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COLUMN

Curry Flight

文・写真:カレー細胞

ラーメンと並ぶ日本のソウルフード・カレー。こと近年は、めくるめくスパイスの芳醇な香りにトバされ、蠱惑の味わいに心を奪われる“中毒者”が後を絶たない。そして食べると同時に、語りたくもなるのもまたカレーの不思議な魅力だ。この深淵なるカレーの世界を探るために、圧倒的な知識と実食経験を誇るカレー細胞さんに、そのガイド役をお願いした。カレーは読み物です。
 
カレーを巡る、知的好奇心の旅。
今日もカレーで飛ぼう。知らないどこかへ。

第7便 カレールゥとは呼ばないで?

まずはこの写真をご覧ください。

皆さんはこのカレーライスのライス以外の部分を何と呼びますか?

「ルー」もしくは「ルゥ」と呼ぶ方が多いですよね。
けれども「これはルーではない」というハナシがあるんです。
一体どういうことでしょう???

今回はこの、カレーライスのライス以外の部分を何と呼ぶのか?
…について思索を巡らす旅へとご案内しましょう。

「ルー」と言うのは間違いなの?

「ルー(roux)」というのは小麦粉とバターを加熱しながら混ぜ合わせたもの。
元々はフレンチの用語です。
文明開化以後、英国やフランスの食文化を取り入れ花開いた日本の洋食文化。
カレーもその代表格ですから、フレンチ由来の言葉が用いられること自体は何ら不自然ではありません。

戦前の日本では家庭でカレーを作る際、小麦粉を炒め、そこにカレー粉を加えていました。
この手間を省くため、最初からカレー粉と「ルー」を合わせたものが「カレールー」。
1926年(大正15年)に「浦上商店」(現・ハウス食品)が、「カレールウ 即席ホームカレー」を発売したのがそのはじまりです。
翌年には「即席ハウスカレー」に名称変更されました。

そう、つまり本来カレーにおける「ルー」とは、カレーを作るための材料「カレールー」のこと。
それが、いつしかカレーライスのご飯にかかったどろっとした部分も「ルー」と呼ばれるようになったのは、日本語が持つ曖昧さゆえんでしょうか。

ちなみに「ルー」と「ルゥ」という表記の違いに関して、「正しい日本語」のひとつの基準であるNHKでは「ルウ」ではなく「ルー」と書くことに決まっているそうですよ。(ただし製品名などは例外)

「ルー」と呼べないカレーの登場による気づき。

こうして、フレンチの用語である「ルー」とカレーの材料である「カレールー」、最終的なカレーライスでご飯とともに盛り付けられたどろっとした部分を区別なく「ルー」と呼び、特に疑問も感じなかった昭和の時代でしたが、90年代あたりからカレーの多様化とネットによる情報流通に伴い「ルーと呼ぶのは間違い」の声が上がってくるようになりました。
その背景には、小麦粉を用いず、つまり本来の「カレールー」を用いないカレーの拡大があります。
スパイスから作るインドのカレーはそもそも「ルー」とは無縁ですし、大阪で一大勢力と化した「スパイスカレー」も、小麦粉を用いずに作るサラサラスタイルが主流。
これらのカレーを「ルー」と呼ぶのは流石におかしいぞ、と声が上がってきたわけです。

インドではカレーに野菜やクリームでとろみを出すことはあっても、小麦粉を用いることはほとんどない。
写真は検見川「シタール」。

大阪スパイスカレーの代表格「columbia8」のカレー。小麦粉を用いずサラッサラ。

北海道スープカレーの代表格「マジックスパイス」。このカレーを「ルー」と呼ぶ人はまずいない。

ちなみにご当地グルメである「スープカレー」が市民権を得ている北海道では、それと区別するため、昔ながらのカレーライスを「ルーカレー」と呼ぶこともあるんですよ。

対する北海道ルーカレーの代表格、帯広「インデアン」。

じゃあ、なんて呼べばいいの?

さて、ここからが問題。
では、冒頭の「カレーライスのライス以外の部分を何と呼びますか?」という問いにはどう答えたらよいのか?

実は、洋食の世界では「カレーソース」と呼ばれているんですね。
なるほど「ルー」というコトバ自体フレンチの用語だし、本来の意味で捉えるなら確かにこれは「ソース」だ。
多くの人がカレーと聞いてイメージするあの器だって本来は「ソースポット」なのですから。

欧風カレーの老舗「インディラ」。カレーはソースポットにて提供されます。

けれどもやはり、国民食とまで言われるカレーを「ソース」と呼ぶのには抵抗があります。
ソースって料理にかけるものであって、主役の料理そのものではない、というのが一般的な日本人の感覚ではないでしょうか。

ベルリンのストリートフード「カリーブルスト」。
ソーセージにカレーソースをかけていただくが、あくまで主体はソーセージ。

それに関西では昔から、カレーにソースをかけて食べることもあり、カレーをソースと呼ぶこと自体に大きな抵抗もあるのですよね…(私は神戸出身です)。

「せんば自由軒」には卓上にオリジナルの「カレーソース」が用意されています。

うーん、料理の正しい用語としては「カレーソース」で良さそうだけど、普段使うコトバとしてはしっくりこない…

では何て呼べば・・・・
うーん…
なんて、考えた結果、私には一つの間違いない結論があるのです。
つまり…

素直に「カレー」と呼べばええやん。

という結論。

だってそうですよね。
カレーをライスに合わせるからカレーライス。
そこからライスをとったらカレー。
これ以外ない。

何なら「カレー本体」と呼んでもいい。

これで決まり。

ただし個人的意見としては、「ルー」「ルゥ」と呼んでも別に構わないのでは? とも思っています。
外来語として入ってきた日本語はしばしば意味が変化するものだし、それがすでに巷に浸透しているのならば、そこに目くじらを立てすぎるのもどうかな、と思うわけです。
もちろん小麦粉を用いないカレーやインド料理に「ルー」というコトバを使うのには明らかな違和感がありますし、調理の専門用語として使う際には注意が必要ですが。

この記事にまとめたようなことを知った上で、なおかつ言語表現として使う分には、コトバ狩りしなくても良いのではないでしょうか。
まぁ、論争を避ける意味では「ルータイプのカレー」と表現したほうが万全ではありますね。

2020年2月27日にオープンしたばかりの「咖喱屋ボングー」は、
フレンチの手法でしっかりルーを仕込んだ正真正銘「ルー」タイプのカレー。

なにはともあれルータイプのカレーは、日本が世界に誇る食文化。
その魅力を海外に伝える際には、用語本来の意味を間違って捉えられないよう、注意が必要ですね。

さて、次回はどんなFlightをしてみましょうか。

PROFILE

松 宏彰(カレー細胞)
カレーキュレーター/映像クリエイター

あらゆるカレーと変な生き物の追求。生まれついてのスパイスレーダーで日本全国・海外あわせ3000軒以上のカレー屋を渡り歩く。雑誌・TVのカレー特集協力も多数。Japanese Curry Awards選考委員。毎月一店舗、地方からネクストブレイクのカレー店を渋谷に呼んで、出店もらうという取り組み「SHIBUYA CURRY TUNE」を開催している。

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