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【FOCUS IT.】ブームの起爆剤はシュンケルにあり⁉︎ 草彅洋平のマニアック過ぎるサウナ論。

変態的なまでに、ストイック。

今年8月に出版された『日本サウナ史』を読み終えた際、著者である草彅洋平さんに抱いた感想です。その一冊には、知られざる歴史的事実が記されているだけでなく、膨大な数の仮説や憶測をひとつひとつ検証し、歴史のかけらを繋ぎ合わせようとする草彅さんの情熱も滲み出ていました。

構想からおよそ4年。研究費として自腹で数百万円超。暗中模索しながらも、まだ見ぬ真実への探究心を頼りに完成させた、日本初となるサウナ史書。

前人未到を成し遂げた草彅さんに聞いた、本のこと、創作秘話、サウナのあれこれ。ブームに終わらない、サウナの可能性を感じてください。

PROFILE

草彅洋平
編集者 / CULTURE SAUNA TEAM “AMAMI”

1976年東京都生まれ。メディアのみならず場づくり、イベントなど多方面のクリエイティブに精通し、観光庁の事業のコーチなどを担当。2017年に下北沢で野外のサウナイべント「CORONA WINTER SAUNA」の場所を提供し、企画・運営に携わり、現代のサウナブームの第一人者として業界では知られる。フィンランド政府観光局が認めた公式フィンランドサウナアンバサダー。著書に『作家と温泉』(編著/河出書房新社)、『日本サウナ史』(amami)など
Twitter:@TP_kusanagi
Instagram:@yohei_kusanagi

『日本サウナ史』
大正から昭和中期までの日本のサウナの歴史を紐解いた一冊。サウナが日本に入ってきた流れや日本人で最初にととのった人物、日本初となるサウナ施設など、サウナ好きにとっては興味深いエピソードが多数収録されている。なかには現東京都知事の小池百合子や『あしたのジョー』といった馴染み深い人物や作品も登場するが、その理由は本書にて。

オリンピックとサウナの意外な繋がり。

ー第1回日本サウナ学会文化大賞受賞おめでとうございます! 20世紀初頭から近代までの日本のサウナ史を総括した356ページ。サウナーの端くれとして、尋常じゃないほどの熱量が感じ取れました(笑)

「よくぞやった!」 って感じだよね。自分でもそう思う(笑)。1971年以降のサウナ史については、公益社団法人日本サウナ・スパ協会が発行している『サウナ・スパ新聞』のバックナンバーでも読めるから、もともと書かないって決めてたんだけど。それ以前の歴史は知らないことばかりで、調べててドーパミンが出たもん。こんな面白いことを書かずにはいられないって。途中からドーパミンを出すために研究してたかもしれない(笑)。

ー日本のサウナの歴史を振り返ると、1920年のアントワープオリンピックに行き当たるのが衝撃でした。サウナとオリンピックって、なんら繋がりのない存在だと思っていたので。

当時、マラソンで金メダルを取ったハンネス・コーレマイネン(フィンランドの陸上競技選手)が、「優勝できたのはハードトレーニングとサウナのおかげだ」と発言してたっていうのが『アサヒグラフ』っていう雑誌の増刊『日本のスポーツ・サウナ史( 1991年10月号)』で紹介されてて。それがきっかけになってサウナが世界的に知られるようになったみたいなんだけど、文献が残っていないから、本当なのかわからない。ただ、コーレマイネンの存在が知れたから、彼について調べようと思ったんだよね。

でも、コーレマイネンの本なんて日本で出版されてないし、何を読めばいいかもわからなかったから、まさに手探りしながらほふく前進するような感じで、手当たり次第に本を読んでいくしかなかった。国会図書館で「サウナ」って検索しても、1956年以降の本しか引っかからないし。

左の『芬蘭のランニング』は当時のフィンランドの陸上の様子がわかる本。
右の『欧洲陸上競技界行脚(1931年刊行)』には「サウナ」の文字が記されており、研究の突破口になったという。

だけどある時、「サウナ」でなく「蒸し風呂」、「フィンランド」でなく「芬蘭」について書かれた本を調べればいいいんだってことに気づいた。それで、竹内廣三郎っていう陸上選手が書いた『芬蘭のランニング』っていう本に辿り着いたんだよ。これが大きな前進に繋がったね。

当時の日本はオリンピックで結果を残していなかったから、コーレマイネンみたいな強豪選手がいるフィンランドをベンチマークにしたんだってところまでわかり始めて。それから日本の陸上の本を読み漁ったから、戦前の陸上史にもめちゃめちゃ詳しくなった(笑)。サウナとオリンピックの関係を知れたから、本当は「東京2020オリンピック競技大会」の前に発売したかったんだよ。結局、間に合わなかったけど。

日本には日本のサウナカルチャーがある。

ーそもそも、なぜ『日本サウナ史』をつくろうと思ったのですか?

