになるじゃない? そういうのが良いんだろうなって思うよ。ベンチレーションが空けてあるシャツだって、トレックで使えるという意味もあれば、行かない自分も満たされる感覚もどこかにあるはず。そんな高揚が出るといいなぁと思うんだよね。パッと見は至ってプレーンなベーシックウェアだから街で着てても違和感ないし。〈バンブーシュート〉の刺繍すらも入らないでしょ、そこがポイントだと思うけどね。覇権主義的なことに陥らないで済むのが日常着なわけだから。
甲斐:(ブランドのサインを入れないのは)悪いクセかもしれないですね。やったことの100%は見てもらえないってどこかで考えてるのかもしれないです。

小林:伝わる必要はないと思うんだよね。この(ファティーグ)パンツ買ったって10年くらい保つじゃん。もっと保つかもしれないし、後から分かってくる事だってきっとある。また別の物を買った時に、こっちの良さとか、あるいは着づらさみたいなことにあらためて気づいてもらえたら面白いんじゃないかな。「この洋服だけと一生付き合ってください」って関係じゃないからさ(笑)。

米軍の官給品同様に、コットンのバックサテン生地を使ったいわゆるベイカーパンツ。オリジナルとの最大の違いは、ジップフライが股下を超えてヒップにまで及んでいること。トレックの途中で用を足すときも、これなら脱がなくてOKとのこと。腰にはドローコード付きで、ベルトも不要。ファティーグクロップドパンツ サテン ¥33,000
ー どのアイテムも“後から効いてくる”感がすごくありますよね。
小林:“後効き”は常に意識している事だよ。パターンやってる人もそうだろうし、ブランドやってる側としても企画を立てるのもね。後になって効いてくれないと意味がないっていうか。
ー ですよね。ただ、時代はどんどん出オチの方に寄っていってる気がします。

小林:そうだね。みんな写真と図解・解説見てしかモノを買わなくなっちゃったし、実際に触って「ここが…」みたいな話は無くなっちゃったかもね。
甲斐:もうモノが違いますよね。出オチのモノも後効きのモノも一緒に着るけど、そもそもが存在する場所が違うというか。出オチ感のあるものも、それはそれで欲しかったりします。スニーカーとかはいまだにすごい買っちゃうし。
ー そうなんですよね。でも、どうしても情報が早く、量が多くなってくると、こういう“後から効いてくる”洋服との付き合い方とか楽しみ方に触れるきっかけが少なくなっちゃいますよね。
小林:まぁ、みんなお金もそんなにあるわけじゃないし、色々な物を買わないでしょ。これ以降もっとみんな貧しくなると思うし…。答えというか、好きなテーマに少しでも早く辿り着けるといいよね。そうなれば無駄な金だって使わずに済むし。
ー そういう意味ではこういう長く使える品質・デザインっていうのはつくる側のひとつの責任を果たしている感じがします。

甲斐:こういうものが好きな人たちがつくり続けると、やっぱり他とは違うモノができあがるから。俺はそこに入りたいなって思うんです。

小林:まぁ、やってること自体は飲み屋街の客引きの感じと変わらないよ。“ギミック付いてますよー”みたいな呼び込み(笑)。結果、興味があるヤツしか入ってきてくれないっていう(苦笑)。
甲斐:そして見た目は予備校生みたいという。シャンブレーシャツに軍パンですから(笑)。
ー 極地を想定するほど原色が有益だったり、ハイテクが必要になると思いますけど、今回のテーマはそこじゃないですもんね?
甲斐:うん。いつもの感じでいたほうが安心する。子どものころの遠足と一緒だよね。「動きやすい靴と学校のジャージで行きましょう」っていう。〈アークテリクス〉着て山に登ったりすると気分は最高だけど、あんまり機能は使えてない気はする。安心感はあるんだけど。
小林:みんな不安だからね。不安をかき消すべく多岐にわたって商品が用意されているワケじゃん。すべては何らかの不安を消すためだよ。防水だとか、軽いだとかファンクションも含めて。ただ実際問題、軽いのは本当に良いよな(笑)。こればかりは時代の流れだから抗えないよね。
ー でもこのカーゴショーツはそれに逆行するような、昔ながらのヘビーな生地ですね。
甲斐:店では軽いものも扱うけど、軽いと丈夫とはまた別に考えたくて。
小林:これを軽い生地でやっても、もう世の中にいくらでもあるでしょ。
甲斐:ナイロンでつくったら、そもそもこの雰囲気にならないですしね。

M-51を元にした、6ポケのカーゴショーツ。やはり前後にわたるジップフライと、ドローコード付きのウェストを採用している。見た目はオーセンティックだが、ポケットのレイアウトなどには実用性を考慮して、さりげないアレンジが加えられている。形は太めで、裾を絞ることも可能な設計。M-51 フィールドカーゴショーツ サテン ¥38,500
ー どうしてもハイキングというと自然に触れる暮らし方とか、いい空気を吸ってとか、そういう側面ばかりが話題になって、そこにスタイルを求める発想にはなりにくいですよね。
小林:それでも良いとは思ってるんだけど、伝えられたらいいなって常々思ってるのは、その感じの向こう側の話。

小林:昔、田淵義雄さん(とシェリダン・アンダーソンさん共著)の『(メイベル男爵の)バックパッキング教書』を読んで、田淵さんが「一服吸って歩いてるのが気持ち良いんだ」って書いてるんだけど、アウトドアとマリファナの話を初めてくっつけたアメリカ基準の本だ!って思って読んだよ。それ以前はどこを見たってそんなこと絶対書いてないんだよね。冒頭でも話した真面目な…正面玄関からのハイキングの話だけで、横道の話がどこにも無いのよ。みんなそういう風にしか考えないけど、俺は横道のほうがいいなと思って。

甲斐:映画の『イントゥ・ザ・ワイルド』とかもそんなアウトドア観ですよね。アウトドアブランドがやってる山登りって、実は日本人がけっこう記録を持ってるんですよ。その辺の人たちが中心になってアウトドア業界っていうものがあるんだけど、ぼくらがやってることはそれとは違う。彼らはもっとちゃんとしてるというか、スポーツとして取り組んでる。ぼくらがやってるのは散歩なんで。
小林:すごいよな。アスリートだよ。ただそれはコンペティショナルな話。俺たちは日常の延長線上の居場所を探して、山の中だったりトレイルにいるっていう感じだから。
甲斐:「遊びじゃねぇんだよ」って言われたら「ハイ、すみません」って言うしかないんだけど。
ー (笑)。でも、トレイルがテーマで“横道のトレック”というのは偶然にしてもよく出来た話だなぁと感心してしまいました。
小林:そうだね。ふつうみんな垂直自慢だもん。
甲斐:できれば天気が悪い時は山に行きたくないですもんね。それでいいと思う。
小林:いや本当に。そうじゃない話が横行しすぎてるだけだよ。
ー 愚問かもしれないですけど、おふたりは8,000m峰だとかデスゾーンだとかに関心が寄ったことは無いですか?
小林:全然ない! お気軽な空気感が一切ないところには何も興味ない。そういうのは冒険であって、日常の延長とは違うからまた別物だね。
甲斐:そういう映画を観るのは好き(笑)。

小林:完全にダメなやつ側のアウトドアだよね! 俺らがやってるのは。でもこういうものでなんとか一矢報いたいとは思いながらずっとやってる。やめられないよね、この価値観が浸透するまでは。