ぼく、知識は本から得るタイプで。だけど、いざサウナについてディグろうと思ったとき、入門書みたいなものがすごく多くて、内容も薄いものばかり。きちんと歴史を紹介する本は一切なかった。歴史に触れている本や雑誌もあるけど、みんなバラバラなことを書いていて、きちんとしたエビデンスがない。読めば読むほどイライラが募っていったんだよね。

ー本書でも、適当なことばかり発信する人たちに憤りがあったと書かれてますよね?

そうそう。誰も調べないなら自分でやろうと思って。それと、ここ3年のサウナブームで、いろんな人がサウナの情報を発信するようになってきたんだけど、「これおかしくない⁉︎」 「そんなことないでしょ!」ってことが平気で書かれたりするのよ。しっかりしたエビデンスはひとつしかないはずなのに、間違った情報が広がってしまうのがすごい嫌で。ぼくが潔癖主義だから、諸説あるっていう状況にモヤモヤしてたんだよ。そんなナイーブな怒りがあったわけ(笑)。

ー純粋な好奇心と怒りが原動力になったんですね。

もうひとつ理由があるんだけど、今年の2月にマツコさんの番組に出させてもらったとき、変態みたいなテレビの出方したんですね。「サウナでドライオーガニズムしてます」 みたいな(笑)。テレビだから仕方ないとは思いつつ、そこで自分が何者でもないってことを痛感して。サウナが好きで、他人より詳しいし、イベントもやったりしたけど、それだけでしかない。だったら、自分が権威になるしかないなって。で、ぼくが形にできるものはなんだろうって考えたとき、きちんとしたサウナ史をまとめるしかないなと思った。

ー制作期間はどのくらいかかったのでしょうか?

執筆は実質3ヶ月。だけど、パズルのピースが揃うまでは4年かかった。

ー文献を探して、絞り込むのに4年費やしたということですか?

その通り。ほんと、膨大な時間を使って調べてたんだよ。読んでみて関係のない本もたくさんあったし、戦前の本はなかなか手に入らない。さらに実際に書き始めるまでが長いのよ。アイデアを思いついても実行に移すか移さないかは、やっぱり大きな分岐点だよね。

結局書き上げたけど、これがすべてではないはず。「この人が最初にととのった人物です」って紹介したものの、いずれその情報がアップデートされる可能性もある。なぜならぼくひとりで調べて、ぼくひとりで書いてるから、集合値としては弱いわけよ。ぼくより古い文献を見つける人が現れてくるかもしれないし。

ーなるほど。「最初にととのったのは、実はこの人でした」となりかねないですわけね。

そのために、サウナの文化やカルチャーを勉強していくチーム「AMAMI」を最近発足したの。『日本サウナ史』のテキストデータをチーム内に公開して、共同編集していきたいんだよね。メンバーの誰かが新しい情報を見つけたら、それを付け足していったり、アップデートしていきたい。あくまでも、いまの『日本サウナ史』は、ぼくひとりでの集大成。でも、一緒に研究するメンバーがいたら、より素晴らしい本ができるはず。どんどん上書きして、この本をより完璧にしていきたい。

ーまだ終わりじゃなく、これからも進化していくんですね。本書を通じて、歴史はもちろんですが、香川のから風呂だったり、ロシアのバーニャだったり、フィンランド式とは違うスタイルのサウナがあるということに気づけたのが、自分にとっての大きな発見でした。

そうそう。ほんと、いろんなサウナに行くべきだよ。ぼくもフィンランドサウナは好きだし、やっぱり素晴らしいと思う。でも、日本には日本で、古来から伝わる入浴法があるわけ。石風呂(岩穴をくり抜いてつくった密室で蒸気を浴びる入浴法)とかね。一部は現存してるんだけど、ここ数年で一気に衰退してしまって。ぼくからすれば文化遺産だし、もっと残していくべきだと思ってる。「AMAMI」ではそういう施設を守ったり、日本のサウナを発信する活動もしていきたい。感動するくらい魅力的な浴場が、日本にはいっぱいあるから。

草彅さんのTwitterより。山口県周防市の石風呂「東大寺別院 周防阿弥陀寺」。
月に一度、第一日曜日のみ体験できる。

ー確かに、そういった施設が知られないまま潰れていくのはもったいないですよね。

もしぼくが若かったら、いまからそういう施設のオーナーを口説きに行くね。町のおじいちゃんとかも、心ある若者が来てくれたらすごく嬉しいわけで。20代の頃はさ、地位も名誉もなにもないじゃん。あるのは熱意だけ。知識が追いついてなくても、真剣なら信用してもらえる。すげー勉強して、好きな世界に飛び込むのって大事だと思うんだよね。

サウナとは、スリルを味わうゲーム。

ー先ほどここ数年のサウナブームについて言及されていましたが、ブームが到来した理由はどう考えていますか?

死のスクラッチだよ。

ー「死のスクラッチ」ですか? 良い話から急にテンションが変わりましたね。

酒とかタバコとか、体に悪いけど「楽しい!」ってものがあるじゃん。それが死で遊ぶ行為で、ぼくが勝手に名付けている「死のスクラッチ」なわけよ。この分野のコンテンツがどんどん規制されて減っている。だから新しい「死のスクラッチ」のコンテンツを探した結果、いまのサウナがあるとぼくは思ってるよ。4年くらい前から若者の間で流行ってる「シュンケル」ってあるじゃん? シュークリームと栄養ドリンクを同時に摂取すると、急激に上がった血糖値が吸収されるから、集中できるって言われているやつ。一部のネット民の間では、合法ブースタードラッグって言われてるんだけど、それと同じだと思うんだよね。

ーシュンケルとサウナとはどんな繋がりがあるんですか?

ドラッグは犯罪。でも、誰だって自我を超越をしたいって願望はある。そこで登場した日本の合法的なトリップの手段が、コンビニで手軽に体験できるシュンケルなんだよ。体に悪いと言われながらも、Twitterでサーチしてみると、毎日のようにやってる若者も少なくないみたいだね。

サウナもそれと同じ。全身を急激に熱して冷やすなんて、日常ではあり得ない行為でしょ。体は危機的状況にあるわけ。でも、血圧や心拍数がメチャクチャになって脳が思考を止めるから、五感が研ぎ澄まされる。だから気持ちいいと感じられるんじゃないかな。

ー「サウナ=健康」という一般論を斬るご意見、とても新鮮に感じました。そんな切り口で話す草彅さんだからこそ質問します。サウナ後のビールは良しとされていませんが、草彅さんはどう思っていますか?

ぼくは医者じゃないから正しいことは言えないけど、カルチャー的な話をすると、昔、小林秀雄って作家がいてね。彼は朝に水を飲んだら、それ以降、一切水分補給をしないのよ。散歩して、原稿を書いて、夕方になったら日本酒をキュッと飲む。つまりさ、最高の一杯を飲むために水分を断っていたわけよ。

何が言いたいかっていうと、サウナはたった一時間半で小林秀雄が追い求めた最高の体験ができちゃうわけ。時短で手間をかけずに「このビールうまっ!」 みたいな(笑)。

ーサウナが極限の状態に誘ってくれるというか。

そういうこと。あと最近思ってるのが、アウトドアに行ったとき、自然の音に癒されるってみんな言うじゃん。でも、都会の音もめちゃくちゃ良くない? マルシンスパ(笹塚のサウナ施設)で外気浴してる時とか、なんでこんなに高速道路の音が気持ち良いんだろうって思ったりする。 と言いつつ、青森の十和田サウナに行ったときは、鳥のさえずりを聞いてビクンビクンしたんだけど(笑)。

サウナって、これまで抱いてた固定概念をすべて壊して、自分を素直にしてくれるんだよね。クルマの排気音ですら心地よく聞こえたり。そういう体験ができるのって、サウナ以外にないんじゃないかな。スマホから逃れて、脳をほぐして、普段無視している音や風、自然を感じられる。感覚の世界に導いてくれる、唯一の遊びだと思うんだよね。

INFORMATION

日本サウナ史

取扱店舗:
全国の一部書店および温浴施設
AMAMI オンラインストア

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